第一章②
この国の宰相閣下は、フェンサー伯爵家に訪問の知らせとほぼ同時にやってきたのだ。
礼儀的には先触れは出してはいたが、それがタッチの差なのは完全に何か狙ってのことだとすぐに察せられたわ。
小太りで好々爺然とした容貌の男を見た瞬間。わたしはまるで狸のような印象を受けたのだけど、話してみてその印象に間違いがないことを理解したの。
まさにやり手の狐狸のような男だった。
タッチの差で僅かばかり先に届いた先ぶれを目にしたフェンサー伯爵は、顔面蒼白で見ていられない状態。
フェンサー伯爵は、人が良すぎるからこの狸親父に丸め込まれてしまう未来がやすやすと想像できたわたしは、すぐに様子を窺うのをやめたわ。
魔術で覗き見をしていたわたしは、すぐに術を解いて応接室に向かったの。
急ぎ確認したいことがあると言って、扉をノック。
どうしたらいいのかとフェンサー伯爵が一瞬迷っている間に、狸親父が返事をしていたわ。
「急ぎのようなら仕方ないね。どうぞお入りなさい。私は全くもって構いませんよ」
優し気に聞こえる声だったけれど……。ああ、嫌な予感がする。
だけど、可哀想なフェンサー伯爵を一人で立ち向かわせるわけにはいかなかった。
一つ深呼吸。
扉を開けて、狸親父を目視。うん。狸親父ね。
そんな感想を表情には出さずにわたしは、丁寧に頭を下げて淑女の挨拶をする。
「宰相閣下。お話し中、申し訳ございませんわ。わたくしは、ギネヴィアと申します」
「ふむ……。そなたが……」
おや? 流石と言ったところかな? 狸親父は、わたしのことを知っているみたいね。
そうなると……。
まぁ、憶測で判断するのは早いわね。まずは、自然にこの場に留まらなければならないわ。
フェンサー伯爵の側に行き、そっと耳打ちする。
「貴方が困っているのが見えたから助けに来たわ。状況は?」
わたしがそう言うと、フェンサー伯爵は泣きそうな表情になりながらも、小声で簡潔に状況を報告してくれたの。
「隠された王子の伴侶選び……。サリナはまだ六歳になったばかりだというのに……」
「隠された王子……ね。なるほど。分かったわ。あとは任せなさい」
そう言って、フェンサー伯爵に視線を向けると、さらに泣きそうな顔になっていたのが可哀想で、ついつい昔のように接してしまったのよ。
昔のように、フェンサー伯爵の頬を撫でて、その榛色の瞳を見つめ笑顔で宣言する。
「わたしに全て任せなさい。大丈夫。貴方は何も心配しなくてもいいの」
フェンサー伯爵は、ただ小さく頷いてくれた。
了承を得たわたしは、狸親父と向き合う。
「サリナは、わたしにとって妹も同然の可愛い娘です。サリナはまだ六歳。サリナではなければならない理由はございますか?」
わたしが毅然とした態度でそう問いかけると、狸親父はニヤリと笑ったわ。
そう、獲物が掛かったとばかりにね。
「いえいえ、王子殿下とお歳の近い令嬢を探していただけですよ」
「そうですか……」
「ええ。そうですよ」
なるほど、狙いはわたしね。
だけど、まだ六歳になったばかりのサリナに忌子の墓場行きは死刑宣告のようなものだ。
過酷すぎる。
きっと、代わりの誰かが名乗り出来ることをこの狸親父は狙っているんだわ。
どうして直接わたしを指名しないのかが謎だけど。
ここは、敢えて乗るわ。
それに、王子殿下には恩もある。
「ならば、わたしでも構いませんわね?」
わたしがそう言うと、一瞬眉をピクリとさせた狸親父は、ニコリとした表情で穏やかに言ったの。
「ええ。貴女でも構いません」
「謹んでお受けいたしますわ」
そう言ってわたしが頭を下げると、何故か狸親父は、肩の力を抜いてぽろりと本音を溢らしたのだ。
「ははっ……。貴女は噂通りの聡い令嬢ですね。心から感謝いたします」
なるほど。直接言えば断られると思って、小賢しい策を弄したという訳なのね。
ふふ。相手が王子殿下じゃなければここまですんなりと話は運ばなかったと思うと、狸親父の策も無駄ではなかったのかもしれないわね。




