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第6話【邂逅】白亜のタワーと漆黒のカリスマ。日本中が熱狂する「完璧な社長」との不穏な出会い


東京の中心、港区の一等地にそびえ立つ「アークライトタワー」。    わずか数年で建設され、東京タワーを見下ろしスカイツリーにも匹敵するその高さは、いまや日本の新たなランドマークとなっていた。


 その最上階、雲すら眼下に収める社長室で、二階堂は緊張しながらボイスレコーダーを回していた。


「――素晴らしいビジョンですね、明智社長。このタワーが日本のエネルギー問題を解決する鍵になると?」


「ええ。そうですとも。この国には、まだ眠っている『力』がある。僕はそれを正しく導きたいだけなんですよ」


 明智と名乗る青年実業家は、窓の外を眺めながら答えた。  濡れたような黒髪に、純白のスリーピーススーツ。


 その対比は強烈で、まるで光と闇を同時に纏っているかのようだ。  その完璧な紳士の振る舞いに、二階堂は少しだけ息苦しさを感じていた。


 場の空気を和ませようと、つい最近の「推し」の話を口にする。


「そういえば、エネルギーといえば……最近、すごい整体師さんを見つけたんですよ」


「おや、整体師、ですか?」


「はい! もうゴッドハンドなんてレベルじゃなくて、まるで『魔法』みたいに効くんですよ! 私も長年の肩こりが一発で……」


 口を滑らせた瞬間、二階堂はハッとした。  草薙から「魔法のことは他言無用」と釘を刺されていたことを思い出したのだ。


「あ、いや! 魔法っていうのは比喩です! 比喩! それくらい凄いって意味で……あはは!」


 慌てて取り繕う二階堂。  だが、明智の反応は奇妙だった。


 彼はゆっくりと振り返り、興味深そうに目を細めた。


「……ほう。『魔法』、ですか」


 明智の脳裏に、先日のデータがよぎる。  タワー周辺で観測された、局地的なマナの異常数値。


 単なる偶然か、それとも――。


「面白そうだ。僕も最近、少し肩が凝っていましてね」


 明智は唇の端を吊り上げ、獲物を見つけた猛獣のように、しかし声色はあくまで優雅に言った。


「そのお店、是非紹介してくださいませんか?」


 ***


 夕暮れ時の商店街に、場違いなほどの絶叫が響き渡った。


「ぁ、あ、そこっ……! い、生きる気力が……湧いて……くるぅぅぅ!!」


吐息とともに、艶めかしい声で、患者がうめく。


「はい、出しますよー。上司への殺意、だいぶ溜まってますねー」


「んぎぃぃぃぃぃ!!」


 俺――草薙療の指が、ツボという名の魂のスイッチを押し込んだ瞬間、患者は背中を反らせ、恍惚の表情で天を仰いだ。


「ぁぁああ……っ! ……昇天♥」


 裏声で叫んだのは、くたびれた40代のサラリーマンだ。  ガクン、と脱力するおっさん。  その背中から、どす黒いモヤが霧散し、俺の掌に吸い込まれていく。


(現在MP、36……。病院の維持費を考えれば、まだまだ足りないな)


 俺の店、整体「くさなぎ診療所」。  腕はいいが、俺の愛想の無さが災いし、もともと客足は遠のく一方だった。


 だがある日、常連となった二階堂に愚痴をこぼしたところ、彼女は目を輝かせてこう言ったのだ。


『先生、そのキャラなら店名を変えましょう! インパクト重視です! お客さんが気持ちよくて天に昇るから『昇天』! これ絶対バズりますから!』


 その日から、言われるがまま、半ば強引に屋号を「魔法整体~昇天♥」に変えられた。ちょっとふざけすぎだろ。


 が、半信半疑で看板を変えた結果、悔しいことに店は繁盛し始めている。  編集者の勘というのは恐ろしいものだ。


「……また客がイッてしまったか。変な店じゃ」 「お疲れ様でしたー! お水どうぞー!」


 受付カウンターでナース服姿の有栖が呆れ、エプロン姿のガン子が甲斐甲斐しくウォーターサーバーの水を運んでいる。    カランカラン。


「先生ー! 超VIP連れてきましたよー!」


 ドアベルの音と共に、二階堂がドヤ顔で入ってきた。  その後ろに、純白のスーツを着た長身の男が続いている。


「ご紹介します! 私が取材した若手No.1実業家! 明智社長です!」 「えっ!? あ、あの明智社長!? 本物!?」


 ガン子が目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。  明智はそんな反応に慣れた様子で、爽やかな笑顔を向けた。


「はじめまして。君が噂のゴッドハンドさんですね?」


 明智はこちらに歩み寄り、スッと右手を差し出した。  俺は反射的にその手を握り返した――その瞬間、背筋に冷たいものを感じた。


(……なんだ、この手。体温を感じねぇ)


「…どうぞ、こちらのベッドへ」


 俺は警戒心を隠し、彼を施術台へ促した。  明智はベッドにうつ伏せになる。俺はその背中に手を当て――そして、眉をひそめた。


(……硬いとか、柔らかいとかじゃない。『無い』んだ)


 筋肉の張りも、血流 of 滞りも感じない。  まるで、精巧に作られた人形の背中に触れているようだ。


「……お客さん、だいぶ『重い』ものを背負ってますね。働きすぎじゃないですか?」 「そうですか? 自分では楽しんでいるつもりなんですがね」


 俺は魔力を指先に込め、強引に気の流れをこじ開けようと試みた。  普通の人間なら、これで悲鳴を上げて昇天するはずだ。


 だが。


「……ふむ。なるほど、とても気持ちいいですね」


 明智は、天気の話でもするように平然と言ってのけた。  声色が死んでいる。  俺の施術(魔法)を、無意識レベルで完全に弾いていやがる。


 結局、彼からMPを回収することはできなかった。


 ***


 施術を終えた明智は、満足げに身支度を整えた。


「素晴らしい腕前でした。これはお代と、心ばかりのチップです」


 彼がポンと置いたのは、施術代の十倍近い万札の束だった。  彼は優雅に手を振って、二階堂を連れて店を出て行った。


 俺は残された札束と、その後ろ姿を見送りながら、拭えない胸のざわつきを覚えていた。


 ***


 その夜。  アークライトタワー最上階の執務室に戻った明智は、眼下に広がる東京の夜景を見下ろしていた。


 紳士の仮面が剥がれ落ち、そこには昏い情念の炎が宿っている。


(……間違いない。あのマナの波長……) (見つけたぞ……『蒼炎の大聖女』。こんなところで生きていたというのか……だが、好都合だ)


 明智は口元を歪め、足元の影を波打たせた。


(矮小な妖魔だ。挨拶代わりの『余興』には丁度いいだろう)


 影は意思を持ったように蠢き、窓の隙間から夜の街へと飛び出していった。


「楽しんでくださいよ。……あなたに苦しめられた、僕からの、再会のプレゼントです」


 ***


 その頃。俺は一人、都内の大学病院の個室にいた。  生命維持装置の規則的な電子音だけが響いている。


 ベッドには、一人の少女が眠っていた。  俺の妹――陽菜だ。


「……よう、陽菜。変わりないか?」


 陽菜がこうなったのは、3年前のことだ。  高校入学早々にいじめに遭い、ある日、自室で原因不明の昏睡状態になっているのが発見された。


「…⁉…ひ、陽菜?、ぉ、おい!どうしたっ⁉ 陽菜!陽菜っ!!」


 いくら体をゆすっても、なにも反応がない、俺の妹。  あの時ほどなにもできない自分を呪ったことはない。


 ……やはり、あの出来事があったからだろう。  あの魂を削るような渇望が、結果俺を異世界へと招き、聖女リノアへと転生させた。


 だが、こうして現世に戻り、異世界でカンストした俺の最強の回復魔法をもってしても、陽菜は目覚めなかった。


 ずっとこの病室で、ひとり眠り続ける妹。  医療用帽子を目深にかぶり、呼吸器につながれた姿が痛々しい。


「現代医学では治療方法がありません……」  医師も匙を投げた、もはや完全な植物人間状態の彼女に、近づくものは俺以外にいなかった。


(一体……どうすれば………っ)


 祈るような気持ちで陽菜の手を握っていた時。  かすかに心電図が安定値に戻ったのを俺は見逃さなかった。


(…‼…MPが…あればいいのか??)


 全快するわけではなかった。  ただ、明らかにその好転の兆しを見せた動きを、俺は信じることにした。


 以来、こうして定期的に病室を訪れ、俺の獲得した純粋な魔力(MP)を陽菜に注ぎ込んでいる。  これが俺のこの現世での生活の、最重要ルーチンとなっている。


「……よし。これでまた一週間は持つな」


 今日回収したMPを全て流し込み、俺は大きく息を吐いた。


「待ってろよ、陽菜。必ず俺が、お前を治す方法を見つけてやるからな」


 ***


 店に戻ったのは深夜だった。  ドアを開けると、静まり返った街に似つかわしくない、賑やかな言い争いが漏れ聞こえてきた。


「だから! わらわは腹が減ったと言うておるのじゃ! このままでは看板娘が干からびてしまうぞ!」


「もう、わがまま言わないでください! 夜中にカップラーメンなんて絶対ダメです! ほら、私が作りすぎたヘルシーカレーを食べて落ち着いてください!」


 ナース服を揺らして「ジャンクフード」を要求する有栖と、エプロン姿で「食育」を押し付けるガン子。  そんな、どこまでも平和で噛み合わない応酬を――。


 バチバチッ、バチッ!


 突如、店内のLED照明がショートしたかのように激しく明滅した。  直後、二階堂が言い争っていた足元の影が、まるで生き物のように粘り気を帯びて蠢きだす。  床の隙間から噴き出したのは、どす黒いヘドロのような、形なき悪意の奔流だった。


「な、なんじゃこやつは!? 底なし沼か!?」 「きゃああっ!? 服が、汚れちゃう……っ!」


 それは、アークライトタワーの頂上で明智が解き放った「再会のプレゼント」――純粋な悪意から成る影の妖魔だった。


 不定形の影は、質量を持ったガスのように天井まで膨れ上がり、逃げ惑う有栖たちへと鎌のような腕を振り下ろす。


「草薙さんのお店で……暴れるなああああああーーっ!!」


 恐怖よりも店への愛が勝ったのか、ガン子がエプロンを翻して前に出た。  細い腕からは想像もつかない、ヴォルグの魂が宿る剛腕が唸りを上げる。


 ドゴォォォォォン!!


 凄まじい衝撃波と風圧が狭い店内に吹き荒れた。  影の妖魔を狙ったはずの一撃は、そのまま背後の壁を直撃し、コンクリートを紙細工のように粉砕して盛大な大穴を開けた。


「……あわわわ、ガン子! 店が、また俺の店が……!」 「ち、違うんです先生! 手応えが、手応えが全くなくて……!」


 ガン子が困惑の叫びを上げる通り、彼女の拳は影を虚しくすり抜けていた。  物理攻撃を完全に透過する、実体なき霊的個体。


「下がってろガン子! こいつは物理無効だ!」


 俺は白衣を翻し、蒼いマナを右手に集めながら前に出た。


「物理が効かねぇなら、強引に実体を持たせればいいだけだ! 有栖、その『人間エアコン』の出力を最大まで上げろ! ヤツを芯まで固めろ!」


「わらわを道具のように指図するな! ……だが、店が潰れてはプリンもラーメンも食えぬ! やってやるわ! 『氷結牢フリーズ・ジェイル』!」


 有栖が掌をかざすと、絶対零度の冷気が影の足元から一気に噴き上がった。  ドロドロと蠢いていたヘドロが、パキパキと音を立てて結晶化していく。  一瞬にして、巨大な悪意は無防備な氷像へと変貌した。


「ガン子! 今だ、砕け!」


「はいっ! これなら……当たります! うぉぉぉぉ! 『粉砕撃ブレイク・インパクト』ォォォ!」


 凍りつき、物理的干渉が可能となった標的へ、ヴォルグの怪力が炸裂する。


 パリィィィィィィン!!


 ダイアモンドダストのように美しい輝きと共に、影の氷像は無数の破片となって四散した。


「仕上げだ! 逃がさねぇよ。――『聖炎ホーリー・フレア』!」


 俺は舞い散る氷片に向け、浄化の蒼炎を放った。  青白い業火が空中で破片を包み込み、悪意の残り香さえも残さず、黒い霧として完全に虚空へ蒸発させた。


 静寂が戻る。  夜風が、ガン子が開けた壁の大穴からヒューヒューと虚しく吹き込んでいた。


「……ふぅ。即席にしちゃ、悪くない連携だったな」 「すごいです……! 私のパンチがちゃんと効いて、なんだか感動しました!」 「ふん、まあまあの手際じゃったな。わらわの魔力に感謝するがよい」


 そこへ、肩を激しく上下させ、息を切らせた二階堂が店の外から飛び込んできた。


 一度は明智を見送った彼女だったが、別れ際に彼が草薙へ向けた、あの「獲物を定めるような冷徹な視線」がどうしても頭から離れなかったのだ。  スクープを逃さない編集者としての本能が、「このまま帰っては一生後悔する」と警鐘を鳴らし、彼女をこの場所へ引きずり戻したのである。


 だが、店内に踏み込んだ彼女を待っていたのは、壁に開いた巨大な穴と、立ち昇る黒い霧、そして戦い終えたばかりの三人の姿だった。


「先生! 何かあったんですか! ……って、ええぇぇ!? なんですかこの大穴は!?」


 二階堂は絶句した。しかし、次の瞬間にはその瞳がキラリと光った。  物理攻撃、魔法、そして浄化。それぞれの欠点を補い合う、目の前の完璧な布陣をプロの視点が捉えたのだ。


「……これだわ。先生! これなら、これならいけます!」 「あ? 何がだよ。今は修理代の心配をしてくれ」


「いいえ! この三人の連携なら、どんな妖魔もイチコロです! つまり、これまでの何倍もの効率で妖魔を狩って、MPをガッポガッポ回収できるってことです!」


 二階堂は興奮を隠しきれず、強引に三人の手を取って一つに重ねた。


「決まりですね! 今日から私たちは『チーム魔法整体』です! それに……今日お連れした明智社長なんですけど、彼の周りで起きている不思議な現象も、なんだか気になるんです。私が情報収集してサポートします。みんなでジャンジャン稼いで、壁の修理費やなにもかも、全部解決しましょう!」


お?おぅ…? その勢いに押され、なし崩し的に重なる手と手。  こうして、奇妙な4人の共同戦線が結成された。


 壁の修理費という新たな出費と、明智という見えざる脅威を抱えて。


【現在MP:16】 (一般客+30、妹へ送念-20、戦闘消費-10、前回繰越6=16)


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