第二章④
出店の制覇を終えた俺とギネヴィアは、果実水を片手に広場のベンチに座って休憩することにした。
今は、短い夏の終わりの時期で、過ごしやすい気温ではあった。しかし、その日は珍しく強い日差しが差し込んでいたため、少しの暑さを感じていた。
ギネヴィアは、俺の持っていた果実水に手をかざして簡単な魔術を施行してくれた。
「はい。冷たくて果実水がもっと美味しくなる魔法を掛けたわよ」
そう言って微笑むギネヴィアの可憐さに俺は胸が張り裂けてしまいそうだった。
今日の装いは、動きやすいワンピースと日差しをよけるための帽子を身に着けていた。
普段は下ろしている美しい髪は、ツインテールに結ばれており、いつもは見ることのできない華奢な首筋と項が露わになっていた。
可愛らしすぎる俺の妻が愛おしすぎて、生きていてよかったと実感する。
そんなことを思いつつ、のんびりと祭りを楽しむ人たちを見つめるギネヴィアをこっそり見ていると、ギネヴィアに袖を引かれた。
「ようやく、ここまで発展させられました。旦那様今までわたしの突拍子もない思い付きを受け入れてくれてありがとうございます。旦那様がいなければこう上手くはいかなかったと思います」
「いや、俺なんて何もしていないも同然だ。すべてはギネヴィアの努力と、領民を思うその優しい心のお陰だ」
俺が本気でそう言うと、ギネヴィアは困ったように眉を寄せてから下を向いてしまった。
一瞬、泣いてしまいそうに見えたギネヴィアを考える前に抱き寄せていた。
「領民だけじゃない。ダンたち家臣たちも、もちろん俺も、ギネヴィアにとても感謝しているんだ。それだけじゃない。俺は、ギネヴィアが一緒に北部に来てくれて、妻になってくれてとても嬉しかった。こんな俺をひとりの人間として見てくれて、傍にいることを許してくれた……」
生まれた瞬間に両親に捨てられた俺を人として見てくれたのはギネヴィアが二人目だった。
最初は、初めて俺を人として見てくれたあの子の面影と無意識に重ねていた。
だけど、いつの間にかギネヴィアを通してあの子を見ることはしなくなっていた。
触れることもかなわなかった初恋を忘れた訳ではない。
ギネヴィアを思う気持ちが、あの子を思う気持ちよりも大きくなって気が付けば恋に落ちていた。
きっかけなんて覚えてはいなかった。
気が付いた時にはギネヴィアが好きで、大切で、愛していた。ただそれだけだ。
だから、誰よりもギネヴィアの努力を知っている俺が、ギネヴィアの努力を認めて褒めなければならないのだ。
なぜかギネヴィアは、自分の評価が極端に低かった。
そんなギネヴィアを俺は誰よりも認めて、褒めて、自信を持っていいのだと、そう言ってあげたかった。
君は凄いことをやってのけたのだと、そうギネヴィアに伝わるように、その紫の瞳をじっと見つめて言葉を紡ぐ。
「ギネヴィア。ありがとう」
戸惑いに揺れる瞳が美しくて、きゅっと結ばれた小さな唇が甘そうで……。
つい本音が口をついて出た。
「キスしてもいいだろうか?」
「はい?」
……。これはどっちの意味だろうか? 肯定の意味の方だろうか? それとも意味が分からず聞き返している方だろうか?
そう考えたのは本当に一瞬にも満たない時間だった。
陽が傾き、オレンジ色の光が俺とギネヴィアを照らした次の瞬間だった。
ギネヴィアがぎゅっと目を瞑ったのを俺は見逃さなかった。
ちゅっ。
柔らかい。
ちゅっ。
甘い。
短く、触れるだけのキスを二回。
初めてのキスは、甘くて癖になりそうだと思った。
だけど……。
ギネヴィアの表情を見て、指先が冷たくなるのを感じた。
瞳に涙を溜めたギネヴィアが、震える声で言ったのだ。
「ごめん……」
それだけを呟くように言ったギネヴィアは、俺を振り向くこともなくその場から走り去ってしまった。
その場に残された俺は、差し込んだ西日の眩しさに目を瞑ってから、何がいけなかったのかを理解して、死にたくなった……。
だが、ここで死んでもどうにもならない。
俺は、すぐにギネヴィアの後を追って走り出していた。




