第2話【急募】看板娘(魔王)、借金返済のために働かせたら「人間エアコン」として有能すぎた件
翌朝。 梅雨時のジメジメした空気が漂う中、俺――草薙療は、電卓を叩く乾いた音を聞きながら頭を抱えていた。
「イタリア製のアンティーク鏡、ローン残高28万円。内装の修理費、15万円。その他、精神的慰謝料および近隣への迷惑料……〆て、約50万円」
俺は弾き出された数字を突きつけ、目の前でふんぞり返っている少女を睨みつけた。
「……で、どうするんだこれ」 「知らぬ」
少女――自称・魔王の娘は、豪奢なゴスロリドレス姿で腕を組み、フンと鼻を鳴らした。
「ぁあ? 弁償しろ、だぁ? ……はっ、何を言うかと思えば。そもそもこっちの世界のお金なるものなど、このわらわが持っているワケがなかろう?」
その態度は、あまりにも堂々としていた。 まるで「金を持っていないことが王族の証」であるかのようなドヤ顔だ。
「(イラッ……)」
俺のこめかみに青筋が浮かぶ。 昨夜、俺の店を氷漬けにし、大切な鏡を破壊した張本人。 行くあてがないと言うから一晩置いてやったが、このままタダ飯ぐらいを飼っておく余裕は、俺の財布にもMP(精神力)にもない。
「……そうか。金がないなら仕方ない」 「うむ。分かればよいのじゃ。では朝食を――」 「体で払ってもらう」 「な、なに!?」
少女がガタッと椅子を蹴って立ち上がり、胸元を押さえて後ずさる。
「き、貴様、まさか……魔王の娘であるこのわらわに、薄い本のような破廉恥な真似をさせる気か!?」 「させるかボケ。……働けと言ってるんだ」
俺は必殺・聖なるデコピンを食らわし、「んぎゃ!」とのけぞるコイツにハタキと雑巾を投げつけた。
「今日からお前はウチの従業員だ。住み込みで働いて、借金を返してもらう」 「なっ……下働きじゃと!? わらわが!?」 「嫌なら出ていけ。その代わり、お前の存在を維持するための『MP供給』も打ち切るがな」
俺の言葉に、少女の顔が引きつった。 これは今朝わかったことだが、どうやらこの魔族の娘も、俺と同じく、この現世ではMPが自然回復しないようだった。
異世界にいた頃は、俺も時間が経ち、寝さえすれば回復していたMPだが、マナの枯渇した今の日本ではそうはいかない。
「お前がこの世界で存在を維持するには俺のMPが必要なんだ。嫌なら野垂れ死ぬか?」 「ぐぬぬ……! 聖女のくせに、わらわを脅すとは……!」
有栖は顔を真っ赤にして怒るが、俺からMPの供給を断たれる恐怖には勝てないらしい。少女は悔しそうに唇を噛んだが、やがて引ったくるようにハタキを掴んだ。
「お、覚えておれ! わらわをコキ使ったこと、魔界の同胞が知ったらタダでは済まぬからな!」
◇
結論から言えば、魔王の娘は無能だった。 ……悲しかった。
「ほら、そこもっと腰入れて拭け」 「ええい、うるさい! ……あっ」
バタン! ガシャーン! 彼女がハタキを振るうたびに、フリフリの袖が棚に引っかかり、備品が床に散らばる。
「……お前、その服なんとかならないのか」 「仕方なかろう! こちらの世界の服など持っておらぬ!」
さらに、お茶出しを試しにさせてみたら……これだ。
「熱ッ!?」 「やかましい! 茶とは熱いものじゃろ!」 「限度があるだろ! こんな熱湯飲めるか!」 「ええい、猫舌の軟弱者め。ならばわらわが適温にしてやる。ほーれほれ、氷属性の魔法でおぬしらの世界のかき氷とやらは無限でつくれるぞ。これしきの温度調整、造作もないわ!」
カキンッ! 彼女が指先から冷気を放った瞬間、湯呑の中身はおろか、湯呑そのものがカチコチに凍りついた。
「……あ」 「お客様に出す茶を鈍器にしてどうする!」 「ええい、この世界の物質が脆すぎるのが悪いのじゃ!」
逆ギレする自称魔王娘。 ちなみに、この程度の魔法なら彼女にとっては「息をする」ようなもので、MP消費は誤差レベルらしい。
昨夜の「次元転移」のような大技を使わない限り、日常生活を送る分にはガス欠にはならないようだ。……性格的な欠陥を除けばだが。
俺が頭を抱えていると、カランコロン、とドアベルが鳴った。
「先生ー! 来ちゃいました! 取材&施術のおかりお願いしまーす!」
元気よく入ってきたのは、昨夜の患者、編集者の二階堂だ。 今日はビシッとしたパンツスーツ姿に大きなボストンバッグを抱えている。 そして、店内で暴れるゴスロリ少女を見つけるなり、彼女は眼鏡を光らせて固まった。
「あ……」 「む? 貴様は昨夜の……」
マズい。一般人に「魔王の娘が住み着いている」なんて知られたら、通報案件だ。 俺はとっさに前に出た。
「あー、二階堂さん。これはその、完成度の高いコスプ――」 「隠さなくていいです!」
二階堂が、俺の言葉を食い気味に遮った。
「昨日の魔法も見ましたし! これあれですよね、『逆異世界転移』モノですよね!? しかも『不遇職(整体師)』に『押しかけヒロイン』! 解釈一致ですありがとうございます!!」 「……はい?」 「私、こう見えてもラノベも漫画も守備範囲なんで! いやー、まさかリアルで拝めるとは……尊い……!」
二階堂は少女の手をガシッと握り、「貢がせて……」と拝み始めた。 少女は一瞬引いていたが、すぐにフンと胸を張った。
「うむ。くるしゅうないぞ。人間にしては話が分かる奴じゃ」 「……(チョロいなこいつ)」
どうやら二階堂は、この異常事態を「物語の型」として受け入れ、楽しむことに決めたらしい。 そして二階堂は、少女のゴスロリ衣装をジロジロと観察すると、キリッとした表情(編集者モード)で言った。
「先生。彼女のそのビジュ、最高ですが労働には不向きです」 「ええ、まあ」 「そこで! 私の大人としての責任を感じましたので、今日は彼女のために『作業着』を準備してきました!」
二階堂はドン、とボストンバッグをカウンターに置いた。 「はぃ、たぶんこんなこともあろうかと」
……嘘だ。 「こんなこともあろうかと」の使い方が雑すぎる。
俺の『霊視』には見える。そのバッグから溢れ出る、「私の趣味」という名の欲望が。 彼女の心の声が聞こえるようだ。 (……自宅のクローゼットで眠っていた、私の青春……『黒歴史(コスプレ衣装)』コレクション! 今の私のナイスバディじゃもう着られないけど、この子なら絶対似合うはず……!)
「さあ、こっちへ! 着替えましょう!」 「な、なんじゃ!? どこへ連れて行く!?」
◇
数分後。 カーテンの奥から、着替えを済ませた少女が出てきた。 ここからは、二階堂プロデューサーによる独壇場だった。
「まずはこれ! チャイナドレス(青・ミニ丈)!」
シャララン、と効果音が鳴りそうな勢いでカーテンが開く。 鮮やかな青い生地が、白い肌に映える。大胆なスリットからは、健康的な太ももが覗いていた。
「ぬぐぐ……なんじゃこの破廉恥な布切れは! スースーするではないか!」 「はい可愛いー!! そのスリットから覗く絶対領域! 謝謝!」
二階堂さんがスマホで連写する。 少女は顔を赤らめながらも、褒められて悪い気はしていないようだ。
「……そ、そうか? わらわは何を着ても美しいからな」 「その通りです! もっと蔑むような目で見てください!」 「こうか?(ドヤ)」 「ご褒美です!!」
「次はこれ! クラシック・メイド服!」
バッ! 今度はロングスカートの清楚なメイド姿だ。
「はい最高ー!! 王道! 従順さと高貴さのハイブリッド!」 「ふん、悪くない。ひれ伏すがよい!」 「お仕えしたい! いや、お仕えされたい!」
次々と着せ替え人形にされる元魔王の娘。 「似合います!」「うむ!」「尊い!」「苦しゅうない!」と、2人のテンションは完全にシンクロしていた。 俺は遠い目でそれを見つめながら呟く。
「……お前ら、ウチを何屋にする気だ」
そして、最終的に選ばれたのは――
「……これはどうじゃ? なんだか落ち着く色味じゃが」
彼女が着ていたのは、パステルブルーのナース服だった。 ただし、普通の白衣ではない。ワンピース型で、少しレトロな可愛らしさがあるデザインだ。
「あざとい……! 清潔感と『お世話されたい欲』の暴力……!」
二階堂が悶絶している。 俺はため息をつきつつ、頷いた。
「……ぅん。まぁ、それならいいか。ウチは整体院だしな」 「ですよね! 先生なら分かってくれると思いました!」
こうして、ウチの看板娘(?)の制服はナース服に決定した。 二階堂は満足げに頷くと、ふと真面目な顔に戻った。
「あ、でも先生。働かせるならコンプラ的に、ちゃんと『契約書』は交わした方がいいですよ。あとで揉めますから」 「ん? 魔族相手に? ……んっと、んまぁ……そうか。確かに」
俺はカウンターから履歴書用紙を取り出した。 少女が警戒したように後ずさる。
「な、なんじゃその紙は?」 「……フッ。これはな、『雇用契約書』という名の、この世界における強力な束縛魔法だ」 「なっ!?」
俺が悪ノリして脅すと、少女の顔が青ざめた。
「そ、束縛魔法……!? 紙に名前を書くだけで魂を縛るという、あの禁断の……!」 「そうだ。一度サインしたら、借金を返すまでこの店からは逃げられない……」 「ひぃぃぃ! お、恐ろしい世界じゃ……!」
ガクガク震える少女。 横で二階堂が「ただの100円ショップの履歴書ですけどね……」という顔で見ているが、あえて無視する。
「ほら、名前を書け」 「う、うむ……わが名は、アリス・フォン・ローゼン・クロイツ……」 「長い」
俺は彼女の言葉を遮った。 「お前のその長いカタカナ名は、この国じゃ浮くからな。俺が漢字を当ててやる」
俺はペンを取り、履歴書の氏名欄にさらさらと文字を書き込んだ。
『 有栖 』
「ここに『有』る、『栖』。居候のお前には丁度いいだろ」 「……有栖、か」
有栖は漢字をまじまじと見つめ、少しだけ口元を緩めた。 まんざらでもないらしい。単純な奴だ。 (お前は昭和のヤンキーか) 俺は心の中で軽くツッコんだ。
「……で、年齢は?」 「年齢? わらわはこの世に生を受け、すでに2000年じゃ! 父上からもそう教わっておる!」
「(2000年……? 魔王の奴、自分の娘にどんなデタラメ吹き込んでやがったんだ。魔界の歴史なんてせいぜい数十年だろうに……)」
草薙は心の中で毒づきながらも、あえて指摘せずにペンを走らせる。 「……ぁーはぃはぃ。盛りすぎだ。この国じゃ浮くから、20歳ってことにしとくぞ」
「年齢のサバよみもそこまでくるとすがすがしいですね」 「な、なにを勝手な……ぅ……!」
有栖が急に自分の腕をさすり、おののいた表情になった。
「こ、これが契約の術か……! 確かに、おぬしの術に魂が絡め取られるのを体が感じるぞ……!」 「(……サインもまだしてないのに、どんだけ暗示にかかりやすいんだコイツは)」
二階堂が苦笑いする中、俺は無理やり契約を完了させた。 これで今日から、こいつは正式にウチの看板娘だ。
◇
しかし、問題はすぐに起きた。 昨日の有栖の氷魔法の影響か、店のエアコンが完全に沈黙したのだ。 折しも外は梅雨の晴れ間。気温と湿度が急上昇し、店内は蒸し風呂状態になっていた。
「あつぅ……。……ちょっと、限界ですね」
二階堂が、たまらずスーツの上着を脱ぐ。 さらに「失礼します……」と言って、白いブラウスの胸元のボタンを2つほど外した。 汗ばんだ鎖骨が露わになり、眼鏡のレンズが少し曇っているのが妙に艶めかしい。
「ぉっと、いかんいかん」
俺は思わず目を逸らし、心の中で頭を振った。 (こういう「突然のラッキースケベ」的な定番展開、今の時代はコンプラ的に色々とめんどくさいからな……。なんとかせねば)
それにこのまま室温が上がれば、客足に響くのは間違いない。 俺はすでに床でだらけているナース姿の有栖を見下ろした。
「おい、有栖」 「なんじゃ。暑いぞ」 「働け。お前の魔力を有効活用する」 「は?」
数分後。 整体院の部屋の中央には、奇妙な光景があった。
「……なんで魔王の娘であるこのわらわが、こんな恥ずかしいポーズをせねばならぬのじゃ」
有栖は、両手を天井に向かって高く突き上げていた。 まるで元気玉を集めるかのようなポーズだが、その手のひらからは、コンコンと冷たい魔力の風が噴き出している。
上昇した熱気を天井付近で冷却し、部屋全体に対流させる――まさに「人間・天井カセット型エアコン」だ。
「文句言うな。手、下がってるぞ」 「ぬぐぐ……腕が疲れる……!」
ふてくされた顔で冷気を放ち続ける有栖。 その横で、二階堂がパタパタと手で顔を仰ぎながら、恍惚とした表情を浮かべている。
「涼しぃ~! ナースで魔王系美少女で、しかも冷房機能付き……! 属性過多で尊いです……!」 「やめろ、甘やかすとつけあがる」
こうして、借金返済初日は、有栖が人間クーラーとして酷使されることで幕を閉じた。
◇
営業終了後。 クタクタになった有栖に、俺はペンダントからMPを分け与えた。 これが彼女の給料であり、現世に存在するための生命線だ。
「……ふぅ。生き返った心地じゃ」
有栖はMPを吸い込むと、ふと真面目な顔をして夜空を見上げた。
「……それにしても、変じゃな」 「何がだ?」 「この国じゃ。マナが『無い』のではない。『流れていない』気がする」 「流れていない?」 「うむ。微かだが、大気中にマナの粒子はある。だが、それが循環せず、どこか1点に向かって吸い込まれているような……まるで巨大なダムで、川を堰き止めているような不自然さを感じるのじゃ」
有栖の言葉に、俺は眉をひそめた。 マナを堰き止めるダム。 もしそんなものがあるとしたら、それは誰が、何のために――?
俺は首を振り、残りのMPを確認した。 アイツへの送金日まで、あと6日。 こんなところで立ち止まっている暇はない。
【現在MP:10】 (二階堂からの感謝により微増したが、有栖への供給により消費)




