第二章①
最近、ギネヴィアの様子がおかしい……。
俺たちは出会ってからの十年間、寄り添って生きてきた。
これからも、俺の側にはギネヴィアがいて、いつかは生まれた子供と三人……いや四人……五人……。まぁ、それは授かりものだからな……。
いや、授かるどころか、俺たちは夫婦になって十年が経とうとするのに未だにそういったことが一度もなかった。
本当に清い……。清すぎる夫婦関係だ……。
俺が十七の時……。初めて社交界に出た。
その時、何度かいい雰囲気になったが、進展はなかった。
俺の何がいけないのだろう……。
ギネヴィアは、俺は理想の男性に育ったと言ってくれたのに、どうして何も進展がないんだ……。
絹のような艶やかな白い髪、神秘的で美しい紫の瞳。
小さな唇は桜色で、声は小鳥のように可愛らしい。
出会った頃は同じような身長だったが、今は頭二つ分は差が付いてしまった。
華奢で折れてしまいそうなほど細い体。俺が抱きしめたら壊れてしまいそうで少し怖くなる。
二十五歳になるはずなのに、まだ十五歳だと言われても納得できるほど幼く見える容姿。
大切にしたいと思う反面、俺の印をつけて一生離れられないようにしてしまいたいと思ってしまう俺がいた。
北部もギネヴィアのおかげで安定している。
だからこそ、そろそろそういう関係に進んでもいいのではないかと思い、ギネヴィアと一夜を共にしたいと考えているが、なかなか言い出せないでいた。
俺よりも五歳年上なはずなのに、線が細いギネヴィアを見るとそれを言い出せない意気地なしの俺がいた。
だってそうだろう?
あんなに可愛いギネヴィアを抱きたいよ! だがな、抱いてしまったらギネヴィアを壊してしまいそうで怖いんだ。
嫌われてはいない。寧ろ好意を持ってもらっているという自信がある……。
だけど、最近ギネヴィアが俺によそよそしくて、持っていた自信が吹き飛びそうだった。
そんなときに、サラン村の収穫祭に一人で行くだと?
まさかという思いが胸に湧くのを止められなかった。
「好きな男が出来た……。いや、今まで一緒に過ごしていて、ギネヴィアが俺以外の男にそんな素ぶり……。いや、俺を含めてだったな……。ははは……」
だが、単独行動を望むというのなら俺はそれをなんとしてでも阻止しなければならない。
無様だと思われてもいい。
俺は、ギネヴィアが好きなんだ。愛しているんだ。
離れるなんて無理だ。絶対に、縋ってでもギネヴィアを振り向かせる!!
ははっ……。無様すぎて、これではギネヴィアに呆れられてしまうな。
だが、もうなりふり構ってはいられない。
そう決意した俺は、東部の商団との取引を強引ではあったが、双方が納得できる内容で契約をした。
そのまま、急ぎの仕事以外にも雑事も片づけた俺は、サラン村の収穫祭にギネヴィアと数人の供を連れて出向くのだ。
サラン村は、北部に来て初めて訪れた村だからとても思い入れがある場所だ。
ダンたちを家臣に迎えたあと、公爵城から一番近い村に視察に行ったのだ。
村は、村としての機能を失いつつあった。
村民全員がギリギリの生活をしており、毎年弱いものから亡くなっていったという。
そんな村を救ったのがギネヴィアだった。
ギネヴィアは、どこにでも生息しているが毒の所為で食べることが出来ないでただ廃棄していた馬鈴薯の正しい調理方法を村民たちに教え、自ら率先してそれを口にして安全性を見せたのだ。
腹を空かせた村民たちは、そんなギネヴィアの行動に感謝と尊敬の目を向けたのだ。
ギネヴィアは、まったく資金を持たされていなかった俺に代わって、どこかで何かを売っては、資金を調達し、その資金で民たちが食うに困らないよう手を打ち、知恵を貸したのだ。
それだけではなかった。食料問題の解決と同時に、家の修繕や寒さ対策も進めていったのだ。
僅か一年で、民の生活は最低の生活から、少し余裕のある物へと変わっていったのだ。
そして、今度は領民たちが十分な生活が出来るようにと北部での商売を始めたのだ。
無知な俺はそれがどれほどのことか分かっていなかった。
ギネヴィアは、俺に剣術や魔術を教えた。それだけではなく、政治や商売、常識に至るまでのあらゆることを教えてくれたのだ。
たった五歳年上の少女にだ。それがどんなに大変なものなのか今なら分かる。
俺には、もったいないほどの人だ。
そう思うのだが、彼女から離れることなど絶対にしたくない。
俺の最愛。
恋だと気が付くことが出来ず、失ってしまった大切な人がいた。
幼すぎて、彼女に気持ちも感謝もなにも伝えられず、彼女を失ってしまった……。
だからもう二度と大切な人を失わないよう、思いを伝えなければならない……。
そう思って俺は今までギネヴィアに好きだと言い続けているのに、なぜか本当の意味で伝わっていないと、サラン村で思い知らされることを、出発前の俺は知らなかった。




