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第5話【追憶】黄金の勇者と星降る夜の誓い。――「遅いぞ、バカものが」



 アークライトタワーを遠くに望む、古びた歩道橋の上。  俺は缶コーヒーを片手に、眼下に広がる夕暮れの街を眺めていた。


「……協力プレイ、か。悪くない感覚だったな」


 先日の商店街を襲った「肩こりパンデミック」事件。  あの時、有栖が放った氷魔法のタイミングは完璧だった。


 借金のカタに雇った生意気な魔族だが、背中を預ける感覚は久しぶりだった。  そんな余韻のせいだろうか。


 ふと、かつての「最強の盾」の顔が見たくなり、俺はここまで足を伸ばしていた。  視線の先には、「ひまわり幼稚園」の園庭がある。


 そこに、見慣れた保育士――岩鉄ガン子の姿があった。


「あぁぁぁ! またやってしまったぁぁ!」


 ガン子の悲痛な叫び声が、ここまで聞こえてくる。  見れば、彼女の手には無惨に引きちぎられた折り紙の残骸があった。


 どうやら園児に折り方を教えようとして、力加減を間違えたらしい。


 彼女は、ヴォルグとしての魂とカンストした怪力を引き継いではいるが、その外見はごく普通の、むしろスタイルの良い女性だ。  だからこそ、その華奢な見た目と破壊的な怪力のギャップが凄まじい。


 泣きべそをかく園児に、ガン子も一緒になってオロオロと涙目になっている。  童謡の一つも満足に歌えず、日本の遊戯にも馴染めない。


「……あいつ、またやってるな」


 俺はため息をつき、苦いコーヒーを喉に流し込む。  俺は、元々この世界の人間が向こうへ行き、帰還した「リターナー」だ。  だから現代日本の常識もあれば、適応もできる。


 だが、ガンヴォルグは違う。  あいつは魂ごとこっちの世界に来てしまった、根っからの「異世界人ネイティブ」だ。


(ぁ。そういえば、他のパーティーメンバーたちは、どっちだったんだろう。…って今となっては知る由もないが。)


 もしガン子と同じネイティブなら、この科学と平和ボケした現代日本は、未知のダンジョンよりもたちが悪いハードモードだろう。


「不器用なのは当たり前か。……向こうじゃ最強の戦士が、折り紙一枚に苦戦してるんだからな」


 夕日に染まるガン子の丸まった背中を見ていると、俺の脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックした。  魔法と剣、そして血と鉄の匂いが充満する、あの異世界の日々が。


 ***


 当時、俺は4人パーティーの、僧侶系の能力者として転生していた。  しかも俺の性別は女性になっていた。


 パーティーの構成は、勇者、戦士、魔法使い、そして僧侶のこの俺。  たくさんの冒険の日々を共に戦い、絆を深め合った。  実際に魔王も倒したしな。


 どんな攻撃もその身で受け止める、鉄壁の守護神――『紅蓮ぐれんの狂戦士』ヴォルグ。  老獪な知識と予測不能な魔法で戦場を支配する――『紫電しでんの大魔導師』ゼノス。  そして、聖なる炎で傷を癒やし、邪悪を焼く――『蒼炎そうえんの大聖女』リノア。それが俺だ。


 だが、俺たちが最強たり得た最大の理由は、やはりリーダーの存在にある。


 記憶の中の戦場で、黄金の閃光が走る。  巨大なドラゴンの首が、一撃のもとに宙を舞った。  風が吹き抜け、返り血一つ浴びていないその剣士のフードが外れる。


 露わになったのは、夕日を浴びて輝く美しい金髪だった。


「金閃の勇者」


 あの異世界における、稀代のその英雄は、振り返り、屈託のない笑顔を俺に向けた。


「やったね、リノア♥」


 ――最強の勇者、ソラ。  そう、あの英雄は、『女』だった。


 女勇者、というのは珍しい世界だな、と最初は俺も思った。  ただ、俺が子供の頃から遊んだRPGでは、俺はあえていつも主人公の自分は性別を「女」にして遊んでいた。


 凛として、運命を切り開くその姿に憧れがあったのだ。  だから俺はすんなり、パーティーのリーダーが女勇者だったことに、はじめから乗り気だったし、そもそも彼女……ソラは、天性の勇者だった。


 ……もっとも、そんな「最強パーティー」の冒険旅は、なかなかカオスなものだったが。


 たとえば、ある激戦の最中。  視界を埋め尽くす上位悪魔の軍勢に対し、俺たちは互いの背中を預けていた。


「そっちにいきましたぞ! リノア殿!」


 ヴォルグが巨大な戦斧を振り回し、三体の悪魔を一度に薙ぎ払う。  その隙間を縫うように、影から這い出た暗殺者が俺の首筋を狙う。


「……んっ!! 浄化の……っ!(やばい、間に合わない!?)」


 詠唱の刹那、背筋に冷たい刃の気配が走る。  死を覚悟した――その瞬間。


 キィィィィン!!  ガコーーーンッ!!


 鼓膜を震わせる高い音と共に、紫の雷光が俺の眼前の空間を爆砕した。  暗殺者は塵も残さず瞬殺される。


「戦闘中に気を抜くでない! 遅いぞ、バカもの!」


 杖を掲げたゼノスが、涼しい顔で追撃の魔法を放つ。  だが、安堵したのも束の間。


 さらに背後の「死角」から、地面を割って巨大な妖魔が俺とゼノスをまとめて飲み込もうと跳ね上がった。


(しまっ――!?)


 ピキーーーン……!


 空気が凍りつくような、黄金の一閃。  それは雷よりも速く、光よりも鋭く、跳ね上がった妖魔の巨体を左右に真っ二つに両断した。


 噴き出す魔力の霧の向こう側に、剣を振り抜いた姿勢のまま、こちらを振り返る背中。


「だいじょうぶだよ! 心配しないで」


 ソラが、黄金の剣を翻して不敵に微笑む。


「私がみんなを守るから♪!」


 そのまばゆい姿に、俺たちは何度救われ、何度仲間への想いを募らせたことか。


 ***


 戦闘が終わり、森の中で野営を始めた時のことだ。  俺は疲労困憊で、近くの切り株にドカッと腰を下ろした。


 中身はおっさんの俺だ。  気が緩むとつい、ここが異世界で、今の自分の身体がスカートを履いた女性であることを忘れてしまう。


 開放感を求めて無造作に脚を広げ、あぐらをかこうとした――その瞬間。


 ごすっ!


「いったぁ!? なにしやがるじいさん!」


 乾いた音が響き、俺は脳天を押さえてうずくまった。  犯人は、魔法使いのゼノスだ。


 あの偏屈じいさんが、持っていた杖で俺の頭を引っぱたきやがったのだ。


「リノア!! お前は聖職者じゃぞ! しかも聖女じゃ! なのにその、股を広げて座るとは何事か!」 「だ、誰も見てねーし……! コホン、あ、あら、誰も見てませんわよ……?」


 転生して間もない頃、まだ男言葉が抜けきらず、いそいで取り繕う俺に、ゼノスは畳みかける。


「ワシが見ておるわ! 聖女としての慎みを忘れるな、慎みを!」


 ゼノスはなぜか顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、まるで自分のことのように慌てて俺のスカートの裾を直してくる。


 ……なんだこのじいさん。俺のオカンかよ。  なんで俺の脚が開くのを見て、お前がそんなに恥ずかしがってるんだ?


「それに……見ろ、あのバカを!」


 ゼノスが呆れ果てたように指差した先には、ヴォルグがいた。  あの大男は、俺がスカートを広げようとした一瞬の隙を見てしまったのか、直立不動のまま硬直していた。


「んはぁっ! リ、リノア殿……な、なんと無防備な……刺激が強すぎる……」 「…………」


 ツー、と鼻血を垂らして倒れる『紅蓮の狂戦士』。  俺は頭を押さえながら、遠い目をした。


 前言撤回。最強どころか、問題児の集まりだったかもしれん。


   ◇


 賑やかな冒険旅。  今思い出せば、想像以上に笑いあっていた時間のほうが多かったかもしれない。


 それでも。  俺たちが「最強」だったことに、嘘はない。


 ある静かな夜のことだ。  満天の星空の下、パチパチと爆ぜる焚き火を囲んで、俺たちは休息をとっていた。


 ヴォルグが骨付き肉にかぶりつき、ゼノスがパイプから紫煙を吐いた横で、ソラがふと口を開いた。


「……私ね、本当に運がいいと思うんだ」


 ソラは体育座りをして、揺れる炎を見つめていた。  その金髪が、炎の色を受けて柔らかく輝いている。


「みんながいてくれるから。どんな攻撃がきても絶対防いでくれるヴォルグ、いつも私の斜め上をいく魔法で活路を開いてくれるゼノス……」


 そしてソラは、隣に座っていた俺の方を向き、真っ直ぐな瞳を向けた。


「そして、どんなに無茶しても、絶対すぐに回復してくれる、っていう安心感をくれるリノア……」


 ソラの瞳が、星空のように潤んで揺れた。


「わたし、あなたたちとパーティーを組めて、ほんと幸せだとおもってるの…」 「みんな…だいすき、だよ♥…」


 その言葉に、その場が一瞬静まり返る。


 ヴォルグは照れ隠しに肉を食いちぎり、ゼノスは何も言わず、優しく微笑んでパイプをくゆらせた。


 俺は――。  心臓が、うるさいほどに鳴っていた。


 憧れの「金閃の勇者」からの、全幅の信頼。  それは俺にとって、どんな勲章よりも価値のある言葉だった。


 中身が男である俺は、その想いを悟られないよう、「完璧な聖女」の仮面を被って答える。


「もう……ソラったら。急に何を言い出すかと思えば」


 意識したのは、慈愛に満ちた、聡明で優しい声色。  俺は聖女として微笑み、そっと彼女の手を握り返した。


「私たちの方こそ、貴女に救われているのですよ? ソラ」


 そう言って、彼女の顔を覗き込んだ、その時だった。  カクン、と肩に重みを感じた。


「……ぁなたが…、だぁぃすき…だょ…」


 言い終わるかどうかのタイミングで、ソラはもう寝息を立てていた。  俺の肩に顔をうずめ、無防備に体重を預けてくる。


「……ふふ、寝るのが早すぎますよ、勇者様」


 俺は苦笑し、そのサラサラとした金髪をそっと撫でた。


 ずっと、この時間が続けばいい。  この星空の下で、バカな仲間たちと笑い合う日々が、永遠に――。


 ◇


「……ふぅ」


 冷たくなった空き缶を握りつぶし、俺は現世の夜風に意識を戻した。  幼稚園の灯りも消えかけ、辺りはすっかり夜の帳が下りている。


「さて、行くか」


 俺は手すりから身体を離し、歩き出した。  向かう先は、ひまわり幼稚園のフェンス際だ。


「ほっとけねぇよな。なんたって、あっちの世界じゃ何度も俺の命を守ってくれた、俺たちパーティーの『最強の盾』だったんだから」


 不器用で、この世界に馴染めずに泣いているかつての戦友。  ならば、この世界、現世側のネイティブであるリターナーが、手を貸してやるのが筋ってもんだろう。


 歩きながら、俺はふと夜空を見上げた。


「ゼノスのじいさんと、ソラ。……あの二人は、今どこにいるんだろうな」


 懐かしさと、少しの切なさを吐き出すと、落ち込むガン子に声をかけるべく、足を速めた。


「よう。すでに頭が昇天してるぞ、手伝ってやるよ、先生」


現在のMP:6 (いつもの有栖への贈与と、あのあと、やっぱりガン子のやつすでに体に妖魔をため込んでたので浄化に使用した)

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