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第17話【突撃】MPは残り1P、絶体絶命の進撃! 瀕死の相棒を背負い、俺は地獄の門へ足を踏み入れる

 東京は、死んでいた。


 つい数時間前まで、欲望と活気に溢れていたはずの新宿の街は、今や不気味なほどに静まり返っている。    空を貫くアークライトタワー。その白亜の巨塔は、夕闇の中で脈動するように異様な光を放っていた。現在もなお、タワーは周辺一帯のマナを強引に吸い上げ、頂上へと集約し続けている。


 この巨大な「吸引」が、街全体の命の循環を堰き止めていた。  供給を断たれた大気には、行き場を失った澱みだけが重く沈殿し、街を災厄の象徴へと変貌させている。


 路上には、すでに力なく膝をつき、虚ろな目で宙を見つめる人々が溢れていた。生命力マナを吸い尽くされ、魂の抜け殻となったもはやゾンビ化した人々が、街を静かに埋め尽くしている。


 かつて草薙が異世界の戦場で目にした、命の灯が消えかけた冷たい静寂が、新宿を支配していた。


「……ぁ、…ぁぅ……」


 草薙の背中で、有栖が途切れそうな声を漏らす。  彼女の身体は、まるで古い映像のノイズのように激しく点滅し、今にも霧となって消え失せそうだった。


 魔族である彼女にとって、タワーの吸引によってマナが「負圧」にされたこの空間は、肺から空気を無理やり引き抜かれるどころか、自らの存在そのものを外側から強引に引き剥がされるような激痛を伴うものだ。


「しっかりしろ、有栖! 今、俺のMPを流してやる……ッ!」


 草薙は奥歯を噛み締め、震える指でMPを確認する。  そこに浮かんだ数値は、目を疑うような絶望。


【現在のMP残高:1】


 一歩歩くごとに、内臓を直接焼かれているような痛みが走る。  枯渇したMPの代わりに、草薙は自身の「寿命」を魔力へと無理やり変換し、肉体を駆動させていた。


 タワーへ近づくたびに、草薙の視界は白濁し、口の端からは鉄の味がする血が溢れそうになる。  その視線は、昏い殺意を孕んで、今もなお貪欲にマナを啜り続けるタワーの頂上へと向けられた。


 草薙は血を強引に飲み込み、痛みに耐えるように、ぎりりと唇を噛みしめた。


   ◇


 その瞬間、ソラは人目を気にしながら、唇を強く噛みしめた。


 それは、魔王を討伐し、異世界が歓喜に沸いた日のことだ。  王都の広場、まばゆい陽光の下でソラは王の前に跪いていた。


 首にかけられる黄金の勲章。耳を劈くような民衆の喝采。  ソラは「金閃の勇者」として称えられ、完璧な救世主の微笑みを浮かべていたが、その内面は、言葉にしがたい居心地の悪さと、微かな胸騒ぎに支配されていた。


 彼女は観ていたのだ。


 魔王との最終決戦。自身が全奥義を放ち、一指だに動かせぬ状態で地に伏していた時。  傷だらけの身体でなお立ち上がり、魔王に最後の一撃――『魔王薙ぎ』を叩き込み、静かにその死を看取ったリノアの背中を。


(……ああ。結局、最後はリノア……なんだな)


 しかし、真実を知らない人々はもはや無条件といっていいほど「勇者」という肩書に、ありったけの称賛を投げかけていた。  勲章を授ける王も、花束を持って駆け寄る群衆も、すべての国民が、ソラを「世界を救った唯一の光」だと信じて疑わない。


(いまさら言い出せないけど……私じゃ……ないのに……)


 向けられる称賛の言葉が温かければ温かいほど、ソラの心の中に空いた穴は冷たく、深く広がっていった。


 これまでの過酷な旅路で感じていたパーティーメンバーへの感謝は、いつしか、自分を惨めにする存在への逃れようのない嫉妬と執着へと変質していった。


 金閃の勇者ソラ……光の象徴でもある彼女の心の中に、針先のように小さい、真っ黒な点がひとつ生まれた瞬間だった。あの時噛みしめた唇の痛みは、現世へと転生した今もなお、魂の底で脈打つように疼き続けていた。


   ◇


「……ハァ、ハァ……ッ! クソ、ここまでか……!」


 草薙がタワーの巨大なゲート前で膝をつく。  行く手を阻むのは、何百、何千という守護妖魔。タワーが吸引した膨大なマナを潤沢に与えられ、実体化を強められた、悪意の軍勢だ。


 その赤黒い眼光が、弱りきった草薙と、彼を支える二階堂を捉える。


「先生、下がってください!」


 一歩前に出たのは、ガン子だった。  おそらく彼女なりに一生懸命考えたのであろう、ジムのトレーニングウェアをベースにした、動きやすいスポーティーな戦闘服に身を包んでいる。


 剥き出しになった四肢の筋肉は鋼のワイヤーを束ねたように脈動し、滴る汗がウェアを肌に密着させていた。


 ただ、そのさわやかな外見とは裏腹に、彼女の瞳には、かつての狂戦士ヴォルグの闘志と、今を生きる保育士としての揺るぎない覚悟が宿っていた。


「二階堂さんは先生と有栖ちゃんを! ……ここは、私が食い止めます」 「ガン子、お前……無茶だ! この数は……!」 「先生、忘れたんですか?」


 ガン子は振り返らず、ただ拳をぎゅっと握りしめた。


「私は、先生の整体を受けて、カンスト全盛期以上の力を手に入れたんです。……今の私は、世界一、機嫌が悪いですよ?」


 ガン子の背中から立ち上る、紅蓮の闘気。  それはかつて勇者パーティーの盾となり、矛となった最強の狂戦士の輝きだった。


「二階堂,行くぞ! ガン子を信じろ!」 「……っ、はい! ガン子さん、絶対……絶対に後で合流ですよ!」


 二階堂は溢れそうになる涙を堪え、草薙の腕を肩に回してタワーの入り口へと走り出した。


「はぁい、悪い子たち……。お片付けの時間ですよ」


 背後で、空気が爆ぜるような衝撃音が響いた。  草薙は一度も振り返らなかった。


   ◇


 タワー内部。光の届かない螺旋階段を、草薙たちは地獄の底から這い上がるように進み始めた。


 今もなおマナを吸い込み、不気味な駆動音を立てるタワーの胎内。  背後からは、地響きのようなガン子の咆哮と、肉体が爆裂する凄まじい音が響き続けている。


 そして、寿命を削り続ける草薙の胸の中で、陽菜の、ゼノスの声が微かに響いた気がした。


『お兄ちゃん……負けないで……』


 草薙は足を引きずりながら、最上階を目指す。一歩ごとに寿命が削られる感覚。  そんな草薙を支える二階堂の手が、激しく震えていた。


「先生……! あと少し……あと少しです!」 「ああ……。わかっている……」


 その時だった。  ゲートの方から、全ての音をかき消すような、ひときわ大きな衝撃音が響いた。


 そして、それまで下から聞こえていたガン子の咆哮が、ぷつりと途絶えた。


「……ガン子……?」


 草薙の心臓が、嫌な跳ね方をした。  咆哮が消えた静寂は、冷たい死の沈黙のようにも聞こえた。


 草薙は激しい後悔と悲痛に顔を歪めるが、止まることは許されない。  仲間の命を賭したバトンを握りしめ、草薙は暗闇の先へと、ただひたすらに走り続けた。


   ◇


 一方、遥か下のタワーゲート前。    静寂が訪れた戦場には、全ての妖魔を文字通りお片付けし終え、力尽きたようにどさりと座り込んだガン子がいた。


 ジムウェアは汚れ、四肢の筋肉は限界を超えて痙攣している。  だが、彼女は次に動くための活力を蓄えるため、静かに目を閉じた。


「先生……リノア殿……。どっちも…ほんとに……お慕いもうしておりました……。ふぅ……私の転生に、一片の悔いなし……です」


 最後に片腕を高くあげ、草薙たちへエールを送るように静止したその姿。  世紀末の覇者の如き威厳を放つその背中は、崩れゆく妖魔の残滓の中で、ただひたすらに頼もしかった。


現在のMP残高:1P (※寿命変換によるブースト維持:残り10分)残高「1」の進撃。


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