第13話【怪談】夜の学校と、合わせ鏡の禁忌。振り向いてはいけない「鏡の向こう」から何かがやってくる
夏。 それは、怪談の季節である。
クーラーの効いた整体院の待合室で、いつもより少し照明を落とし、二階堂が低い声で語り始めた。
「誰もいない旧校舎の突き当たりにある、大きな姿見の鏡……。それを夜の12時に、手鏡なんかを使って『合わせ鏡』にするとぉ~……」
ゴクリ、とガン子が唾を飲む音が響く。
「鏡の中にいる自分に向かって、『お前は誰だ』って聞いちゃいけないの。もし聞いちゃうと……自分が誰だかわからなくなって、鏡の中に取り込まれちゃうんだって……!!」
「きゃーーーっ!! そんなの無理無理無理ぃぃ!!」
有栖は腕を組み、無理やり平静を装って鼻を鳴らす。
「フン! くだらん! 鏡など、海の時に散々な目に遭ったからもう懲り懲りじゃ。死者が迎えに来るなど、ただのアンデッド召喚ではないか」
強がってはいるが、俺は見逃さなかった。 「会いたい死者」というワードが出た瞬間、有栖の長い耳がピクリと反応したのを。
カランカラン。
その時、ドアベルが鳴り、一人の女性が入ってきた。
「あの……ここは、除霊もしてくれる整体院ですか……?」
現れたのは、ひどくやつれた様子の佐々木さん。 小学校の教師だという彼女は、すがるように身を乗り出した。
「助けてください。夜の学校で……廊下の姿見から『子供の声』がするんです……」
◇
時刻は深夜。 俺たちは、佐々木先生の案内で、問題の小学校へと忍び込んでいた。
旧校舎に入ると、空気がひんやりと重くなった。 廊下の床板がギシギシと鳴る。
「ひぃっ……ここ、さっき聞いた『出る』って噂のトイレですよ……」
奥から三番目の個室だけ、扉が少し開いていた。
「……何か気配がするな」
有栖が前に出た。
「フン、花子の作法ではこうするんじゃろ? ……花子、遊ぼうぞ?」
有栖が三回ノックした、その時。
『……はー……い……』
個室の中から、か細い声が聞こえた。
「ギャアアアアア!! へ、返事したぁぁぁ!!」
ギギギ……と扉が開く。 暗闇の中に立っていたのは――黄色い雨合羽を被せられた、一本のモップだった。
「……誰だよ、こんな紛らわしいイタズラした奴は」
だが俺は、一瞬だけ見てしまった。 モップの影が「笑った」ように揺らめいたのを。
◇
さらに奥へ進むと、突き当たりに大きな姿見があった。 有栖が、ふらりと鏡の前に立った。
「『氷鏡壁』……」
意図的に、合わせ鏡を完成させようとしたその瞬間。
「やめろッ!!」
俺は血相を変えて有栖の腕を掴んだ。
「いいか有栖! ホラー全開の場所で怪談を再現してみろ。自分から『死亡フラグ』を立てに行くな!」
俺のメタ的な説得に、有栖は妙に納得した顔をした。 だが――遅かった。一度生まれた「道」は消えていなかった。
鏡の表面が水面のように波打つ。
『……有栖ちゃん……こっちへおいで……ママですよ……』
鏡の奥から、優しい女性の声が響く。
「……ママ?」
ズルッ。 鏡から伸びた蒼白い腕が有栖の腕を掴み、その小さな体を鏡の中へと引きずり込んだ。
「有栖ーーッ!!」
◇
鏡の中は、上下左右が反転した無限の世界だった。 目の前には、優しそうな女性が微笑んでいる。
「ずっと会いたかったわ。さあ、こっちへ」
有栖はふらふらとその胸に飛び込もうとした。 だが。その手が触れる直前、有栖は横の鏡を見た。
無限に反射する鏡の中に映っていたのは、自分の顔ではなかった。 目も鼻も口のない、のっぺらぼうの何かが立っていた。
「……違う」
有栖は足を止めた。 彼女の脳裏に浮かんだのは、玉座に座る孤独な父――魔王の姿。
「わらわは、魔王の娘。父様が自らの肉体を分裂させて生み出した、孤高の存在じゃ。わらわに『母』などおらぬ!!」
有栖の強烈な魔力が冷気となって吹き荒れ、鏡の世界に亀裂が走る。
◇
現実世界。
「空間ごと『隔離』されてやがる! こじ開けるぞガン子! 『合わせ技』だ!」
俺は右手に強烈なマナを収束させた。
「俺が『聖光』で座標をロックする! その一瞬を狙って叩き割れ!」
「座標固定……了解! 絶対外しませんよぉぉぉ!!」
「聖光!! 座標固定、完了!!」
「うぉぉぉぉ! 怪談粉砕ぃぃぃぃッ!!」
パリィィィィィィン!!
爆音と共に鏡が粉々に砕け散り、ガラスの雨の中、有栖が放り出された。
「……ふん、相変わらず遅いのじゃバカ草薙……」
「……心配させやがって」
「『聖なるデコピン(ホーリー・フリック)』!!」
パチィィィン!! 「あ痛ぁぁぁぁぁ!!」
俺は佐々木先生の背中に手を置き、静かに語りかけた。
「……先生。さっきのトイレのモップ。あれ、あなたの仕業ですね?」
「……あ、会いたかったんです……。あの子に……美咲に……」
雨の日、黄色い雨合羽を着て事故で亡くなった娘。
「この鏡で『合わせ鏡』をすれば、会いたい人に会えるって噂を聞いて……」
俺は彼女の凝り固まった魂を、優しく解きほぐしていく。
「あなたが過去の幻影を追いかけて鏡の中ばかり見ていたら、誰が『今』を生きるんですか。娘さんが見たかったのは、前を向いて笑っているあなたの姿だったはずですよ」
「あぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
◇
帰り道。月明かりの下、俺と有栖は並んでいた。
「……のう、草薙。鏡の中の温もり、少しだけ……悪くなかったぞ」
俺は何も言わず、有栖の頭をガシガシと撫でた。
「……そうかよ。ま、帰ってプリンでも食うか」
「うむ! ……あと、今日は電気を消さずに寝てよいか?」
「……はいはい」
【本日の業務日報:魔法整体】
■対象:学校の姿見(および佐々木先生の未練)
■症状:合わせ鏡による空間断絶・マナの澱み
■施術:聖光による座標固定+物理粉砕(ガン子との連携)
■獲得MP:+300P
■使用MP:-100P
■前回繰越:57,616P 現在のMP残高:57,816P




