第11話【暴走】推しアイドルが闇堕ち絶叫!? 握手会に乱入した「戦士のペイントをした保育士」が大暴れ
数ある作品の中から目に留めていただき、ありがとうございます。
本作は1月30日に【完全完結】いたします。 完結までの全24話、毎日21:00に予約投稿済みですので、安心してお楽しみください。
異世界から帰ってきた最強の聖女(34歳・男)が、現代の澱みを指先ひとつで「再起動」していく物語。 最後まで、皆様を最高の法悦(昇天)へとお連れすることを約束します。
その日の朝、整体院の控え室は異様な空気に包まれていた。
「……ガン子、なんだその顔は」
出勤してきた草薙は、鏡の前で仁王立ちしているガン子を見て絶句した。 普段はナチュラルメイクの彼女が、今日はどういうわけか、目の周りを真っ黒に塗りつぶし、唇には血のような紅を引いている。 メイクというよりは、これから部族間戦争に向かう戦士の「ペイント」に近い。
「ふふふ……これは『勝負メイク』です。今日はこれから、私の生きる糧、宇宙一のアイドル『星野ルル』ちゃんの握手会があるんですから!」
星野ルル。 「嘘はとびきりの愛なんだよ☆」というキャッチコピーと、瞳の中に星のようなハイライトを持つルックスで、世の男性(と一部の女性)を狂わせている。
「私、尊さが限界突破して暴走したら……その時は、先生の魔法で物理的に止めててください! 私、過去に興奮しすぎて会場の柵をねじ切った前科があるんです!」
「猛獣の飼育係か俺は」
◇
会場となるイベントホールは、熱気と湿気と、独特の雄叫びで満ちていた。
「ほう……これが『あいどる』か。この国の宗教行事のようなものか?」
有栖が興味深そうに周囲を見回している。 グッズ売り場には長蛇の列。色とりどりのハッピを着た男たちが、円陣を組んで奇妙な舞を踊っている。
「先生、荷物持ちありがとうございます!」
ガン子はすでに物販を終え、大量の「ルルちゃん応援ペンライト(極太)」を段ボール箱で購入していた。 草薙はその箱を抱えさせられている。
会場の照明が落ち、スポットライトの中に飛び出したのは、フリルの衣装に身を包んだ少女――星野ルルだ。
「みんな~! 愛してるよ~☆」
完璧な笑顔。完璧な所作。 だが、草薙は違和感に気づいた。
「……ん?」
一曲目が始まり、ルルがマイクを口元に運ぶ。 しかし、声が出ない。
さらに目を凝らすと、ルルの首筋に、トゲのついた首輪のような「黒いモヤ」が巻き付いているのが見えた。妖魔だ。
「…⁉…先生! ここにいましたか!」
関係者パスを下げた二階堂が走ってきた。
「ルルちゃん、直前まで楽屋で過呼吸を起こしてて……ここ数日、ネットの誹謗中傷が酷いんです。『嘘つき』『キャラ作りすぎ』って。もう限界で……!」
その時だった。ルルの喉元の「モヤ」が急激に膨張し、会場の巨大スピーカーへと飛び移った。
キィィィィィィィン!!!
無数の拡声器とスマホ画面が集合したような醜悪な怪物――『罵詈雑言妖魔・アンチ・スピーカー』が実体化した。
『ウソツキ……! ブス……! キエロ……!』
妖魔が放ったのは、物理的な破壊力を持つ「罵倒」の音波。 「引退しろ」「整形乙」といった文字が、衝撃波となって観客席を襲う。
「ル、ルルちゃん……!」
最前列にいたガン子も、音波を浴びて膝をつく。 だが。 泣き崩れるルルの姿を見て、ガン子の目つきが変わった。
「……泣かせるなよ」
低く、地を這うような声。 それは保育士のガン子ではない。 かつて異世界で、破壊神として恐れられた『紅蓮の狂戦士』の声だった。
「その子は今……必死に『嘘』を吐いて、戦ってるんだぞ……!!」
ガン子は、持参した段ボール箱をその場にぶちまけた。 100本以上の極太ペンライト。 彼女は、その光の海をかき集めるように両手を広げ、天を仰いで叫んだ。
「先生……いや、リノア殿! いつかのアレを!!」
草薙は、かつてのリノアと同じように、優雅に掌をかざした。 指先から放たれた青白い「聖炎」が、ペンライトの山を包み込んだ。
光景が、重なる。 異世界の鉄屑と、現代のプラスチック片。 ヴォルグの闘志と、ガン子の推しへの愛。
キュイイイイイン……!!
『物質蘇生!!』
カッッッ!!!
ガン子の手には、100本以上のペンライトが融合して生まれた、七色に輝く巨大な「光の戦斧」が握られていた。
「オタ芸流・戦斧術――『推し推し・メテオ・スマッシュ』!!!」
ガン子が跳んだ。 狂戦士の筋力と、リノアの「蘇生」魔力で強化された光の斧が、唸りを上げて空間を切り裂く。
ズドォォォォン!!
妖魔の本体であるスピーカーを真っ二つに叩き割った。 道が開いた。
「先生、道を開けました! お願いします!!」 「ああ、任せろ!」
草薙はステージに駆け上がり、震えるルルの首筋に手を当てる。
「嘘も愛だが、たまには本音も吐き出さないと壊れるぞ! 最後の落とし前、そこは自分でこじ開けろ!」
「魔法整体・『気道確保・絶叫』!!」
ドクンッ!!
ルルの体が大きく跳ねる。 彼女はカッと目を見開き、マイクをひったくると、腹の底から咆哮した。
「うっせぇぇぇぇわ!! アイドルだって人間なんだよぉぉぉ!! テメェーらまとめて脳みそ昇天しろやぁぁ!!」
デスボイス混じりの、魂の絶叫。 強烈な「本音」の波動が、弱りきっていた妖魔を完膚なきまでに消し飛ばした。
……会場中が、凪のように静まり返った。
◇
「おい、そこのゴリラ女!」
吹っ切れたような顔で仁王立ちしたルルが、ガン子を指差した。
「あんたの斧捌き、マジでイカしてたよ! アタシの専属SPになるかい!?」
「ゴ、ゴリラ……? 私、認知された……?」
ブシュッ。大量の鼻血を噴き出し、ガン子はその場に卒倒した。
「幸せすぎて……死にそうですぅぅぅ……(昇天)」
◇
帰り道、草薙はふと夜空を見上げた。 半月が、不気味に赤黒く滲んでいた。
(……また…嫌な赤さだ。異世界の空を思い出すな)
空中ウィンドウを開き、MP残量を確認する。
「……おい、嘘だろ。まさかあんなに持っていかれるとは……」
ペンライトの物質蘇生に、想定以上のポイントを消費していた。
(この赤い月は……決定的な「崩壊」の予兆だ)
「……悪い、俺は先に抜ける。病院へ行ってくる」
草薙は三人を残し、駆け出した。 一刻も早く、妹の顔を見て、この胸騒ぎを鎮めたかった。
【本日の業務日報:魔法整体】
■対象:星野ルル(アイドル)
■症状:心因性失声症およびアンチコメント過敏症
■施術:気道確保・本音開放
■獲得MP:+5,000P
■使用MP:-4,800P
■前回繰越:56,716P 現在のMP残高:56,916P(微増)




