Hello, fuckers!
三人は、灯りの洩れている岩の隣の切れ目から様子を窺った。コリンは平らになった岩棚のような場所にうずくまり、チョークで地面に何かを書いている。コリンの頭上にはスタンドに付けられた投光機が置かれ、その横に男が立っている。そして、ビデオカメラを持った男が一人、何も持っていない男が一人。うずくまっているコリンの手前にララが仰向けで横たわっているのが見えた。
「ララ! ま、まさか……」
洋子が蒼ざめて呟いた。よく見ると、ララの胸はゆっくりと動いている。
「大丈夫、寝てるだけだ。いつもの寝る時間もとっくに過ぎてるし。あいつどこでも寝るからな……」
その言葉に洋子は安堵の息をついたものの、落ち着かない様子でザックの腕を摑んだ。
「ねぇ、早くララを助けましょうよ」
「ちょっと待て……」
ザックはコリンを見ながら眉をひそめた。
「様子が変だ……」
コリンは顔にびっしょりと汗をかいていた。黒魔術の本を見ながら儀式に必要な魔方陣を書いているのだが、どうしても上手くいかない。さっきからイーグルが邪魔をしているのだ。またイーグルの気配を感じて背中が寒くなり、チョークを持つ手が震え出した。コリンは背後を振り返った。そびえる岩山の突き出た崖の上、投光機の投げかける光の隅にイーグルの姿が見える。翼を閉じてこちらを睨みつけながら、時折甲高く威嚇する声が風の音の切れ間から聞こえる。飛び去っても、またすぐに戻ってくるのだ。きっとイーグレットと交信でもしているのだろう。コリンは自分の傍らに横たわるイーグレットに目を遣った。すると、この悪魔の化身は口元を小さく動かしながら、何やらむにゃむにゃと呟いている。やはりそうだ、とコリンは確信した。普通の何の能力も持たない凡人どもには分からないだろうが、この自分は騙されない。この一見あどけなく見える寝顔が、コリンには邪気に満ちた魔物の薄笑いに思えてならない。
イーグルが飛び去った。コリンは魔方陣へ向き直る。早く書き上げたいのに、手が震えて上手く書けない。汗が目に入り視界が滲む。チョークが折れてしまった。コリンは投光機の横にいる男をキッと睨んだ。
「ちゃんと照らせよ!」
イライラとした声で怒鳴ると、男は戸惑いながら申し訳程度に投光機のスタンドを動かした。
「もういいよ! 下がってろ!」
コリンは男に向かって追い払うように腕を振り、また魔方陣に取り掛かった。投光機の横にいる男は、他の二人と困惑したように顔を見合わせ、自分達が入ってきた岩の切れ目の前に並んだ。
岩の陰から様子を窺っていたザックは、コリンが何かに怯えていると分かった。しかし、それはあまりいい状況とは言えない。
「とりあえず、あの三人を何とかしよう。ついて来てくれ」
ザックは洋子とトムに指示すると、隠れていた岩から離れた。
三人の真ん中にいる何も持っていない男が大きな欠伸をした。コリンの気紛れに付き合わされるのにも飽きてきたのだ。確かに最初はすごい奴だと思っていた。神懸りな感じがしたし、ぶっ飛んでいて本物のワルだと思った。あいつといれば、そのうち自分も大物になれる。そう感じたからこそ、あいつの指示通り家から金と銃を持って出てきたのだ。しかし、こうして長く一緒にいると、あいつはただの我ままなんじゃないかという気がしてくる。
「あ~あ……俺もあの空き家に残ってれば良かった。ゲームもあるし……」
「動くな」
欠伸混じりの愚痴を呟いた時、耳元で低い声が聞こえ硬い物が首の付け根に押し当てられた。
「声も出すな」
また声がした。視線だけを動かして左右を見ると、仲間の二人も自分と同じ状況だと分かった。右隣の仲間に銃を突きつけているのは、がっしりとした体格にポロシャツを着た白人の男。警察だろうか。左側は東洋人の女だ。ワンピースにカーディガン、警察には見えない。
後ろからスッと伸びてきた手に、ジーンズのウエストに挟んだ銃を奪い取られた。その手はコリンと同じ肌の色。そして、イーグレットとも同じだ。こめかみから冷たい汗が流れてきた。
コリンは額の汗を拭った。ようやく魔方陣が完成した。本に書かれている物とはかけ離れているが、まあ何とかなるだろう。チョークを置いてイーグレットに向き直った時、ふと後ろが気になり振り返った。
またイーグルが戻ってきていた。さきほど動かした投光機の光がはっきりとイーグルを照らしている。イーグルは口にトカゲをくわえているが、コリンにはそれが自分の考えたトレードマークの鉤十字に見えた。イーグルは頭を下げると片足でそのトカゲを押さえ込んだ。コリンが蒼ざめた顔で見守る中、イーグルは頭をもたげるとトカゲを引きちぎった。
ザックは自分と同じようにコリンの仲間に銃を突きつけている洋子に指示を出していた。
「ヨーコ、一歩下がれ。それじゃ疲れるぞ、腕の力を抜け」
その時、風を切り裂くようなコリンの絶叫が聞こえた。コリンはこちらに背を向けて座り込み、ガタガタと震えながら叫び声を上げている。
「イーグルだ! イーグルだ!」
コリンが指差す先に一羽の猛禽がいる。岩に足を着けたまま翼を広げ、トカゲを飲み込むために頭を上向かせている。その様子を見つめながら洋子が呟いた。
「イーグル?」
「ホーク(鷹)だ」
すぐにザックが訂正した。
「イーグルじゃないの?」
「あれは大きさからいってホークだ」
洋子は半狂乱で叫び続けるコリンを顎で示した。
「でも、イーグルだと思ってるみたいよ」
「自分で作ったインチキに本気で怯えてるんだ。バカなやつだ……」
それでもザックの頭の中では警鐘が鳴り響いている。こういう相手が一番危ないのだ。恐怖にとり憑かれた者は何をするか分からない。到底理屈に適わない行動を起こすことがある。
コリンは足元にあるマシンガンを手に取ると、叫び声を上げながら鷹めがけて短く掃射した。鷹は怒ったような鳴き声を上げ、上空に舞い上がる。コリンはさらに銃口を上げた。
「まずいな……」
ザックが呟くと、コリンの凶行に慌てた洋子が顔を向けた。
「ねぇ、手元だけ撃てないの?」
「自信ないな……」
もし外して、コリンがマシンガンを掃射したまま振り向きでもしたら大変なことになる。
とりあえずコリンがカートリッジを撃ち尽くすまで待とうかと考えたザックは、寝ていたはずのララが目を開けているのに気が付いた。