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第3話【再会】元・『紅蓮の狂戦士』は、恋心とカンストパワーを制御できない

第3話 【再会】元・『紅蓮の狂戦士』は、恋心とカンストパワーを制御できない


梅雨の晴れ間、湿ったアスファルトの匂いが店内に流れ込んでくる。

客足は相変わらず途絶えたままだ。


「客が来ぬ。この店は結界でも張られておるのか?」


ナース服の裾をパタパタさせながら、有栖ありすが不満げに頬を膨らませた。


「……いや、今日くらいには、そろそろ『あいつ』が来る頃だ」


俺はそう予言すると、カウンターの下からドライバーと予備のネジを取り出し、手元に置いた。


「あいつ? 予約客か?」


「客というか……腐れ縁の友人だ。俺がこの世界に来て、偶然再会できた唯一の『元・同業者』だよ」


その時だった。


草薙くさなぎさーん、こんにちはぁ……あっ」


バキッ。


女性の優しげな声と共に、乾いた破壊音が響いた。

ドアが開くのと同時に、金属製のドアノブがポロリと床に転がる。


ドアの隙間から、申し訳無さそうに顔を覗かせたのは、ライオン柄のエプロンを着けた、Fカップの癒し系美女――岩鉄がんてつガン子だった。


「ご、ごめんなさい! 今日こそは『そっと』回したつもりだったのに……また壊しちゃいました……うぅ……」


ボロボロと涙を流す彼女を見ながら、俺は小さくため息をついた。


(……まったく、相変わらずの馬鹿力だ)


俺が異世界の『蒼炎の大聖女』の魔力を宿したまま、この世界の男・草薙療になったように。

こいつ――かつての『紅蓮の狂戦士ヴォルグ』もまた、性別を超えてこの現世(日本)に転移してきたわけだが……。

どうやら、あの異世界でカンストしたとてつもない『物理攻撃力ステータス』まで、この華奢な女性の体にまるごと引き継いじまったらしい。


「いいよ、どうせ消耗品だ。……仕事帰りか、ガン子」


「はい……今日は園庭で少しハッスルしすぎてしまって……腰が……」


ガン子は涙を拭うと、遠慮がちに店内に入ってきた。

その瞬間、カウンターの奥で有栖がビクリと震えた。


「ひぃっ!?」


「ん? どうした有栖」


「(……なんじゃ、この女。見た目はただの人間じゃが、魂の底に『阿修羅』が棲んでおる……)」


有栖の顔色が青ざめる。

彼女の『霊視』には、見えてしまったらしい。


          ◇


かつて、異世界の荒野で――

無数の魔族を相手に、聖女である俺を守るために仁王立ちしていた、あの大男の姿が。


『皆さん、下がってくださいませ! わたくしが浄化いたします!』


聖女リオナの叫びをかき消すように、敵の凶刃が迫ったその瞬間。

ヴォルグは俺の制止を無視し、その身を挺して割り込んだのだ。


『我が命に代えても! リオナ殿には指一本触れさせんんん!!』


全身に矢を受け、血まみれになりながらも、奴は俺を振り返り、豪快に笑ってみせた。


『ガハハ……魔王を倒すその日まで、貴方の盾になるのが拙者の誇りですから』


その揺るぎない武人の魂が、今の華奢なガン子の中にも息づいている。


          ◇


「(まさか、こやつ……魔王軍幹部ですら恐れたあの『紅蓮の狂戦士』か!? なぜこんな所に!?)」


有栖はガタガタと震え、音もなくカウンターの裏へと隠れた。


そんな有栖の恐怖など露知らず、ガン子は施術台にちょこんと座っていた。

俺がお茶を出すと、彼女は顔を赤らめて湯呑を受け取った。


「すみません、草薙さんに入れていただくなんて……(ああん、リオナ様の手作りお茶……♡)」


「気にするな。で、今日はどこが痛むんだ?」


俺が問うと、ガン子はシュンと肩を落とした。


「実は……園庭の鉄棒で、園児にかっこいいところを見せようと『大車輪』をしたら、遠心力で鉄棒の支柱ごと引っこ抜いてしまいまして……」


「それは大車輪じゃなくて『破壊工作』だ」


コンクリートの基礎ごと引っこ抜いたのか。

修理費が給料から天引きされないか心配だ。


「私、ダメですね。この平和な日本で、草薙さんと普通の女の子として過ごしたいのに……どうしても力が制御できなくて」


ガン子は湯呑を見つめながら、独り言のように呟いた。


(昔は身分違いで諦めていたけど……今なら……ただの『ガン子』と『草薙さん』なら、この想い、育ててもいいよね……?)


彼女の横顔が、ほんのりと桜色に染まり、モジモジと指先を合わせている。

俺はそれを見て(また備品を壊したことを気に病んでいるのか……)と解釈し、努めて明るく振る舞うことにした。


「……ガチガチだな。こりゃ酷い」


俺は彼女の背後に回り、その背中に触れた。

指先から伝わってくるのは、単なる筋肉の張りではない。どす黒く、重たい『澱み』だ。


「(……なるほど。ただの肉体疲労じゃないな)」


彼女の職場は幼稚園。

純粋な子供たちが集まる場所だが、同時に、親たちの不安や社会のストレス、あるいは子供特有の無邪気なエネルギーが渦巻く場所でもある。

ガン子の過剰なまでの「守護本能」が、それらの負の感情を『妖魔ストレス』として吸い寄せ、彼女自身の体内に蓄積させてしまっているのだ。


これは、普通の整体マッサージでは絶対に取れない。

俺の魔法でなければ。


「……ま、そんなに心配するな、事情もわかってる、俺もいるだろ」


俺はあえて優しい声をかけた。

力を抜け、という意味で言ったのだが、ガン子の肩がビクンと跳ねた。


「! ……は、はい……!」


「ここには魔王もいないし、お前が命を削って守らなきゃいけない危機もない。少しは休め」


俺は指先に魔力を込めた。


「『聖女の安らぎ(鎮静魔法)』……注入」


ドクンッ。

魔法が浸透した瞬間、ガン子の脳裏にフラッシュバックが起きた。

かつて戦場で背中を預けていた記憶と、今の俺の温かい手が重なり合う。


「(ああ……温かい……。この手が、ずっと好きだった……)」


張り詰めていた筋肉の鎧とともに、魂にこびりついた黒い澱みが、雪解けのように浄化されていく。

ガン子の意識は、心地よい光の中へと溶けていった。


(ああん……♡ 好き……です……草薙さん…リオナ……さまぁ……(小声)……Zzz)


白目を剥き、幸せそうな顔で気絶(昇天)するガン子。


「ん? 何か言ったか?」


「(……完全に『メス』の顔をしておったぞ。こやつ……)」


隠れていたカウンターから顔を出した有栖が、呆れたようにジト目で見ていた。


          ◇


数十分後。

すっかり憑き物が落ちたような顔で、ガン子は立ち上がった。


「ふぅ……! ありがとうございます! 体が軽い……これで明日も、園児たちを優しく抱っこできます!」


「ああ。……まあ、壊しても直せばいいさ。気をつけて帰れよ」


「はい! じゃあ、また来週来ますね! 今度はドアノブ壊さないようにしますから!」


ガン子は笑顔で手を振り、ドアノブのないドアを器用に閉めて帰っていった。

嵐のような女だ。


「……おい草薙。あの女、お前のことが好きなのではないか?」


有栖がカウンターから這い出し、ニヤニヤしながら聞いてきた。


「は? 何言ってんだ。アイツとは戦場で背中を預け合った『戦友マブダチ』だよ。色恋沙汰なんてあるわけないだろ。なんといってもあの、狂戦士・ヴォルグだぞ?」


「(……とんだ朴念仁じゃな。まあ、現世の色恋沙汰などわらわには関係ないが)」


「それに、アイツは俺にとって、この世界で唯一、過去も今も全てをさらけ出せる『大親友』だ。……大事にしたいんだよ」


俺は外れたドアノブを拾い上げながら、静かに呟いた。

その言葉に嘘はない。

俺とあいつの間にあるのは、性別や世界を超えた、鋼のような信頼関係だけだ。


……たぶん。


【現在MP:15】(親友からの深い感謝により回復)


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