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第18話【魂響】「我が人生に一片の悔いなし!」 ゲートに散る覚悟。保育士(狂戦士)が放った魂の一撃

 時はすこし遡り。


 草薙たちが飛び込んだ後、タワーの巨大なゲートが、重低音を響かせて閉じた。  その瞬間、ガン子の世界から「逃げ道」という言葉が物理的にも精神的にも消滅した。


 背後に守るべき主君と、新たな絆を結んだ仲間を逃がし、彼女は一人で「地獄」の前に立つ。


 目の前に広がるのは、マナの吸引に酔いしれ、理性を失って狂乱する数千の妖魔。  実体化した悪意が波のように押し寄せ、タワーの麓を黒く塗りつぶしていく。


 対するは、ジムのトレーニングウェアに身を包んだ一人の女性。


 ガン子はゆっくりと、首の骨を鳴らした。    激しい魔力の風に、そのボブヘアーが生き物のように躍動する。  剥き出しの肩から背中にかけて、かつての狂戦士ヴォルグを彷彿とさせる鋼の如き筋肉が脈動し、ウェアを内側から引き裂かんばかりに押し上げていた。


 滴る汗が肌を伝い、月光を反射してその肉体美をより鮮烈に、凄絶に際立たせていた。


「……さあ、悪い子たち。お片付けの時間ですよ」


 その口調は、ひまわり幼稚園で園児たちを優しく諭す時のそれと、寸分違わなかった。  だが、その瞳に宿る光は、何万もの敵を灰に変えてきた破壊神のそれであった。


   ◇


 かつての異世界において、ヴォルグは「歩く死神」として恐れられていた。    戦場を蹂躙する圧倒的な力。  巨大な戦斧を振り回し、一振りで戦列を崩壊させる彼の姿は、味方からしても頼もしさを超えた「恐怖」の象徴だった。


 だが、彼が本当に望んでいたのは、破壊ではなく、誰かの隣で笑い合える安らぎだった。


 戦いが終われば、彼は血に汚れた手を洗い、街の広場で遊ぶ子供たちを遠くから見つめていた。  だが、その意に反して、恐ろしく武骨な形相は人々を戦慄させた。


 勇気を出して助けようと差し伸べた手を見て、子供たちは悲鳴を上げて泣き叫び、女性たちは汚物を見るような目をするか、視線すら合わせることすら拒んで逃げ惑う。


「……俺は、誰かを守りたいだけなのだがな」


 戦場での武勲が増えるたび、彼の孤独は深まった。  自分の存在そのものが「恐怖」という名の壁になり、彼は誰にも触れられない孤独の檻に閉じ込められていた。


 そんな彼の人生を根底から変えたのが、聖女リノアとの出会いだった。


「ヴォルグ、貴方の立ち姿はとても綺麗よ。それは、誰かを守るために鍛えられた証だもの」


 誰もが彼の「結果(魔物の死体の山)」を見て震える中、リノアだけが、その武骨な手を真正面から受け止めた。    彼女が、その強面の外見や暴力的にも見える剥き出しの筋肉、ではなく、その裏側に隠された優しさと、戦士として積み上げてきたヴォルグの生き様――すなわち、その「魂」すべてを褒め称えたのだ。


 あの瞬間の救済があったからこそ、ヴォルグはいかなる魔王族との窮地にあっても、パーティーの盾となり、リノアの死地を守る盾となると……そう覚悟を貫けたのだった。


 そのひたすらな想いは、現世への転生において、鏡の向こうに「子供たちの笑顔を守る保育士」という女性の姿を映し出した。


 それは彼が選んだ結果ではなく、彼の魂が求めてきた「愛されたい、愛したい」という切実な願いの具現そのものだった。


   ◇


「アタタタタタタタタタッ!!」


 ガン子の拳が、目にも止まらぬ速さで空気を切り裂いた。    夜空の七星をなぞるような、神速の連撃。  ジムウェアを激しく翻し、短いボブヘアーをなびかせてしなる鞭のように躍動するその姿は、凄惨な戦場に咲く一輪の、かつ、圧倒的な大輪の花のようでもあった。


「岩鉄流奥義……百裂肉体矯正!!」


 一撃一撃が、妖魔の肉体に宿る濁ったマナのツボを正確に撃ち抜く。


「はぁい、一列に並んで~! 喧嘩しちゃダメですよぉ!」


 優しい声とは裏腹に、放たれるのは妖魔を内側から爆裂させる死の衝撃。


「そこ! 順番待ちですよ!(ドゴォォォォン!!)」


 襲いかかる妖魔の首を掴み、地面に叩きつけながら、彼女はかつて貰った聖母のような微笑みを絶やさない。


 ウェアは激しい動きによって弾け、肩から胸元にかけての白磁の肌には、妖魔の爪が刻んだ赤い傷跡が走る。  だが、その流血すらも、彼女の「守護者」としての美しさを引き立てるスパイスでしかなかった。


「私はもう、こわぁい死神なんかじゃない。先生のサポート役で……ひまわり幼稚園の、先生なんですから!」


 魂の奥底から絞り出すような叫びと共に、彼女の全身から紅蓮の闘気が噴き上がった。    最後の一体となった、巨大な肉の塊のような妖魔。  その眉間に、彼女の全マナを込めた拳が深々と突き刺さる。


「ォワッタァァァァァッ!!」


 全方位に向けて凄まじい衝撃波が爆散した。  数千いた妖魔の残滓が、光の粒子となって新宿の夜空へと霧散していく。


 やがて、完全な静寂が訪れた。


 ガン子は震える足でゲートの前まで歩み寄り、最後の一歩で力尽きるように、ゲートの重厚な扉を背にしてドサリッ! と座り込んだ。    四肢の筋肉は限界を超えて痙攣し、心臓は破裂せんばかりに鼓動を打っている。


「先生……リノア殿……。どちらも…ほんとに……お慕いもうしておりました……」


 それは、今生の別れを予感させるような、あまりに静かで深い呟きだった。


 ガン子は最後、魂の最後の一滴を振り絞り、自らの右腕を高く、真っ直ぐに天へと突き上げた。   「ふぅ……私の転生に、一片の悔いなし……です」


 その拳は、崩れゆく妖魔の残滓の中で、誰よりも気高い世紀末の戦士そのものの如き輝きを放っていた。


   ◇


 タワーの階段を駆け上がる草薙の耳に、その静寂が届く。    それまで響いていた地響きのような咆哮と衝撃音が、唐突に、完璧に消えたのだ。


(……っ! ガン子!?)


 草薙の心臓が、最悪の可能性を打ち鳴らす。  あんな静まり方……まさか、相打ちにでもなったのか?  彼女ほどの戦士が、あそこで息絶えたのか?    草薙は激しく唇を噛み切り、溢れる血と共にその名を飲み込んだ。  彼女が命を賭して作ったこの「時間」を一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。


「ガン子……。……っ、行くぞ、二階堂!」


 仲間のバトンが、今、草薙の手に託された。


現在のMP残高:1P (※寿命変換によるブースト維持:残り10分)



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