第四章⑤
俺は、三年前のことを思い出しながら改めてギネヴィアに伝えていたのだ。
「消えてしまったと思った妖精姫が君だということが、俺は嬉しい。あの時、俺のことを救ってくれて、俺の妻になってくれて、ありがとう。十年以上掛かってしまったが、改めて言わせてほしい」
そう言った俺は、ギネヴィアの前に移動して片膝を付く。
そして、ギネヴィアの左手をそっと取った。
逆の手で、ギネヴィアの頬をそっと撫でる。
「俺は、ギネヴィアのことを愛している。俺の妻になってくれ」
そう言った俺は、ギネヴィアの左の薬指に口付けた。
その指には、俺が十三の時に贈ったシンプルな指輪があった。
ギネヴィアはそれを大切にしてくれていて、贈った時と変わらない……いや、それ以上にキラキラと輝いていた。
白く華奢な指だ。
この手が、俺をここまで導き、愛してくれたのだと思うと、この上なく嬉しいと感じた。
だが、ギネヴィアから寄せられる、愛おしいという感情は家族へのものかもしれない。
それでもよかった。
嫌われていないのなら、俺を一人の男そして愛してもらえるように努力すればいいだけなのだ。
だから、ギネヴィアに俺を意識してもらうために、華奢な指先、白く滑らかな手の甲への口付けはゆっくりと時間をかけた。
口付けたまま、敢えて唇を触れさせたまま、上目遣いでギネヴィアの様子を窺う。
胸がぎゅっとなり、居てもたってもいられなかった。
潤んだ瞳、全身を朱色に染めて、小さな唇を震わせる。
可愛いと、愛おしいと、愛していると、強く思った。
離れたくない、側にいたい。
死ぬまで、いや、死んで生まれ変わっても、ギネヴィアだけが俺の愛おしい存在だと、確信する。
「ギネヴィア……」
ただ、名前を呼んで許しを請う様に見つめる。
ギネヴィアは、苦しそうな表情で俺から離れようと身を捩った。
逃がさないとばかりに、俺はギネヴィアを腕の中に閉じ込める。
「ギネヴィアは、俺のことが嫌い?」
「そんな訳ない……」
「じゃあ、好き?」
「ずるいわ……。そんな聞き方……。嫌いなわけがないでしょ……」
「なら、俺のこと好き?」
「ばか……。どうして……」
「気が付いたら好きだった。ギネヴィアの笑顔が可愛い。勉強を教えてくれたときは厳しかったのに、分からなかったことを理解したとき、すごく褒めてくれたところが好き。俺が間違ったことをしたら、どこが悪かったのか教えてくれたうえで叱ってくれるところが好き。押しに弱いところも好き。お人好しなところも好き。誰にでも優しいところも好きだけど、本当は俺にだけ優しくして欲しい……。俺は、ギネヴィアのすべてが好きなんだ」
「ばか……。どうしてなの……。そんなこと言われたら……。わたし……」
「うん。大丈夫。だから、俺のことを好きになって?」
「もう…………」
「うん」
「……きよ……。わたしも、好きよ……」
「なら何も問題ない」
「でも……」
「俺が問題ないって言っているのに、ギネヴィアは頑固で可愛い」
「なっ……!」
「もしかして、すぐに俺のところに来られなかったことを気にしているのか?」
「………………」
「俺は気にしてないよ。だって、ギネヴィアは家族を大切にしていること、俺は知っている。フェンサー伯爵家を救うためだって分かっている」
「でも!」
「きっと、それは俺たちに必要な要素の一つだったんだ。じゃないと、俺はギネヴィアと結婚することなんて出来なかった。偶然かもしれない。フェンサー伯爵が騙されて、家が傾いたこと。家を立て直すためにギネヴィアが頑張ったこと。それは必要なことだったんだよ。そのことがあったから、宰相はギネヴィアに目を付けた。周囲にフェンサー伯爵の婚外子だと思わせることも必要なことだった。そうじゃなかったら、王妃は俺たちの結婚を許さなかっただろうな。だから、全部必要なことだったんだ。俺はそう思うよ」
「それでも!」
「もしかして、俺の髪と目のことも自分の所為だって思っているのか?」
「!!」
「ギネヴィアは頭がいいのに、そういうところはお馬鹿だよ。王妃がやったことの報いだとかで俺が忌避色を持って生まれたとか思っているのか?」
「…………ええ」
「たまたまだよ」
「でも! 呪いは、術が失敗したとき、術を掛けたものに跳ね返るって……。だから、きっと!」
「あれは、ただの眉唾物のまじないで、たまたま魔術的な要素があった。ただそれだけだよ?」
「でも!」
「ギネヴィアは、何でもかんでも背負いたがるところがある。それは夫としての俺の立場がないよ。俺にも、ギネヴィアが背負っている荷物を分けてくれなか?」
「背負っている荷物を分ける?」
「そうだ。俺たちは夫婦なんだ。お互いを助け合うのは当然だろう? だから、俺がギネヴィアの背負っている物を半分持つ。ギネヴィアが俺の孤独を半分持ってくれて、空いたところを幸福で満たしてくれた。だから、俺もギネヴィアの空いたところを幸福で満たしてあげたいんだ。いいだろ?」
俺がそう言うと、ギネヴィアは目を丸くさせたのだ。
そして、まん丸の瞳は涙の膜に覆われていた。
瞬きをした瞬間、ポロリとその美しい真珠のような涙が頬を伝っていた。




