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第10話【誘惑】美肌加工の裏に潜む罠。自撮り界隈の「フィルター迷宮」で、偽りの自分を剥ぎ取ってやる

じりじりと肌を焼くような真夏の太陽。  どこまでも広がる青い海に、入道雲。


 そこは、湘南の喧騒からは少し離れた、ごくありふれた穴場のビーチだ。  平和そのものの光景だ。


 そんなのどかな浜辺の一角で、二階堂の持ち込み企画「海の家・臨時出張整体タラソテラピー」の準備が進んでいた。


 旧型のスクール水着に身を包んだ有栖が、ジト目で虚空を見据えて言い放った。


「……なぁ草薙よ。前回の『温泉回』の次に間髪入れず『水着回』とは、いくらなんでも読者に媚びすぎではないか?」


 パラソルの下で開店準備をしていた二階堂が、慌てて口を挟む。


「そ、それは言わない約束ですよ有栖ちゃん! これは『マーケティング』なんです! 企業案件的にも美味しいシチュエーションなんですから!」


 今日の二階堂は気合が入っている。  身につけているのは、黒のハイレグ・モノキニ。  サイドが大胆にカットされたそのデザインは、大人の色気を計算し尽くした「勝負水着」だ。


「先生、どうですか? 先生のために、一番『映える』やつを選んできたんですよ?」


 二階堂は草薙に向かって、しなやかに背筋を伸ばし、いたずらっぽく微笑んだ。


「……布の面積は計算ミスじゃないのか?(ほとんど紐だぞ)」


 白衣の下に海パンという、やる気のない格好の草薙は呆れ顔だ。  その時、更衣室のカーテンがゆっくりと開いた。


「あのぅ、先生……これ、大丈夫でしょうか……?」


 現れたガン子の姿に、その場の時間が止まった。  身につけているのは、フリルのついた可愛らしい白のビキニだ。


 だが、問題はそのサイズ感だった。  彼女の規格外のダイナマイトボディに対し、布面積が絶望的に足りていない。


 ガン子が恥ずかしそうに身をよじると、豊かな胸の谷間に合わせてビキニの紐が悲鳴を上げ、白い肌に深く食い込む。  歩くたびに重力に従ってたわわに揺れるその果実は、フリルの隙間から今にも弾け飛びそうだ。


 ミチッ、と繊維が限界を迎える音が響く。


「……ガン子、あまり大きく動かないでくれ。弾け飛んだら公然わいせつで営業停止だ」 「ひゃああっ! ご、ごめんなさいぃぃ!」


(ックっ! 悔しいけど、ガン子ちゃんの天然わがままボディには、いくらフィルター盛りした私でも勝てそうにないわね……)


   ◇


 営業を開始して数十分。  潮風に混じって、どこか甘ったるい、安っぽい香料のような匂いが漂い始めた。


 海の方を見ると、薄いピンク色の霧のようなものが、水面を這うように浜辺へと近づいてきている。


「あら? なんだか急に、景色が鮮やかになった気が……」


 霧がビーチに到達した瞬間、世界の色調トーンがガクリと変わった。  空の青は不自然なほど濃く、砂浜の白は発光するほどに明るい。


 まるで、世界全体に「彩度MAX」のフィルターがかかったようだ。  そして、その霧を吸い込んだ客たちに変化が訪れた。


「ねえ、写真撮ろっか」 「うん! フィルターオン!」


 バヂヂッ!!


 嫌な音がして、女性の顔が歪んだ。物理的に。  眼球が内側から膨張し、顔の半分を占めるサイズまで巨大化する。


「アゴ削っちゃお~っと」


 ゴリッ!!  男性が自分の顎を撫でると、切っ先のように鋭利に尖った。


「ひぃっ!? あ、あの人達、顔が……顔が粘土みたいに……!」


 連鎖は止まらない。  今や目デカ・鼻消失・足長加工が施された異形のエイリアンたちが徘徊する、狂気の「映え空間」へと変貌していた。


「……おい二階堂。これはどういうことだ」


「え、えっと……ここは今、SNSで『映えの聖地』って呼ばれてるビーチなんですけど……まさか、現実リアルが加工に侵食されてる……!?」


 波の動きがカクカクし、飛んでいるカモメが空中で静止し、また瞬間移動する。


「……空間処理が追いついていない? 現実リアルのフレームレートが落ちているのか」


 処理落ちしてブロックノイズが走る海面から、巨大な影が飛び出した。


 ボコォォォォォン!!


 現れたのは、全身がキラキラと発光する巨大なサメ――虚飾妖魔『フィルター・シャーク』だ。


『カワイクナ~レ! ゲンジツナンテ、イラナ~イ!』


 サメの口から、ピンク色の怪光線――『盛り盛りビーム』が放たれた。


「きゃああっ!?」


 逃げ遅れた二階堂が光線を浴びる。 「ふが! ふがふが!(口が小さすぎて喋れないわ!)」


「に、二階堂さんっ! よくも!」


 ガン子が激昂し、突進した。  必殺の一撃を放とうと大きく振りかぶった瞬間、遠心力でビキニの小さな布地が限界を超え、危険な領域までズレた。


 白い果実の先端が、フリルの隙間からこんにちはしそうになる。


「で、出ちゃいます! ポロリしちゃいますぅ!」


 ガン子は慌てて両手で胸を押さえ、その場にうずくまった。  かつて最強を誇った『狂戦士』が、布面積の不足によって無力化された瞬間である。


「戦えません……! これ以上暴れたら、私の尊厳が死んでしまいますぅ……!」


「……ガン子はさすがに今日は戦力外だな」


 草薙が冷ややかな視線を送る中、今度は小さな影が前に飛び出した。


「ええい、鬱陶しい奴じゃ! わらわが海ごと凍らせてくれる!」


 有栖だ。  彼女が海面を蹴って跳躍すると、濡れたスク水が肌にぴたりと張り付く。  二人と比べれば幼いながらも、完成されたそのボディラインが太陽の下で露わになる。


「『氷槍アイス・ランス』!」


 指先から氷の槍を放つ。  だが、サメのエフェクトに触れた瞬間、氷の槍は「可愛いうさぎのスタンプ」に変換され、ポヨンと弾かれてしまった。


『暴力ハンタイ! キラキラ、フワフワ、ピース!』


「チッ……物理も魔法も、『可愛く』変換されて無効化されるか。空間そのものを『盛って』やがる」


 草薙は白衣を翻し、海に向かって走った。


「有栖! 海水を凍らせて、サメの前に巨大な『鏡』を作れ! ありのままを反射させろ!」


「む? それは出会った当初、おぬしが二度とするなと厳命したアレではないか?」


「今は緊急事態だ! 今回だけ許可する!」


「ふん、特別じゃぞ! 『氷鏡壁クリスタル・ミラー』!!」


 海面からズズズ……と巨大な氷の板がせり上がった。


『ナニ、コレ? カワイイ、フォトスポット?』


 サメは警戒心もなく、鏡に近づいていく。  その隙に、草薙は鏡の裏側へと回り込んでいた。


「お前らが一番恐れているものを見せてやる。……魔法整体・『真実のインカメラ』!!」


 バヂヂヂッ!!


 魔力が鏡の反射率を極限まで「リアル」に変質させる。  補正ゼロ。ライティングなし。広角レンズ特有の歪み。


 鏡に映し出されたのは、キラキラした可愛いサメではなかった。


『……ギョ?』


 そこに映っていたのは――  カメラの切り替えミスで起動してしまったインカメラに映る、「下アングルからの二重顎で、死んだ目をしている自分」の映像だった。


 しかも、サメの「加工」が剥がれ落ちたその正体は、世界一醜い深海魚「ニュウドウカジカ」そのものだった。


『ギョエェェェェ!!? 誰ダ、コノ、ブサイクハァァァ!!?』


 自身のあまりに無防備で醜悪な「真実の姿」を、4K画質の大画面で直視させられたのだ。


『見ルナァァァ! 消シテ! 垢消シテェェェ!!』


 羞恥心のあまり、妖魔の全身が真っ赤に沸騰する。


『は、はずかしさがMAX…ぁあああ、昇天(泣)』


 ボンッ!!  風船が割れるような音と共に、妖魔は自らアカウント削除(爆発)して消滅した。


   ◇


 夕暮れのビーチ。  パラソルの下、デッキチェアにうつ伏せになった二階堂が、安堵のため息をついた。


「先生……そこ、もっと強く……ああんっ♡」


 草薙の指先が、背骨に沿って凝り固まった「呪い」の残滓を押し流していく。  快感に身をよじらせるたびに、モノキニの際どいラインが動き、大人の色気が滴り落ちる。


「はぁ……腰の奥まで……響きますぅ……♡」


 その様子を横で見ながら、有栖とガン子がかき氷を食べている。


「いいなぁ、二階堂さんだけズルいですぅ」 「ま、今回は一番の被害者じゃったからな。譲ってやろうぞ」


 草薙は額の汗を拭い、仕事終わりのコーヒー牛乳を一気に飲み干した。


   ◇


 一方その頃。都内の総合病院の一室。    ベッドの陽菜に「ノイズ」が走った。  まるで、古いビデオテープの映像が乱れるように、彼女の存在そのものが一瞬だけブレたのだ。


「……うぅ……」 「……重いよ……兄さん……もう……」


 彼女の眉間に、深い苦悶の皺が刻まれる。


 その時、窓の外の青空に亀裂が入った。  雲の輪郭が、デジタル画像のバグのように「ジャギる」。


 世界を支える容量メモリが、限界を迎えようとしていた。



【本日の業務日報:魔法整体】

■対象:虚飾妖魔フィルター・シャーク

■症状:重度のルッキズムおよび現実逃避による自己認識の歪み

■施術:真実のインカメラ・ショック療法 & 特製オイルマッサージ

■獲得MP:+4,500P

■使用MP:-200P

■前回繰越:52,416P 現在のMP残高:56,716P

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