第21話【執着】漆黒の剣に込められた屈辱。かつての「光」が闇に堕ちた、知られざる嫉妬の記録
数ある作品の中から目に留めていただき、ありがとうございます。
本作は今回完結いたします。 お待たせいたしました!
異世界から帰ってきた最強の聖女(34歳・男)が、現代の澱みを指先ひとつで「再起動」していく物語。 最後まで、皆様を最高の法悦(昇天)へとお連れすることを約束します。
アークライトタワー最上階、地上数百メートルの高空に位置するその「聖域」には、不気味なほどの静寂と、凍てつくような殺気が渦巻いていた。
ガラス張りの壁の向こうには、宝石を散りばめたような東京の夜景が広がっているが、この空間だけは夜の闇よりもなお深い、漆黒のマナに塗りつぶされている。 草薙と有栖の二人は、その中心に君臨する暗黒の勇者――明智に今まさに挑む!
「はぁぁぁぁッ!!」
静寂を切り裂く咆哮と共に、草薙が踏み込む。 両手に宿った蒼炎が爆ぜ、大気を焼き焦がす熱波が明智を襲う。
呼応するように、有栖が細い指先をかざした。
「逃さぬぞ……『永久凍土の氷礫』ッ!!」
極低温の氷塊が、鋭利な弾丸となって四方八方から明智へと殺到する。 炎と氷の波状攻撃。回避する隙間などどこにもないはずだった。
だが、明智はその場から一歩も動かない。
シュン、と。
ただ一筋の「影」が走った。 明智が手にした漆黒の長剣が、まるで最初からそこにあったかのように最小限の円弧を描く。
たった一閃。 それだけで、草薙の炎は掻き消え、有栖の氷塊は粉々に砕け散り、霧となって夜風に溶けた。
「……おぬし! なにをモタモタしておるのじゃ!」
有栖がすぐさま次の氷の礫を生成しながら、隣に立つ草薙に鋭い視線を向けた。
「なんじゃさっきからその攻撃は! なにを遠慮しておる? まるで何かに怯えておるような、へっぴり腰の魔法ばかり出しおって! それではこの男の髪の毛一本すら焼けぬぞッ!!」
有栖の叱咤が、草薙の胸の奥を鋭く突き刺す。 わかっている。そんなことは、自分自身が一番よくわかっている。
だが、草薙の肉体は、自分の意志とは無関係に小刻みに震えていた。 明智が剣を振るう際のかすかな衣擦れの音。重心の移動。切っ先が描く、美しくも残酷な円弧。
そして、次にどこを狙ってくるか、音を聞くだけで剣筋さえ脳裏に浮かんでしまうほどの、異常なまでの既視感。
(どうして……まるで……お前の太刀筋は、こんなに……!)
それは、かつて草薙が最も近くで見つめ、その威力を隣で体感し続けてきたものだ。 抜剣の速度、踏み込みの深さ。音を聞くだけで「次の一手」が手に取るようにわかる。
それはかつて、世界を救うために命を預け、憧れを抱き続けた女勇者ソラの剣舞そのものだった。
現世にて鍛え上げられた草薙の戦いの本能は、その「憧れの残像」を拒絶できない。 その絶対的な信頼の記憶が、今、最大の呪いとなって草薙を縛り付けていた。
「フフ、流石はバディですね。魔王の娘さんは、貴方の内面の揺らぎをよく見ていらっしゃる」
明智が、漆黒の刃の陰で顔を隠すようにして、冷酷な悦びに満ちた笑みを浮かべる。
「その表情…。どうやら。…やっと気づきましたか。……遅すぎですよ、大聖女様」
否定しようのない事実が、草薙の脳内で炸裂した。 その瞬間、かつて共に戦い、そして共に失った「あの日」の記憶が、鮮烈な色彩を伴って蘇る。
◇
異世界の最終決戦。魔王城の玉座の間。 魔王の圧倒的な暴力の前に、勇者パーティは瓦解しかけていた。
三人は持てる全ての力を振り絞り、それぞれの最大奥義を繰り出した。 魔王は苦悶の表情を浮かべ膝をついた。だが、あと……その最後の一歩が届かない。
視界が明滅し、死の予感が漂う中。女勇者ソラ(わたし)は、泥を舐めるような姿勢のまま見ていた。 ボロボロになり、瀕死のはずのリノアが、静かに立ち上がるのを。
リノアが、体内の全魔力を無理やり生命エネルギーへと変換し、禁忌の奥義を起動する。 『フェニックス・レゾルーション』。
地に伏したワタシは、そのまばゆいばかりの輝きを、底知れぬ屈辱の中で見上げていた。 自分が「勇者」として立ち、自分が世界を救うはずだった。 なのに、守るべき存在だと思っていた「大聖女様」が、自分の想像も及ばない高みに立っている。
『もう、終わりにしましょう……あなたのすべて受け取ります……! だから……喰らいぃ!やがりなさぁぁい!』
昇天の輝きを纏ったリノアは、そのまま魔王の懐へ肉薄し、大炎のもとに『魔王薙ぎ』を叩き込んだ。
わたしの目に映ったのは、ただ美しく「主役」の座に君臨し、守られる側のはずであった大聖女が、「真実の英雄」として世界を塗り替えていく、神々しすぎる背中の光景だけだった。
世界を救ったのは、自分ではなかった。自分を差し置いて、全てをさらっていった大聖女だった。 そのあまりに純粋で、あまりに正しい救済の光景が、ソラの心を黒く、深く、腐らせていった。
◇
凱旋後、世界は平和に包まれた。 英雄としての仮面を被り続ける日々は、彼女の精神をじわじわと摩耗させていった。
「……世界は平和になった。……わたしたちは、やり遂げたの。……ねえ、これで満足でしょう? わたし…」
震える指先で鏡の表面に触れる。 鏡に映る自分は、確かに人々の憧れる「女勇者ソラ」の姿をしている。だが、その瞳には光がない。
「……でも、違う。……あの日、魔王の前に立っていたのはわたしじゃない。……わたしの聖剣は、あの障壁に届かなかった。……みんなを救ったのは、リノアの炎だった」
鏡の中の虚像が、歪んだ笑みを浮かべたように見えた。
「……わたシは、彼女の光に照らされていただけの、無力な人形。……本当のわタシって、誰なの? ……ねえ、そこにいるのは、誰?」
自分を助けたリノアへの感謝は、いつしか「自分を無能だと証明した女」への憎悪へと反転した。 そして、ソラは鏡の深淵を見つめ、禁忌の問いを口にしてしまった。
「……ワタシは…あなたは、いったい、誰なの……?」
その瞬間、世界がぐにゃりと反転した。 ◇
『鏡』……それは。 「光」を「反射」する物質、である。
それはつまり「鏡は光を通さない」という絶対的な自然界の摂理を意味する。
◇
女勇者ソラの光としての正しさ。まさに「勇者」の彼女が持つその純粋な「光属性」は、悲しくも当然の物理法則に則り、現世へと転生する道筋である「鏡」に今、拒絶された。
鏡の表面で激しくはじかれ、行き場を失った光は徐々に霧散していく。 しかし、光を失った魂に残された「暗黒の執着」――嫉妬、劣等感、承認への飢え――だけは、鏡の奥底へ吸い込まれていく。
代わりに真っ黒な嫉妬の泥が彼女の魂を包囲し、塗りつぶし、再構成していく。 鏡の深淵を抜けた先で、彼女は「暗黒の勇者・明智」という男の姿へ作り替えられていた。
◇
「……さっき通ってきた、『自己承認の迷宮空間』でずっと鳴り響いていた、あの憎悪に満ちた声……。お前だったんだな、ソラ」
草薙の声が、絶望と、それを凌駕するほどの激しい怒りに震える。
「転生するには二つのルールがある。わかるかい? 一つ目は性別が変わること。二つ目は、自分が強く抱いている想いが憑依した姿になることだ」
「……!……それがどうした!?」
「君が妹を、人を救いたいという気持ちが強かったから、ヒーラー系の女性、つまり聖女になったように。ね」
明智は薄ら笑いを湛えて続ける。
「ある無骨な男は子供に好かれたいと思ったから、幼稚園の女の保育士になったのかもしれない。……学校でいじめられ、不思議な力でもあったなら……と願った愚かな少女は、老齢の大魔導師になったかもしれないね……おっと」
明智の視線が、有栖へと向けられる。
「異世界出身、魔族出身、しかも魔王の体の一部から生成されたよくわからないお人形には、このルールは適用されないんだっけか?」
「黙れ! 妾こそは、偉大な魔王であり母でもある存在から無上の生と愛を受け継ぎ、今ここに立っておる! おぬしのような空っぽの化け物とは格が違うわッ!!」
有栖が激昂し、全身から氷の魔力を爆発させる。
「……つまり、お前は……お前自身は何なんだよッ!?」
明智は漆黒の剣を鞘に納めるような動作で見せつけ、吐き捨てるように答えた。
「僕はもっともっと、みんなから褒められたいんだ。女勇者だった頃、腕力でどうしてもヴォルグに勝てなかったのが悔しくて、男ならよかった、と願ったこともあった。
だからこっちの世界の今の僕は、僕の100%理想の姿だよ。他人の手助けなんていらない。僕一人で全てを完結させ、今度こそ世界中の称賛を独占する。これこそが、僕の求めた真実だっ!」
あらゆる感情の渦に巻き込まれながらも、草薙は一歩、強く地を踏みしめて叫んだ。
「どこまでもくだらない奴だな、お前は!!」
「魔族にはイカレたやつは多いが、こんなバカすぎてふざけたヤツはおらんわ! おい、気にするな! こんな男、わらわとおぬしで粉砕してやるわい!」
「ああ、そうだな、有栖……! 悪い、目が覚めたよ」
草薙の両拳に、浄化の蒼炎が激流となって荒れ狂う。 有栖の周囲には、絶対零度の氷刃が無数に浮遊し、空間そのものを凍りつかせる。
「お前のその捻じ曲がった背骨……俺たちが今から、根元から矯正してやるッ!!」
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