第四章③
肩を震わせているギネヴィアを抱き寄せた俺は、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「聞いてくれ。俺は、ギネヴィアに二度恋に落ちたんだ。これって、運命だと思う」
俺は、三年前のことを思い出していた。
北部の情勢が落ち着き、さらなる商売をするうえでも一度社交界に顔を出しておくべきだとギネヴィアと話し合った俺は、十七歳の時に初めて王都の舞踏会に顔を出すこととなったのだ。
社交シーズン中、二週間ほど王都に滞在する予定の俺とギネヴィアだったが、ケイネス公爵家が所持するタウンハウスは今まで使われることもなく、管理もされていなかったため、襤褸屋敷となり果てていたのだ。
顔出しを済ませたら王都に来ることもないだろうからと、ギネヴィアの提案でフェンサー伯爵家に滞在することとなったのだ。
フェンサー伯爵と夫人、そしてフェンサー伯爵令嬢、使用人に至るまで、屋敷のすべての人間がギネヴィアの滞在を喜び、俺のことも受け入れてくれたのだ。
黒髪赤目の俺は、今では北部で受け入れられているが、フェンサー伯爵家でも忌避されることなく受け入れられることに驚きを隠せなかった。
俺がそのことを不思議に思っていると、フェンサー伯爵令嬢がおかしそうに種明かしをしてくれたのだ。
「公爵閣下。これは、お姉様には内緒にお願いしますね」
そう前置きした令嬢は、楽しそうに言ったのだ。
「お姉様は、毎月お手紙を書いてくれていたんです。その中で、公爵閣下のこともよく書かれていたんですよ。立派な紳士に成長したとか、甘いものがお好きだとか、素敵なアクセサリーをプレゼントしてもらったとか、色々なことをお姉様はお手紙で惚気ていたんですよ? だから、公爵閣下のこと、すごく身近に感じてしまって……。ふふっ。初めてお会いした気がしないんですよ」
俺は、ギネヴィアが家族に俺のことをそんな風に話してくれていたことが嬉しかったのだ。
だからこそ、俺は王都にいる間、フェンサー伯爵家で穏やかに過ごすことができたのだ。
しかし、夜会は別だ。
やはり、俺の髪と目は忌避の対象だったのだと思い出すこととなった。
北部やフェンサー伯爵家では俺を見て眉を顰める者なんていなかったが、夜会ではすべての貴族が顔を背けていたのだ。
しかし、一部の令嬢たちはケイネス公爵家の持つ莫大な財産が目的なのだろう。
色目を使ってきたのだ。
そんな、令嬢たちの視線に俺は気持ち悪さを感じていた。
それが最初の夜会での出来事。
そして、数日後に行われた舞踏会で、貴族と言うものがどんな者たちなのかを俺は知ることとなった。
最初の夜会の際、遠巻きに顔をしかめながら見ているだけだった貴族たちが手のひらを返していたのだ。
俺がただの十七のガキだと判断したのだろう。
よく考えれば分かる事なのに、俺に群がる貴族連中はそろって能無しのようだ。
ただのガキが北部をたった数年でここまで変えることなど出来ないと何故分からないのだろうか。
ギネヴィアの助力も大きかったが、それに甘えるだけで終わることは俺が許せなかった。
だから、ギネヴィアから政治、経済、地学、歴史……。
様々がことを学び、俺自身が考えて、決断し、北部を発展させた。
その努力をこいつらは全く分かっていなかった。
まあ、知ってほしいとは思わないがな。
俺の努力はギネヴィアが知ってくれている。さらには、ギネヴィアが俺の努力を褒めて、労ってくれる。
俺は、それだけで十分だ。
だから、舐められるのは気にくわないが、その方が色々とやりやすいから、今のところは様子見だな。
しかし、令嬢たちのアプローチには辟易するものがあった。
不躾な視線で俺の全身を舐めまわすように……。
いや、実際には舌なめずりしながら俺に近寄ってきたのだ。
キツイ香水を全身にふりかけ、素顔が分からないほどの厚化粧……。
露出狂かと思うような胸や背中が空いたドレス。
そんな令嬢たちからの色目に俺は気持ちが悪くて仕方がなかった。
俺のすぐ側には妻であるギネヴィアがいるのにこの所業だ。
だんだんと苛立ちが限界を越えそうになった時だ。
ギネヴィアが俺を庭園へと誘ってくれたのだ。
「旦那様。少し夜風にでもあたりましょう?」
そう言って微笑むギネヴィアを見て、俺は思うのだ。
甘い、菓子の様な優しい匂い。柔らかい表情。身に纏う桜色のドレスはふんわりと風に揺れて、肌の露出など無いものの、きゅっと括れた腰と微かに膨らむ胸のバランスが絶妙で、俺は胸が高鳴った。
ぎゅっとギネヴィアを抱きしめて、甘い香りを胸に吸い込む。
胸がどきどきして、だがその胸の高鳴りはとても心地がいいものだった。
「ふふ。お疲れ様。もう少しここで休憩したらフェンサー伯爵家に戻りましょう」
「ああ」
王宮の庭園を二人で歩いていると、目の前にガゼボがあったので、そこで休憩することにした。
ふと思ったのだ。
もう場所すら分からないが、王宮のどこかで過ごした俺と、俺を救ってくれた妖精姫のことを。
俺の中の一番古い記憶は、半透明の美しい少女の微笑みだった。




