第二章③
俺は、他の領地の村を実際に見たことがないから知識としてしか知らないが、村というには発展しているサラン村の宿屋の一室に案内された俺は、その室内の素晴らしさに驚きを隠せなかった。
型落ちしているとはいえ、部屋の雰囲気に合った落ち着いたデザインの照明と、過ごしやすい室内の空調。
最上級客室と言うだけあってか、部屋には浴槽とトイレも付いていた。
そして、部屋の奥に見える天蓋付きの大きなベッド……。
まぁ、そうだよな。俺とギネヴィアは結婚して十年だ。
当然のことだろう。
ただ、俺とギネヴィアが一緒に寝ていたのは結婚してから三年間だけだった。
本当はずっと一緒のベッドで眠りたかった。
だが、ある時ギネヴィアが寝室を分けると言い出したのだ。
十三歳の俺は、少しでも格好いい男だと思われたい一心で、聞き分けのいい男を演じてしまった。
そのことを未だに後悔している。
あの時、俺がダダをこねていれば今の俺たちの状況も何か違っていたのかもしれない。
だが、過去を嘆いていても何も始まらない。
大切なのは、俺とギネヴィアが結ばれる未来だ。
ならば、この機会を活かさなければならない。
そう思いつつも、視線は一つしかないベッドに釘付けになってしまっていた。
そんな俺に気が付いたギネヴィアが少し気まずそうに言ったのだ。
「素敵な部屋ね……。えっと、とりあえず収穫祭を見て回りましょうか?」
「そ……うだな。せっかくの祭りだ、楽しもう」
「そうね」
そう言って、可愛らしく微笑むギネヴィアを抱きしめたい衝動に駆られたが、何とか堪える。そして、自然な流れでギネヴィアの小さな手を握った。
収穫祭はもともと、サラン村が村を復興するのに尽力したギネヴィアと俺に感謝を伝える場として始まったものだった。
初めは、ほんの些細な宴会がいつの間にか規模が大きくなり、いつしか収穫祭と呼ばれる大きな祭りとなっていたのだ。
今では北部での一般的な食べ物として様々なバリエーションが生まれた馬鈴薯の出店が多く見られた。
人気の揚げ馬鈴薯をはじめ、馬鈴薯の蒸しバター、馬鈴薯餅。その他には、クレープだったり、フルーツの飴をからめたものや串焼きなんかの出店も並んでいた。
小食なギネヴィアは、何を食べようかと瞳を輝かせながら吟味する姿が可愛らしくてついつい見惚れてしまう俺がいた。
そんな可愛いギネヴィアに俺はある提案を持ちかける。
「せっかくの収穫祭の出店だ。可能なら全部の店を制覇したいところだ。どうかな、ひとつずつ買って二人で分けて食べれば色々なものが楽しめると思うんだが」
「まあ! 流石旦那様! 是非是非!!」
嬉しそうに瞳を輝かすギネヴィアが可愛くて、俺はだらしなく緩みそうな表情を必死にこらえた。
そのうえで、目につく出店の物を買っては、ギネヴィアに一口、残りは俺が食べるという感じで、あらかたの出店を制覇することに成功した。
ギネヴィアは、満足そうに微笑んだ後、心配そうに細く形のいい眉を八の字にさせてから俺の腹に触れて言うのだ。
「旦那様。ごめんなさい。わたしが色々食べたそうにしていたせいで、たくさん無理させてしまったわ」
そう言って、俺の腹を擦るのだ。
俺としては、このくらいの食事量などたいして問題ではなかったし、第一にギネヴィアが口を付けた物を労せず口にできる機会などなかなかないからな。
こんな幸せなことなどない。
「これくらい問題ない。ギネヴィアが満足そうで俺も嬉しいよ」
そう言って、安心させるために笑ってみせる。
するとギネヴィアがへにゃりと安心したように笑うのだ。
その可愛すぎる表情に胸が激しく高鳴った。
可愛い可愛い可愛い!!
好きだ。大好きだ!!
「可愛い……。ギネヴィア、好きだ」
「ふふ。なあに? わたしも好きよ。馬鈴薯料理」
「……。ああ、美味かったな……」
ああ、これって分かっててかわされているならまだいいが、無意識のうちにかわされているってことは、全然俺の思いは伝わっていないのだろうな……。
だがそんなことで諦めてたまるか。




