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Somebody, stop her!

 西の外れの空き家が近付いてくると、ステーションワゴンは道を外れ荒地を走り始めた。後ろの洋子もついて行く。ザックがヘッドライトを消したので洋子もそれに倣った。目が慣れてくると、月明かりに照らされていびつな形のサボテンや、おそらく気が遠くなるほど昔からそこにあるのだろうと思われる風雨にさらされて丸みを帯びた岩などが見えてくる。この辺りはほとんど民家など無く、居留区の中でも一際荒れている。

 ザックは潅木の茂みの横で一度車を停めると窓から腕を出し、ここで停まって待つように洋子に合図をした。洋子はその指示通り、茂みの脇にチェロキージープを停めるとエンジンを切った。ザックはもう少し先に進み、空き家の玄関から真正面に三十メートルほど離れた所に車を停め、銃を持って降りてきた。

「あそこにララがいるの?」

ザックが近くまで来ると洋子が車の窓を開けて訊いた。

「移動してなければな。様子を見てくるから、ここで待ってろ」

洋子はチラッとステーションワゴンに目を遣った。

「ねぇ、あの男は?」

「一度起きたけど、また寝たみたいだ」

ザックは平然として言うと、踵を返して空き家に近づいて行った。

「よく言うわよ……」

洋子は後ろを走っている時に、ザックの腕が男目掛けて飛んでいくのを見ていた。


 ザックは家の横手に回り、外壁と茂みの間に身体を滑り込ませた。内側からダンボールで目隠しされている窓を見て回る。一つの窓に隙間を見つけ、そこから中の様子を窺うとすぐに頭痛に襲われた。窓のすぐ側にあるソファで、かろうじて服を身に着けているという程度の若い男女がいやらしく絡み合っていたのだ。女の方は、洋子から聞いたララをさらった人物の人相に一致する。そして男の方は、以前家に来てマシンガンを撃ちまくった奴だと分かった。そこから見える範囲では、他に人影は無い。ザックは窓から離れ、玄関へ向かった。もし同じ空間にララがいたら、あの二人を即効撃ち殺してやると心に決めながら。

 肩をいからせて玄関へ向かうザックのシルエットを、洋子はチェロキージープの中から不安げに見つめていた。

 玄関の扉のノブを静かに回すと、鍵は掛かっていなかった。ザックはドアを少しだけ開け、わざと大きな音が立つように思い切り蹴り開ける。音に気付いて、中にいる二人がすぐに離れてくれる事を祈りながら。

 勢い良く開いた扉は横の壁にぶつかり、さらに大きな音を立てた。自分でも少し派出過ぎたかと思いながら家の中へ足を踏み入れたが、ザックの願いは空しく二人は絡み合ったままだった。

「ダメだ……二人とも完全にラリッてる……」

ザックは首を振りながら部屋の中ほどまで進むと、二人のすぐ上の窓に向けて発砲した。銃弾は目隠しに貼られたダンボールを簡単に破り、その向こうにある窓ガラスが派手に砕ける音が室内に響いた。

「な、何だ!」

男が気付き、自分に跨っている女を押しのけながら驚いた顔でザックを見上げた。女の方はまだヘラヘラと笑いながら、男にしがみつこうとしている。

「俺の娘はどこにいる?」

ザックが男に銃口を向けた。男は今しがた夢から醒めたのと同じ状態だ。訳が分からないという風に視線を泳がせ、まさに狼狽している。しかし、これなら何とか尋問は出来るだろう。女の方はてんで話にならないが。

 男は事情を理解したのか急に顔を強張らせ、ソファの横にあるラックに手を伸ばし、そこに置いてある銃を取ろうとした。ザックがラックに向けて発砲した。銃の後ろに置いてあったCDラジカセが吹っ飛び、男は慌てて手を引っ込めた。

 ザックは男に銃口を向けたまま、ラックの上の銃を奪い取った。カートリッジを床に落とし玄関の方へ蹴りこむと、銃を肩越しに放った。重い金属音を立て、奥にあるキッチンの床を滑ると突き当たりの壁に当たって止まった。

「もう一度訊くぞ。娘はどこだ?」

男は額に汗を浮かべ、歯軋りしながらザックを睨みつけた。

 その時、玄関の扉が開き洋子が入ってきた。手には銃を持っている。ザックは溜息をついた。

「待ってろって言ったのに……」

「あの子はどこなの?」

部屋を見渡しながら洋子が訊く。その目は完全に据わっており、全身から張り詰めた殺気が感じられる。銃声が聞こえ、いてもたってもいられなくなったのだ。

 洋子の気持ちは理解できるが、ここは自分に任せて欲しい。ザックは穏やかに、言い聞かせるように言った。

「今、俺が訊いてるから……」

「そう。まだ言わないの……」

洋子は部屋の中へ歩を進めた。途中で右の壁際に白い布が掛けられた祭壇のようなものを見つけて立ち止まる。壁にセロテープで貼られた紙には、インディアンの羽根飾りの中に鉤十字が書かれた絵があり、台の上には毒々しい色の蝋燭やドクロの置物といった、数多くの悪趣味なオカルトグッズが所狭しと並んでいる。洋子はその祭壇に銃口を向け、三回引き金を引いた。紙は無残に破けあらゆる物が吹っ飛び、祭壇は完全に破壊された。

 女がやっと正気に戻り、その光景を呆気に取られて見ている。男はうわずった声で叫んだ。

「な、何てことするんだ! お前……呪われるぞ!」

硝煙に縁取られた洋子が男に冷たい視線を向け、無表情のまま短く笑った。

「呪われる? 上等よ。もうとっくに呪われてるわ」

洋子はさらに中へ進み、ソファの上で怯えている二人に銃口を向けた。

「さあ、言いなさい。あの子はどこにいるの?」

「今の見たろ? 早く言っちまったほうがいいぞ」

ザックが穏やかに二人を促した。

 二人は完全に怯え、男の方に至ってはガタガタと小刻みに震えている。喋らないというより、喋れないといった感じだ。

「やり過ぎだ……これじゃ逆効果だ……」

洋子の登場で事態はすっかり変わってしまい、どうしたものかとザックは困り果てて呟いた。

 ザックは部屋の中を見渡した。キッチンの横の扉が開いており、地下へと下りる階段がある。

「ヨーコ、ちょっと地下室を見てくるから、こいつら見張っててくれ」

「ちょっと! こいつ置いてくのかよ! 一緒に連れてけよ!」

女が叫んで抗議したが、ザックは無視して洋子に告げた。

「動いたら撃っていいぞ」

洋子が頷いたのを確認し、ザックは地下へ向かった。「動いたら撃っていい」とは、つまり「動かない限りは撃つな」と言ったつもりだった。洋子がそこまで理解しているかは定かではないが。

 ザックはすぐに戻ってきた。洋子はソファの二人に銃口を向けたまま口を開く。

「あの子は?」

「いない。……けど、いた形跡はあった」

ザックは手に持った二つの手錠を洋子に見せた。洋子はそれを見てさらに激怒した。

「こんな物をあの子に着けたの? 冗談じゃないわ!」

ザックは男の手首に手錠を掛けると、隣のラックの支柱に繋いだ。怯えきっている男はおとなしく従う。その視線はザックではなく、激しい怒気を孕んだ洋子の顔に釘付けになっている。ザックはもう一つを男の反対の手首に掛け、女の手を摑んだ。女は激しく抵抗を始めた。

「ふざけんじゃねぇ! 離せ!」

女は暴れだし、ソファからずり落ちて床に座り込む。摑まれた手をバタバタと振っている。

「おとなしくしろ!」

ザックがうんざりした口調で言うと、女は急に息を飲んで黙り込んだ。見ると、女は目を見開いてソファの座面に頭を押し付けている。長い金髪が強張った顔の周りに広がっている。その理由はすぐに分かった。洋子が女の額に銃口を押し当てているのだ。

「言われたとおりにするのよ」

洋子の顔からは表情が消えていた。背筋が凍るほどの冷たさを感じる声だが、女は反抗的だった。

「うるせえ! やれるもんならやってみろ! あんなくそガキ、どうなったって構うもんか!」

噛み付くような勢いの女の言葉に洋子は目を細め、鋭く女を睨みつけた。

「ザック……」

「えっ?」

「あの子の居場所を訊くだけだもの……一人生きてればいいわよね……?」

ザックは眉をひそめて洋子の顔を見た。無表情な冷たい目で女を見下ろしている。我が子を守るためなら、母親は悪魔にもなれる。洋子からただならぬ殺気を感じ、ザックは胸騒ぎがした。

「おい!」

ザックが止めようとしたが、洋子は一瞬のためらいも見せず引き金を引いた。


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