第二章⑥
夕日の沈みかけた、闇が溶けだしたようなオレンジ色の光の中、花畑に膝を抱えるようにして座るギネヴィアの隣に無言で座った。
その間も、ギネヴィアはどこか遠くを見るような瞳で、ただ丘から見えるサラン村を見つめていた。
暖かかった日差しが陰り、吹く風が短い夏の終わりを告げるように冷たく肌を撫でた。
余分な上着など持ってはいなかったと自分に言い訳をしてから、そっとギネヴィアの背後に移動し、彼女を後ろから抱きしめた。
何も言わずに、俺のすることを受け入れてくれていたギネヴィア。
そんなギネヴィアに背中を押された俺は、先ほどのキスについて弁明を始めた。
「ごめん……。さっきは間違えた」
俺がそう言って謝ると、腕の中のギネヴィアが一瞬だけ体を震わせた。
だが、ここで話を終わらせたら駄目だと分かっていた俺は、ギネヴィアを抱きしめる力を強めて続きを口にした。
「君が目を瞑ったから、キスをしていいものだと……。すまない。ギネヴィアは西日が眩しくて目を瞑ったんだよな……。ごめん。初めてのキスだったのに……。ムードもへったくれもなかった……」
またしても、ところどころで体を震わせるギネヴィアに気が付いてはいたが、俺は話を続けていた。
「出来れば、もう一度初めてのキスをやり直したい……。と思っている」
俺がそう言うと、ギネヴィアは下を向いて小さな声で呟くように言った。
「駄目よ……。無理……」
む……り?
えっ、無理?
「それは、気の迷いだよ。刷り込みよ。初めて優しくしてくれた異性だから、そう感じるだけよ。ちゃんと周りを見なさい。貴方にはわたしよりも相応しい人が―――」
俺がギネヴィア以外を好きになるなんて絶対にない!!
ギネヴィアの言葉を聞いた俺は、胸の奥が熱く燃えるような怒りを感じた。
誰であっても、ギネヴィア本人であっても、俺の気持ちを否定することが許せなかった。
気が付けば、ギネヴィアを組み敷いていた。
両手の手首を掴み、体を跨ぐようにして動きを封じて、近い距離で彼女の大きく見開かれた瞳をじっと見つめていた。
「俺は、ギネヴィアが好きなんだ。ギネヴィア以外誰もいらない!! どうして俺のこと信じてくれないんだ!! 俺は、他の誰でもない。ギネヴィアを愛しているんだ!」
紫色の大きな瞳が揺れた。
「い……いや……。だめよ……」
「何が駄目なんだよ!」
「だって……。わたしは……。わたしは貴方を不幸にしかできない……。それに、きっと貴方は、わたし以外を知らないからそう思うだけで、ちゃんと周りを見れば……」
「知ってる!! ギネヴィア以外の女だって知ってる!! その上で、俺はギネヴィア以外愛せないと言っているんだ!」
俺がそう言うと、ギネヴィアの瞳が涙の膜を張っていた。瞬きした瞬間涙が零れてしまいそうだと思うが、その表情が美しくて、俺はつい見入ってしまう。
「わたし以外の……女の人……。そう……よね。貴女ももうニ十歳だものね。知っていて当然よね……」
そう言った瞬間、大粒の涙がこめかみを伝って零れ落ちていた。
「それなら、遠慮はいらないわ。わたしたち、離婚しましょう」
「え?」
どうしてそうなるんだ……。
「大丈夫。貴方は若くて素敵な男性だからすぐに意中の相手と添い遂げられるわ」
なんでだよ……。意中の相手はギネヴィアだって、そう言っているのに……。
怒りで頭が真っ白になっていた。
「俺は! 俺はギネヴィア以外誰も好きにならない! 愛しているのはギネヴィアだけだ! 俺の初めては全部全部、ギネヴィアに貰って欲しい!! キスも! キスだって、さっきみたいな触れるだけのものなんて足りない! もっと深く溶け合うようなキスも! それ以上のことだって、初めてはギネヴィアに貰って欲しい!! ギネヴィアが俺のこといらないって言うのなら、生きている意味なんてない……」
怒りに任せて全て吐き出してしまっていた。
だけど……。
ギネヴィアの様子が何かおかしい……。
顔だげじゃない、全身を真っ赤にして、口をパクパクとさせている。
大きく見開かれた瞳は揺れていて、困惑しているように見えた。
そんなギネヴィアの口から小さく漏れた呟きに俺は泣きそうになってしまった。
「えっ……。ど…う……てい…………なの?」




