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第19話【聖域】ガチオタ編集者の「推しへの妄想」が世界を救う!? 精神汚染を撥ね退ける究極の愛の力

タワー内部。  


そこは明智の歪んだ承認欲求が物理法則を捻じ曲げ、侵入者の精神を直接蝕む「自己顕示の迷宮」と化していた。    


壁面に埋め込まれた無数の鏡は、通りがかる者の深層心理に潜む「もっと認められたい」「自分は不当に扱われている」という飢餓感を暴き立て、それをマナとして吸い上げる精神の濾過装置だ。


 鏡の奥から漏れ出す淡い光は、見る者の脳の報酬系を強引にハックし、甘美な毒となって魂を汚染していく。


「……う、うう……。わらわの……妾の『可愛さ』が……世界中に……届いておらんのは……おかしい……じゃろ……?」


 草薙の背中で、有栖がうわ言のように呟く。  魔王の娘としての誇りさえも、タワーが発する「認められたい」という強制的なエゴに分解されようとしていた。


 草薙自身も、寿命を削って捻り出した1PのMPを奪い去ろうとする吸引圧と、脳内に直接流れ込んでくる濁った「欲望」に、膝が折れそうになる。


 不意に、草薙の脳を直接揺らすような囁きが、鋭い針のように突き刺さった。


『ねえ、リノア。君も本当は、あの凱旋式で私より前に出たかったんだろう?』 『なんで私が、あんなに命を懸けて魔王を倒したのに……誰も私の名前を呼んでくれないんだろう……って、心のどこかで思っているんだろう?』


「……っ、黙れ……!」


 草薙は激しく首を振る。  だが、その声は草薙が自分自身でさえ気づかないふりをしていた、心の奥底にある針先ほどの澱みを、正確に、そして親密に抉ってくる。


 あの日、王都を埋め尽くした数万の民衆。  その視線が自分を通り過ぎ、隣の勇者へ注がれた時の、ほんのわずかな「寒さ」。  それを増幅され、魂を泥で塗り潰されるような不快感が全身を駆け巡った。


「先生、下がって。……ここは、オタクの主戦場ドメインです」


 立ち上がったのは、二階堂だった。  彼女は汗ばんだ手で愛用のノートPCを開き、虚空に無数のホログラム・コードを展開する。


 明智がタワーを通じて放つ精神汚染の波動が、二階堂の脳内へ直接、甘い「誘惑」を流し込む。


『お前は優秀な編集者だ。世の中はお前をただの裏方として扱っている。本当はお前こそが、この世界の物語を綴り、全人類からの称賛を浴びる主役になるべきではないのか……?』


 だが、二階堂は鼻から鮮血を一筋垂らし、法悦に満ちた表情を浮かべながら、その誘惑を一蹴した。


「……はぁ? 主役? 世界からの称賛? ……笑わせないで。私が求めているのは、そんな不特定多数からの安い評価じゃない。私が欲しいのは…私が、私だけが知っている……先生の、あの指先の温度だけなのよ!」


 二階堂の脳内では今、強烈な「ガチ恋妄想」が絶対的なファイアウォールとして展開されていた。


 薄暗い施術室。自分を熱い眼差しで見つめる草薙。 『二階堂……。……今日は、いつもより身体が熱いな。どこが刺さる? 俺が全部、解きほぐしてやるからな』


 他者からの承認という外部ノイズを、狂気的なまでの「推しへのエゴ」で塗り潰す。  転生者ではない二階堂だけが持ち得た、現代最強の精神防御。


 二階堂は鼻血を拭うことすら忘れ、恍惚と悶えながらキーボードを高速で叩き、タワーの制御中枢へと侵攻した。


   ◇


 二階堂がシステムの深層部、マナ吸引のコア・シーケンスに指をかけたその時、タワー全体が激しく鳴動した。  強烈な精神汚染の奔流が、一気に草薙へと向けられる。


『称賛されるべきは自分なのに……っていうのが、本当の君の本心だろ?』 『称賛されるべきは自分なのに……。聖女リノアこそが真の救世主。世界は君の足元に跪くべきなんだ……』


「……っ、ぐ……ああ……っ!!」


 草薙は激しい頭痛に耐えながら、自分の頭を抱え込んだ。  だが――激しく乱れる意識の底で、草薙はある「記憶」を想起した。


 二階堂が「先生の技術を『オカルトだ』って叩く層がいて……」とタブレットを差し出してきた時のことだ。


『悔しい? ……なぜだ。俺が提供しているのは結果であって、言葉じゃない。俺の技術で腰が治った奴がいれば、それで俺の勝ちだ。見ず知らずの他人が何を言おうと、俺の仕事の質が変わるわけじゃないだろ』


 あの時、事も無げに言ってのけた自分の言葉。  そうだ。俺は元から、他人の称賛も、罵倒も、自分の存在価値を決める材料に選んだことは一度もなかったはずだ。


「……ちょっと待て……。……じゃぁこれも……この感情の視点って……オレじゃないよな……?」


 草薙は確信した。  今、脳内でリフレインしている「称賛されるべきは自分なのに」という独善的な囁き。  これは、この声を吐き出している主自身の「価値観」を、俺に無理やり上書きしようとしているだけだ。


「これは……俺じゃない。……誰だ? 誰が俺を、こんな……身勝手な色で塗ろうとしているんだ……」


 草薙はソラという英雄を信じている。  だが、今、脳裏に響くこのどこか傲慢ながら優しい囁きのトーンは、かつての戦友の面影と、決して重なってはならないはずの場所で、不気味に共鳴していた。


   ◇


強制終了シャットダウンッ!!」


 二階堂の叫びと共に、エンターキーが魂を込めて強く叩かれた。  瞬間、タワー全体を揺るがす衝撃音と共に、最上階へと昇っていたマナの奔流が沈静化した。


「や……やりましたよワタシ……セ、先生……私のドメイン……死守……しました」


 二階堂は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。草薙は間一髪で、その華奢な身体を優しく抱き起した。


「二階堂! しっかりしろ!」 「へ、へへ……シブくて格好いい先生に抱きしめられて……なんだかんだで幸せ♥」


 彼女は満足げに、鼻血を垂らしたまま、とろんとした目で笑った。  自分の「推し」に腕の中で介抱されるという、彼女にとって最高の「解釈一致」の状況に浸りながら、静かに意識を遠のかせていく。


「……ああ。お前のおかげだ、二階堂。本当によくやってくれた。……あとは、ゆっくり休んでろ」


 草薙は感謝を伝え、彼女を部屋の隅に静かに横たえた。  転生者ではない彼女が、自らの精神を盾にしてマナの流出を止めてくれた。


 だが、階段を一段上がるごとに、先ほどの「違和感」が鉛のように重くのしかかる。  「称賛されるべきは自分なのに」――そんな、痛いほどに独善的な「解釈」を抱えた主が、この階段の先にいる。


「……ソラ。……お前なら、この声の主を、笑い飛ばしてくれるよな」


 草薙は、かつての戦友への信頼を振り絞るように、震える唇を噛みしめた。


現在のMP残高:1P (※寿命変換によるブースト維持:残り10分)


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