A storm has come!
廊下を出口に向かって歩きながら、ザックは洋子に全てを説明した。洋子は険しい顔をしながらも黙って聞いていた。話が終わり、警察の出入り口の前まで来た時に、ザックが予感した嵐はいきなり突風となって吹き荒れた。
「何でもっと早く言わなかったのよ!」
烈火のごとく怒り出した洋子が怒鳴った。入れ違いに入って来たとてつもなく大きな身体をした黒人の制服警官が、その声にびっくりして恐れおののき洋子に道を開けた。
ザックが扉を開け、洋子を通すために手で押さえたまま言い返す。
「お前がそうやって怒り出すって分かってたからだ!」
駐車場に出て、チェロキージープに向かいながらも怒鳴り合いは続いた。入れ替わり立ち代り通り過ぎる警察関係者全員がザックと洋子に顔を向ける。
「もっと早く聞いてれば、こんなに怒ったりしないわよ!」
「心配掛けたくなかっただけだ!」
チェロキージープに辿り着き、リアウィンドウの前で二人は立ち止まった。
「今さら何よ! あなたの心配なんてずーっとしてるわよ!」
「分かってるよ!」
言い捨てるとザックは洋子から顔を背けた。洋子はザックの横顔を睨みながら、それまでよりも少し抑えた声で尋ねた。
「一人で何とかしようなんて思ってたの?」
二人はそれぞれ運転席と助手席へ向かった。二人ほぼ同時に車に乗り込み、ドアを閉めるとザックは溜息混じりの声を出した。
「……イーグレットは、俺の事だと思ってたんだ……」
その言葉に洋子は黙り込んだ。ザックの気持ちはよく分かる。ザック以外に家に居る者といえば、女子供だけだ。妊娠中の自分と、四歳の娘ララ。ザックが一人で何とかしようと思って当然だ。それでも何も話してくれなかったザックにもどかしさを感じると同時に、自分の行動を後悔してもいた。お喋りに夢中になったりしていなければ。もっとララに注意を払っていれば。その事をザックが全く責めないので、洋子は余計に苛立っていた。
ザックは車のエンジンを掛けようとして思い直した。携帯電話とジーンズのポケットに入れっぱなしの名刺を取り出した。
「誰?」
どこかへ電話を掛けているザックに洋子が訊いた。ザックは発信音を聞きながら答えた。
「FBI」
パーカーはすぐに電話に出た。パーカーの声に混じる微かなざわめきから、車で移動中なのだという事が何となく分かる。
「ああ、フェアストーンさん。何か思い出されましたか?」
「俺の娘がサンダースに誘拐された」
パーカーの声に被せたザックの言葉が二人の間に緊張をもたらした。
「えっ?」
「お前ら何やってる? 何であんな奴ら泳がせておくんだ?」
パーカーがうろたえているのが伝わってくる。
「あ……そんな……誘拐されたのは、いつですか?」
「今日の午後早くだ」
「ま、まだ二十四時間経ってない……。警察には?」
ザックは呆れたように溜息をついた。誘拐は事件発生から二十四時間経過した後、他の州に逃げた可能性を考え管轄がFBIに移る。つまりパーカーは、それまでは地元の警察に相談しろと言いたいのだ。
「今警察から出てきたところだ。お前ら嫌われてるな」
ザックの棘を含んだ言葉にパーカーは震える声で尋ねた。
「け、警察はなんて?」
「検問を張ると言ってた」
「そんな……下手に追い詰めると危険ですよ!」
言われるまでもないことだ。ザックは声を荒げた。
「分かってる! 控えめに頼むと言ってきた! お前らが追ってる奴らだろう、とにかくすぐに腕の立つのを二、三人こっちへよこせ!」
「い、今すぐというのは……無理です……」
ザックは持っている携帯電話を強く握りなおし、低い声で言った。
「理由を言えよ」
「ま、麻薬取引で……これからフランクリンのアジトへ踏み込むんです……。怪我人が多くて、ただでさえ人が足りないんです……」
パーカーの必死な声が聞こえてくる。
「この日のために、ずっと準備してきたんです! そ、組織に潜り込んでる捜査官の命だって掛かってる……あ、あなたなら分かるでしょう?」
このタイミングの悪さにザックは天井を仰いだ。ドアポケットのタバコを手に取ったが、思い直して元に戻した。タバコはダメだ。すぐ横にいる洋子が妊娠中なのだ。
ザックは募るばかりの苛立ちを大きな息で吐き出し、詰問口調でパーカーに言った。
「それなら俺の質問に答えろ。あいつの仲間は何人いる?」
パーカーはおずおずと答えた。
「仲間と言っても流動的なんですが……今回一緒に失踪したのは、サンダースを入れて七人。一人女がいます。皆二十歳前後の若者で、ほとんどは普通の大学生です。なかには、かなり裕福な家庭の者も……」
「あいつら武装してるよな? 何を持ってるか分かる限り教えろ」
「こ、答えられない! そんな事聞いて何をするつもりですか? あなたはもうFBIじゃないんですよ!」
パーカーの上ずった声が洋子にも聞こえてくる。誰なのかは知らないが気の毒な人だ、と洋子は電話の向こうの人物に同情した。ザックという男は自分の知りたい事は必ず聞き出すということを洋子は分かっている。
「答えろよ」
ザックのその低い声は抗えない威圧感に満ちている。
「ああ、怖い……」
洋子は口の中で呟いた。いつもこんな調子で容疑者に接していたのだろうか。シルバーレイク・タウンでザックに逮捕されるような事をしなくて本当に良かった。洋子は安堵の息をついた。
パーカーがついに屈した。苦しそうな声でザックの質問に答える。
「……あ、あなたも知ってる通り、ウージのサブマシンガンと、銃を何丁か持ってます。いずれも三十八口径。サバイバルナイフやダガーナイフを使って強盗をしたこともあります。それから……サンダースが両親の首を切断した刃物はまだ見つかってないんですが、薄くて鋭利な刃物、おそらく園芸用の鎌ではないかと……」
「鎌? 何だ? チンケな死神気取りか?」
「と……とにかく、こっちが終わったらすぐに駆けつけますから、くれぐれも無茶な真似はしないで下さい!」
パーカーは必死に頼み込んだ。
ザックは知りたい事が分かり、一転穏やかな声に変わった。
「ありがとうパーカー、役に立ったよ。仕事頑張れよ」
ザックのアメとムチに完全に踊らされているパーカーは弱々しい溜息をついた。
「はい。……あの、フェアストーンさん、実は……すごく不安なんです。ビルもいないし……何かアドバイスを頂けたら……」
ザックは困惑した。
「はあっ? 何で俺が? 俺は失敗して辞めたんだぞ。何の参考にも……」
「失敗? あなたが?」
素っ頓狂な声を上げたパーカーにザックは言葉を切った。この面倒臭そうな男にこれ以上話を広げられても困る。適当な事を言って終わりにしようと思った。
「だから、焦るなってことかな……。あと、何を見ても動揺するな。俺に言えるのはこれだけだ。クソ野郎共を根こそぎパクって来い。それじゃな」
ザックは一方的に電話を切った。
ジェイクは車のエンジンを掛けながら洋子に顔を向けた。
「とりあえず一度家に戻ろう。銃がいるし、ララをさらったのは俺をおびき出す口実かも知れない。何か連絡が入ってるかも」