第4話【結成】OL街「肩こりパンデミック」…氷と炎でちょうど整った件
「コレはどうじゃ? ……ほれ、おっさん。わらわのテクは……気持ちよいか?」
梅雨明けの蒸し暑い午後。 修理されたばかりの業務用エアコンが唸りを上げる店内で、なんとも扇情的な、上から目線の少女の声が響いた。
「おおぉ……そこ……そこそこ!…わかってるね嬢ちゃん…っつあっ!…気持ちええわぁ……」
…
施術台の上で、ぎっくり腰のサラリーマンが恍惚の声を漏らしている。 その患部には、ナース服姿の有栖が小さな手をかざしていた。
「……『絶対零度』の手前、マイナス2度で固定」
彼女の掌から、目に見えないほどの繊細な冷気が放出されている。 それは患部の熱を奪い、急性の炎症をピンポイントで鎮めていた。
「よし、アイシング完了だ。あとは俺が骨盤を調整する」 「うむ。……ふぁぁ、疲れた」
「てか、誤解を招くから、氷属性魔法のことを『テク』って言うなよ。…ったくどこで覚えたんだか…」
草薙の注意にも耳を貸さず、有栖はあくびを噛み殺しながら、待合室のソファへと戻っていった。
◇
数十分後。 患者を見送った俺は、冷蔵庫から「極プリン」を取り出した。
「ほらよ、報酬だ」 「む! 気が利くではないか! 苦しゅうない!」
有栖は尻尾を振らんばかりの勢いでスプーンを構えた。
「助かったよ。急性の炎症にはアイシングが一番だが、いちいち氷のうを作る手間が省けた」 「ふん、魔王の娘であるわらわの高等魔法を『シップ』扱いするとはな。……まあ、このプリンに免じて許してやろう」
パクつきながらドヤ顔をする有栖。 俺は苦笑しながら、内心で評価を改めていた。
(……意外とコイツ、繊細な魔力制御ができるんだな。ただの穀潰しだと思っていたが、使える)
エアコン兼・シップ係。 ようやく「粗大ごみ」から「便利な備品」くらいには昇格させてやってもいいかもしれない。
そんな平和な評価査定をしていた、その時だった。
バンッ!!
「く、草薙さぁぁん!! 助けてくださぁぁい!!」
勢いよくドアが開き、ボサボサ髪の女性が転がり込んできた。 見覚えのあるスーツ姿。編集者の二階堂だ。
「どうした二階堂。また締め切りに追われて幻覚が見えたか?」 「違いますぅ! 現実ですぅ! ウチの編集部が……全滅したんです!」
二階堂は涙目で訴える。 その肩は、まるで岩石を埋め込んだように盛り上がっていた。
「私も、もう肩が上がらなくて原稿が書けないんです……! パソコンのキーボードが、重力10倍になったみたいで……!」 「落ち着け。ただの肩こりじゃなさそうだな」
俺は白衣を羽織り直すと、有栖に目配せした。
「おい、バイトの時間だ。プリンの分は働けよ」 「むぐっ!? ……ちっ、人使いの荒い家主じゃ」
◇
二階堂に連れられ、俺たちがやってきたのは、彼女の勤める出版社があるビジネス街だった。
「……ひどいな、こりゃ」
街の惨状に、俺は絶句した。 ランチタイムだというのに、街ゆくOLやサラリーマンたちの足取りはゾンビのように重い。 全員が肩や首を押さえ、うつろな目でアスファルトを見つめている。
「……臭うな」
有栖がクンクンと鼻を鳴らし、不快そうに顔をしかめた。
「これは微小な妖魔……『ダスト・シェイド(塵の悪魔)』の群れじゃ」 「妖魔だと? こんな真昼間のオフィス街にか?」 「ああ。そもそもこの国はマナが枯渇しておるが、この場所は特に異常じゃ」
有栖は、ビルの隙間から見える、ひときわ巨大な建造物を指差した。
「あの、どこか禍々(まがまが)しい気配を放つビル……あやつが、周囲のマナを『根こそぎ』吸い尽くしておる。そのせいでこの一帯は完全な『マナの真空地帯』となり、逆に澱み(マイナスのエネルギー)が溜まりやすくなっているんじゃ」
言われてみれば、確かにそのビルの方角から、肌を刺すような威圧感を感じる。
「……ああ、最近このあたりの都市開発で完成した、話題の超高層タワービルですよ」
二階堂が痛む肩をさすりながら補足した。
「なんかちょっと前にもニュースで見たな……。ああ、あれがそのビルか?」 「なるほどな。川の水が干上がって、ボウフラが湧いたってわけか」
俺は舌打ちした。
「原因が仮にあのタワービルだとして、こっちの世界じゃ単なる一般市民モブな俺たちじゃ、手出しできそーにねーな……」
だが、目の前の患者は見捨てられない。
「……草薙さん、なんとかなりませんか? このままだと、今月号が落ちます……!」 (まぁそれくらいならよくね?) と内心思いつつも、涙目の二階堂を無視するわけにもいかない。
「わかってる。だが、数が多すぎる」
俺は視界を埋め尽くす、霊視によって視覚化した、砂粒のような妖魔の群れを睨んだ。 一匹ずつ『聖女の炎』で焼いていたら、日が暮れるどころか俺のMPが尽きる。
「それに、今のこやつらは妖魔の影響で高熱を持っておる。そこに貴様のアツアツの炎を注げば、人間ごと焼き殺すことになるぞ」 「……チッ。確かに俺の魔力は『熱すぎる』のが欠点だ」
俺は自分の掌を見つめた。
◇
かつて、異世界の戦場で――。 俺は「普通の聖女」ではなかった。
普通のヒーラー系僧侶・聖職者は『光・水・風』のいずれかを宿すのが常理だ。 だが、俺だけは違った。
異世界の歴史上でもただ一人、 『火炎』の属性を宿した僧侶系・異能者だった。
『浄化!! ……そして、燃え尽きなさい!!』
最前線で杖を振るい、青い炎を撒き散らす。 それは味方の傷を癒やすと同時に、群がるアンデッドを瞬時に灰へと変えた。
最強の癒やし手でありながら、敵を焼き尽くす殲滅火力も併せ持つ。 その青い炎から、いつしか俺は『蒼炎の大聖女』と畏怖されるようになったのだ。
◇
(広範囲に散らばった雑魚を、人間を傷つけずに一掃するには……冷却しながら焼くしかない)
俺の視線が、不満そうにビルを見上げている有栖に止まる。
「……おい、魔王娘」 「なんじゃ?」 「お前のその『シップ』魔法、もっと出力は出せるか?」 「は? 愚問じゃな。この街ごと凍らせることも可能じゃぞ」 「よし。……共同作業といこうか」
俺はニヤリと笑った。
◇
オフィスの広場に、二階堂を含む重症患者たちを集めた。 俺と有栖は、彼らを取り囲むように立つ。
「いいか有栖。俺が『炎』で妖魔を焼く。お前は同時に『氷』で患部の熱を奪い、人間を俺の炎から守れ」 「は? 貴様と呼吸を合わせろと? ……生意気な。わらわの演算能力についてこれるか?」 「ここは信じてやる、いいからやってみろ」
俺は右手を、有栖は左手を掲げる。
「いくぞ……!」 「ふん、仕方ないのう」
俺の手から「青い炎(聖なる熱)」が、 有栖の手から「白い冷気(魔の氷)」が同時に放たれた。
相反する属性の魔力が空中で衝突する。 だが、それは爆発せず、互いの性質を打ち消し合いながら混ざり合い――
キラキラと輝く「聖なる霧」となって、広場全体を包み込んだ。
「ギャアアア!!」 「ギギギ……ッ!!」
ミストに触れた『ダスト・シェイド』たちは、聖なる熱に焼かれ、断末魔を上げて消滅していく。 だが、その熱は人間に届く前に、有栖の氷によって適温に冷却されていた。
「おおお……!?」
二階堂が目を見開く。
「あ、熱いのに……冷たい!? 芯からほぐれるのに、痛みだけが引いていくぅぅ!!」
血管を拡張させる「炎」と、収縮させる「氷」。 その高速ポンプ作用が、凝り固まった筋肉から老廃物と邪気を強制的に排出させる。 まさに究極の『魔法温冷交代浴』だ。
淀みが消え、血流が一気に巡った瞬間、二階堂の口から恍惚の声が漏れた。
「あ、ああん……そう、コレこれ…、んぁ!♡ 昇天……♥」
彼女だけではない。広場にいたサラリーマンもOLも、全員が白目を剥いてその場にへたり込んだ。 それは、地獄のようなダルさから開放された、至福の瞬間だった。
◇
夕暮れ時。 すっかり元気になった二階堂に見送られ、俺たちは帰路についていた。
「体が軽い! これなら原稿、3倍速で書けます! ありがとう草薙さん、アリスちゃん!」
二階堂は興奮して、アリスをスマホで連写していた。 「それに! このナース服の着こなし……やっぱり最高……尊い……!」 と呟きながら。どうやらオタクとしての活力も完全に戻ったらしい。
「くふふ……! 苦しゅうない! もっと崇めるがよい!」
有栖の両手は、戦利品で埋もれそうになっていた。 オフィス街のOLたちから貢がれた、高級プリンやデパ地下スイーツの山だ。 俺たちの合体魔法で一斉に昇天した彼女たちが、涙ながらに渡してきた感謝の印である。
俺は夕焼けに染まる件のビルを見上げた。 妖魔は消えたが、あのビルがある限り、また同じことが起きるだろう。 だが、今は――。
「……悪くなかったぞ。タイミングも出力も完璧だった」 「ふん。わらわにかかれば造作もない。……まあ、貴様の『無駄に熱い魔力』も、使いようによっては悪くないがな」
有栖はそっぽを向きながらも、その口元は少し緩んでいた。 二人の間に、初めて「飼い主とペット」ではなく「対等の相棒」としての空気が流れる。
「あ、そういえば今回の働きに免じて、報酬のMPはわらわの分じゃからな」 「調子に乗るな。プリン代引いとくぞ」
俺は軽く有栖の角を小突いた。 その指の痛みさえも、今日はどこか心地よかった。
【現在MP:20】 (集団治療と有栖との連携成功で微増)




