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第8話【大炎上】実家の神社が「SSRガチャおみくじ」で課金地獄に!? 欲望に縛られたご神木を救い出せ

その日、都心のエアポケットのように静寂を保っていたはずの二階堂神社は、異様な熱気に包まれていた。


 鳥居から本殿まで続く長い石畳には、アイドルの握手会のような長蛇の列ができている。  若者たちの目当ては、参拝でも祈祷でもない。


 社務所の前に新設された巨大な筐体――新発売の「推し色レインボーおみくじ(1回500円)」だ。


 硬貨を投入すると、LEDを内蔵したカプセルが派手な電子音と共に転がり落ち、七色に発光する。  人気インフルエンサーのハルピがSNSで紹介して以来、境内は「映え」を狙うスマホのシャッター音で埋め尽くされていた。


 社務所の裏手で、二階堂美咲はタブレットの売上グラフを満足げに弾いた。


「ふふん。どうよお父さん。私がプロデュースした途端、このコンバージョン率(成約率)。神社の赤字も、屋根の修繕費も、これで一発解消よ」


 しかし、彼女の隣に立つ白装束の老人――父であり宮司である男の表情は晴れなかった。  彼は、眉間に深い皺を刻み、参拝客たちの姿を痛ましげに見つめている。


「……美咲。数字には感謝する。だが……あれを見なさい」 「なによ。古い人間はこれだから……」


 二階堂が視線を向けた先で、若者グループがカプセルを開けていた。


「っしゃあ! 虹色に光った!」 「中身見ろよ、SSR(大吉)か?」 「チッ……なんだよ、『末吉』かよ。光ったのにハズレじゃん。映えねぇ」 「ゴミ確定。次、回そうぜ!」


 彼らは、おみくじの内容を一文字も読まなかった。  紙屑をその場で丸めて地面に捨てる。あるいは怒りに任せて、近くにあるご神木の枝に乱暴にねじ込んでいた。


「彼らは神の言葉を聞きに来たのではない。『当たり』という快感を買いに来ているだけじゃ。……嘆かわしいが、ワシには止める資格がない。この企画にすがったのは、経営能力のないワシなのだから……」


 父の背中は、神職の誇りと経営者の惨めさの間で小さくなっていた。


「そ、それは……これから中身も読ませるような施策を……」


 その時だった。  ドクン。  境内全体が、巨大な心臓の鼓動のように脈打った。


          ***


 草薙たちが救援要請を受けて到着した時、そこはもう厳かな神域ではなかった。  まるで、巨大なゴミ処理場。  足の踏み場もないほど地面を埋め尽くしているのは、雪ではない。


 全て「読まれずに捨てられたおみくじ」だ。


「うわ、なんだこの量は。……全部、『凶』と『末吉』か」


 草薙は足元の一片を拾い上げ、眼鏡を直して中身を読んだ。


「『足元に注意せよ』……か」


 直後だった。  スマホに釘付けで歩いていた男が、紙屑に足を取られ、段差につまずいて派手に転倒した。


「いったぁ!? クソッ、なんだよこの神社、足場が悪いな!」


 草薙は呆れたように肩をすくめた。


「……書いてある通りだぜ。こいつら、自分への『診断書』を読まずに捨ててやがる。読めば防げる怪我フコウもあるってのにな」


 二階堂がハッとして顔を上げる。


「診断書……そうか、おみくじは予言じゃなくて、行動を促す『処方箋』……!」


 だが、気づくのが遅かった。  捨てられた数万枚の紙が、参拝客の「不満」と「無視」を吸い込み、黒く変色し始めたのだ。


 ズズズズズ……!


 不快な地響きと共に紙屑が渦を巻き、巨大な泥人形のような姿となって立ち上がった。


『読メェェ……! ヨク読メェェ! 見タ目ダケデ判断スルナァァ……!!』


 それは、おみくじに対する「未読スルー」の集合体。  妖魔『ダスト・ゴーレム』の咆哮が響く。


「私のせいだ……パッケージだけを売った、運営の私の責任よ……!」


 二階堂は膝から崩れ落ちそうになる。  だが、彼女は自ら歯を食いしばって立ち上がった。


「……責任は取るわ。私が撒いたコンテンツは、私が回収する!」


 彼女は社務所へ走り、封印していた装束箱をひっくり返した。


 数刻後。  緋色の袴に白衣びゃくえ、髪をキリリと結い上げ、手には拡声器メガホンを握りしめた二階堂美咲が、神楽殿に仁王立ちしていた。


「――注目ぅぅぅ!! 私はこの神社の『運営管理者(GM)』よ!」


 その気迫に、逃げ惑う人々が足を止める。


「アンタたちが捨てたそのおみくじは、ゴミじゃない! 人生の『攻略チャート』よ! 読んで理解すれば、『凶』は『回避可能なイベント』に変わるのよ!!」


 編集者として、言葉を扱うプロとして、彼女は吼えた。


「『待ち人来ず』? それは『一人の時間を充実させろ』っていう神からの推し活推奨よ! 文句言ってないで、その紙に書いてある攻略法を読みなさいよ!!」


 そのあまりに現代的な「神託の翻訳リライト」。  転んだ参拝客が、足元の紙を拾い上げた。


「……『足元注意』? マジで当たってんじゃん……」 「……『南西に吉あり』? 新しい取引先の方角か?」


 人々が「文字」を読み、意味を理解した瞬間。  泥の巨人は形を保てなくなり、サラサラと元の紙屑に戻って崩れ去った。


「やった……鎮まった……」


 だが、それは前座に過ぎなかった。


 ゴゴゴゴゴ……!!


 震源地は、境内の中心に鎮座する巨大な「ご神木」だった。  幹には、地面に捨てられなかった「凶」たちが、幾重にも憎しみを込めて結びつけられていたのだ。  白い包帯で木を絞め殺すかのように。


「いかん! 不運をご神木になすりつけおった! あれでは木が呼吸できん!」


 父の悲痛な叫び。  身勝手な祈りで締め上げられたご神木が、ついに暴走する。  中ボス妖魔『神木・呪縛絞め(ストラングル・ツリー)』の誕生だ。


「させませんっ!」


 ガン子が鉄骨を引き抜いて盾にし、前に飛び出す。  カンカンカンッ! と弾丸のようなおみくじが弾ける。


「わらわの出番じゃな! 凍てつけ!」


 有栖の氷も、神気が宿る木には中和され、表面を霜付かせるのが精一杯だ。


「……患者は木の方だ。あんなにガチガチじゃ、神様だってエコノミー症候群になるぜ」


 草薙が白衣を翻し、神楽殿の二階堂へ叫んだ。


「二階堂、拡声器で謝罪だ! ユーザーの代表として詫びを入れろ!」 「えっ、謝罪!? 神様に!?」 「お前も当事者だろうが!」


 二階堂は恥をかなぐり捨て、拡声器を構えた。


「ご神木様ァァァ!! ユーザーの民度が低くてごめんなさいぃぃ!! 中身を軽視した運営の私もバカでしたぁぁ!! 私が責任持って改善しますからァァ!!」


 あまりに正直すぎる謝罪。  怒り狂っていたご神木が、その声に一瞬動きを止めた。


「今だ! ガン子、道を開けろ! 有栖、俺を飛ばせ!」 「はいっ! どいてくださぁぁい!」 「心得た! 氷のきざはしよ!」


 氷のスロープを駆け上がり、草薙が空へ舞う。  彼の目は、幹に食い込んだ無数の「結び目」の核を捉えていた。


「きつく結びすぎなんだよ、お前らの欲望は! もっと力を抜け!」


 両手に宿る、固まった筋肉をほぐすような優しいマナ。


「秘技・魔法整体――『万物解呪・御縁解き(コネクト・リリース)』ッ!!」


 シュルルルル……!


 触れた瞬間、何万枚もの結び目が魔法のように解けた。  解放されたご神木が、深呼吸をするように枝を広げる。  おみくじは白い花びらのように舞い散り、浄化の光となって夜空へ昇天していった。


          ***


 騒動が収まった境内。二階堂は立ち尽くしていた。  そこへ、父が歩み寄る。


「……ごめんなさい。売上と映えがあればいいと思ってた。でも……中身のないコンテンツじゃ、誰も救えなかった」


「……いや。現代の言葉で神の意図を説く姿、立派だったぞ。ワシも意固地になっておった。これからは、お前の知恵も貸してくれんか?」


 うつむく娘に、父は不器用に寄り添った。


「……私のコンサル料、高いわよ?」 「ふん、出世払いじゃ」


 二階堂の手には、一枚のおみくじ。『大吉:雨降って地固まる』。  草薙は遠くからそれを見つめ、小さく微笑んだ。


「……診断結果、良好だな」


          ***


 その夜。  病院で陽菜の容体を安定させた草薙は、雨の降る路地裏へ向かっていた。  取り壊し寸前の、木造ボロアパート。


 狭い六畳一間。  彼は鏡台の前に座り、線香に火を灯した。


「……よう。久しぶりだな」


 曇った鏡を見つめながら、独りごちる。


「……ふとした瞬間に鏡を見る目がな、アンタと同じなんだよ。……世界中を敵に回したような、あの寂しい目がさ」


 鏡は何も答えない。  ただ、線香の煙だけが揺らめいて、雨の夜に溶けていった。


【本日の業務日報:魔法整体】

■対象:参拝客・ご神木

■症状:ガチャ依存・未読スルーの蓄積

■施術:万物解呪・御縁解き

■獲得MP:+500

■経費:0

■妹へ送念:-500 現在のMP残高:49,916

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