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Shit! Shit! Shit!

 ザックは最近めざましい上達振りを見せるチャーリーに驚いていた。チャーリーの斜め前で馬を走らせては停止させ、また歩かせたりといった事を繰り返す。チャーリーは何とかそれについて来る事が出来るようになっていた。最初の頃は緊張していてガチガチだったが、この頃ではリラックスした表情を見せ、乗馬を楽しめているようだ。馬との意思疎通も出来ているように感じる。こうなってくると教える方もやりがいを憶え、ザックの指導にも力が入る。

 まだ洋子とララは戻らないが、きっと幼稚園で誰かの母親とお喋りでもしているんだろうと思った。たまにあることだ。

 東京で孤独だった洋子は、ここに来てから変貌を遂げた。特にララが生まれてからは、同じぐらいの歳の子供を持つ母親の友達がたくさん出来た。洋子の話す英語はたどたどしかったし、いまだに難しい単語はよく分からない。それでも育児の悩みや情報交換など、母親同士のコミュニケーションの前ではそんなことは大した障害ではないらしい。


「ザック! 何で電話に出ないの!」

車の中で洋子は取り乱して叫んでしまった。何度掛けてもザックは電話に出ない。ザックは無事なのか、ララはどうなってしまうのか、そんな事が頭の中に渦巻き、もはやどうしていいのか分からない。

「ヨーコ、落ち着いて。家の外で仕事でもしてるのかも知れないわ」

ケイトに言われて洋子は思い出した。今日はチャーリーの乗馬のレッスンがある日だ。携帯電話の時計を見る。レッスンはもう始まっているはずだ。


 キャロルは庭のベンチに座り、チャーリーが乗馬のレッスンを受けているのを見ていた。レッスンの日に洋子が不在というのは初めてで、珍しい事もあるものだと思っていたが、楽しそうに馬に乗るチャーリーの姿を見ているうちに気にならなくなっていた。すると、テーブルの上に置いた自分のバッグの中で、携帯電話が鳴っているのに気が付いた。

 ザックは馬場の中央辺りで、チャーリーに体重移動のコツを熱心に説明している。

「ザック!」

名前を呼ばれて振り向くと、キャロルが携帯電話を手に持って馬場の柵の際まで走ってきた。その表情から何かただ事でないのが分かる。チャーリーにその場で待つように指示すると、ザックはキャロルの元へ馬を走らせた。

「ザック、あなたに電話よ。ヨーコから」

テーブルから馬場の柵まではほんの少しの距離だ。それでもキャロルは息を荒げている。気が動転しているように見える。いったい何があったのか。そして何より、なぜ洋子は自分宛ての電話をキャロルに掛けたのか。そう訝った時、自分が携帯電話を家の中に置いてきてしまった事に気が付いた。

 キャロルから電話を受け取ると、洋子は泣き叫んでいた。

「ザック! 何で電話に出ないの! ララが! ララが誘拐されたの!」

まくしたてる洋子の声は、まるで殴られたような衝撃をザックに与えた。

「ララが……?」

「あいつらよ! この前の! あいつらがどうしてララを? ザック! 聞いてるの?」

「あ、ああ。聞いてる……ヨーコ落ち着け。今どこにいる?」

洋子に冷静さを取り戻させようと、ザックは努めて穏やかな声で話す。黙り込んだ洋子の荒い息遣いが続き、ややあって少し落ち着いた声が聞こえてきた。

「今……警察に着いたわ……」

「分かった。今から俺も行く」

 チャーリーのレッスンは中止になった。キャロルが警察まで送ってくれる事になったので、ザックは急いで馬を厩舎に入れた。それから一度家に戻ると、テーブルの上の携帯電話には着信があったことを示す青いランプが点滅していた。うっかりしていた自分に小さく悪態をつくと、それを持ってキャロルの車に乗り込んだ。

 キャロルが運転する車の後部座席でザックは携帯電話を見た。洋子からの着信が十回以上もあったことが分かる。一番最初の着信からは一時間以上経っている。ザックは舌打ちし、携帯電話をポケットにしまった。イーグレットは自分のことではなく、ララのことだったのかと思い至る。確かにララもイーグルの血を引いている。迂闊だった自分を呪い、ザックはきつく目を閉じた。


 ザックが警察に着くと、洋子は一人の刑事と机の前で向き合って座っていた。その刑事の顔には見覚えがある。この前ビルが襲われた時、最初に駆けつけて来た刑事だ。名前はドイルといった。

 洋子は電話の時よりもだいぶ落ち着いたように見えるが、ザックに気付くなり涙が溢れ出した。

「ザック!」

泣き出してしまった洋子にザックが駆け寄った。ザックは洋子の頭を自分の胸にかき抱く。目の前のドイルがザックを見上げた。

「ああ、どうも。フェアストーンさん」

ザックはドイルに向き直った。その刑事の顔は困惑しているようだ。

「どうも分からないんですが……この前の連中はてっきりFBIを狙っているものとばかり思っていたんですが……」

「ああ、そうだ。FBIを狙ってるのは本当だ」

ドイルは握っていたペンで頭を掻くと、愚痴をこぼしながら説明を始めた。

「こいつらはFBIが追ってましてね。あの時以来我々も警戒はしていたんですが、奴らの情報はほとんど無いんですよ……」

この前の事件で、ドイル刑事は後からやってきたFBIに追い返されていた。

「FBIときたら……こっちの情報は持っていくのに、向こうの情報はこっちに流さない……困ってるんですよ」

無表情のままのザックを一瞥すると、ドイルは大きな溜息をついた。

「ああ、失礼。あなたも元FBIでしたね」

それでも表情を変えないザックにドイルが尋ねた。

「あなたは自宅にいらっしゃったんですよね? 犯人から何か連絡は? 身代金の要求とか……」

「ない。奴らの目的は金じゃない」

ドイルは首を傾げてザックを見た。

「ほう。奴らがお嬢さんを連れ去った目的が分かってらっしゃる?」

「復讐だ」

ドイルは眉をひそめてザックを見た。

「復讐……?」

驚いた顔の洋子がザックの顔を見上げている。ザックの言葉でさらに困惑を深めたドイルがややあって口を開いた。

「……それじゃ、検問を張り巡らせておきましょう……」

ザックは慌ててドイルを制した。

「ちょっと待ってくれ! あいつらはガキのカルト集団なんだ。下手に追い詰めると何をしでかすか分からない。ララが危険だ!」

ドイルは再びペンで頭を掻き、困り果てたように腕を組んで大きな息をついた。


 ドイルとの話が終わり、部屋からザックと洋子が出てきた。ケイトとショーンはキャロルが車で送っていき、既に姿は無い。

 警察署の廊下を歩きながら、ザックは後ろを振り返った。少しだけ俯き加減の洋子は眉間に皺を寄せている。その様子にザックは嵐の予感を感じていた。

「ザック……」

洋子が小走りでザックの隣に並んだ。

「復讐って何の事なの?」

「ほら来た」ザックは心の中で呟いた。


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