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I'll take my girl back

 道路の両側は広大な平地になっており、風力発電所の白い風車が何基も並んでいる。プロペラはひっきりなしに吹き付ける風によって絶えず回転を続ける。大きな羽虫が耳元で飛んでいるかのような音が、窓を閉め切った車内にも届いてくる。この発電所の施設の向こうが風の砦だ。

 風の砦は道路から二百メートルほど奥まった所にあり、道路際から砦を取り囲むように金網のフェンスが張られていた。道路から砦までは背の低い草が一面に生え、大小の岩が点在する広場になっている。

 フェンスが見えてくると、ザックは車のライトを消し道路を外れた。前方のフェンスの手前に茂みがあり、その前に一台の車が停まっている。ショーンの家の車だ。二人の男女が車の外で、百メートルほど先にある道路沿いの入り口の様子を窺っている。ザックの車に気付くと手を振った。肩まである金髪が風に揺れている。ケイトだ。

 ショーンの家の車の隣に並べてチェロキージープを停めた。外にショーンの姿は無く、車の中を覗くと後部座席で毛布に包まり眠っているのが見えた。

 ケイトの隣にいるがっしりとした体格の、いかにもスポーツマンタイプのショーンの父親トムが状況を説明する。

「入り口に見張りがいて……こっちは丸腰なんでね……」

ザックがフェンスの際から道路沿いの入り口を見た。ゲートに取り付けられたライトに照らされ、一人の男が立っているのが見える。

 見張りの男はフェンスに寄りかかっていた。小さな光が俯いた横顔を照らしている。携帯電話をいじっているのだ。しかもリズミカルに身体を揺らしていて、どうやら音楽を聴いているようだ。

「緊張感の無い見張りだなぁ」

ザックが呆れて言うと、ケイトは緊張を含んだ声で警告した。

「でも、銃を持ってるわ。さっき振り回して一人で騒いでるのが見えたの」

「分かった。ありがとう」

ザックがチェロキージープに戻ろうとすると、ショーンが目をこすりながら車から降りてきた。

「あ、ララのパパ。僕が車を見つけたんだよ」

誇らしげに言うショーンにザックが微笑みかけた。

「やあ、ショーン。どうもありがとう」

「ララを助けに来てくれたの?」

「来てくれたって何だ? ララは俺の娘だ、当たり前だろう」ザックはショーンの言葉に内心で苛立ち反論したが、相手は子供だ。にこやかに頷いて答えた。

「ああ、そうだよ」

 ザックは車に乗り込むとエンジンを掛けた。運転席のドアは閉めず、室内灯を消して窓を全開にした。

「車の音で気付かれない?」

洋子が心配そうに訊いた。

「ここら辺にいつも吹いてる風で、砦の中にはほとんど聞こえないはずだ。とりあえず、あの見張りを片付ける」

チェロキージープをゆっくりと道路に出すと、ライトを消したままゲートに向かって走り出した。ゲートまであと三十メートルというところで見張りの男が近付いて来る車に気付き、顔を上げた。ザックはライトを上向きで点け、スピードを上げる。見張りの男は目が眩んだように顔の前に手をかざした。

「ま、まさか轢き殺すつもりじゃ……」

トムが緊張した声を上げた。

 ザックは見張りの男の前で急ブレーキを掛けた。ちょうど運転席のドアの前でうろたえている男を目掛け、ザックはドアを思い切り蹴り開けた。男はドアとフェンスの支柱に挟まれ、肺から空気を叩き出されたために声も出せない。ザックは開いた窓から身を乗り出し、男が持っている携帯電話とジーンズのウエストに挟まった銃を奪い取った。銃を助手席に置くと、もう一度強くドアを蹴る。男は短く悲鳴を上げた。ザックはそのまま車を降りてドアを閉めた。男は胸を押さえて体をくの字にし、息を喘がせている。ザックは男の顎を摑んで上を向かせた。

「大丈夫だよ。あばらが折れたくらいだろ」

そのまま男の頭を後ろの支柱に叩きつけた。男は気を失い、滑り落ちるように地面に伸びた。ザックは奪い取った携帯電話をへし折ると男の身体の上に投げ捨て、手を振ってフェンスの手前で待っている洋子達に合図をする。

「荒っぽいな……」

ゲートに向かいながらトムが呟くと、洋子が苦笑いした。

「恥ずかしいわ……」

 ゲートから中を見ると、広場の奥には壁のように岩がそびえ立っている。その頂上はのこぎりの歯のようにギザギザと尖っており、高さも大きさも様々な幾つもの岩が連なっているのだと分かる。ほぼ正面に見える岩の前に一台の車が停まっていた。岩の切れ目からは灯りが洩れている。

「あそこだな」

ザックが銃をジーンズの腰に挟みながら呟くとトムが一歩前に出てきた。

「僕も手伝わせてくれ」

 トムの申し出にザックは他人を巻き込んでいいものか迷ったが、洋子を連れて行くよりはマシだと思い頷いた。

「銃は使えるか?」

「ああ」

ザックは男から奪い取った銃をトムに渡した。

 チェロキージープのドアがベコベコにへこんでいるのを目にした洋子は、信じられないという顔でザックににじり寄り睨みつけた。

「仕方ないだろ……」

ザックは顔を引きつらせ、倒れている男を指差して洋子に訴えた。


「ケイト。君はショーンと待っていなさい」

トムが言うとケイトは素直に従い、ショーンを連れて車に戻って行く。こんなに従順な妻が存在するという事に驚いたザックは、ダメもとで洋子に言ってみた。

「ヨーコ、お前も……」

「嫌よ。私も行く」

洋子は既に車のコンパートメントから出した銃を持っている。ザックは予想していた事とはいえ、呆れて舌打ちをした。

「ヨーコ! お前、今自分の身体がどういう状態か分かってるのか?」

「分かってるわよ。ついて行くだけ! 何もしないから!」

そう言うと広場を砦に向かって歩き始めた。ザックは溜息をつきながら、奴らがアジトにしていた空き家で洋子がした事を思い出していた。何としてでも洋子にはついて来て欲しくない。三人で広場を進みながらザックは辺りを見回した。どこかにこいつを縛りつけておく所はないか、と。しかしザックはすぐに思い直した。

「ダメだ……ヨーコは今妊娠中だった……」


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