第一章⑨
可愛らしい旦那様を思う存分抱きしめたわたしは、改めてダンに一言注意していた。
「ところでダン」
「はい、お嬢。なんでしょうか?」
「……。お嬢はやめて」
「え?」
「わたしは、旦那様の妻なのですから。お嬢はやめなさい」
そう、わたしはこれでも旦那様の妻なのだ。
だから、わたしのことをお嬢という呼称で呼ぶのは間違っているのよ。
「えっ? えーーーーーー?! はっ! 確かに今までお嬢……じゃなくて……旦那様呼びだった……。えっ? えぇえええ?!」
まさか……。わたし、名乗ったわよね?
ギネヴィア・ケイネスって……。
ちょっと……。もしかして、旦那様の姉とか思われていたの?
「はぁぁ……。改めて言うわ。わたしが、ギネヴィア・ケイネス公爵夫人よ」
そう言って、ふんすとみんなを見回すと、全員の視線が泳いでいた。
恐らくだけど、この様子だと全員がわたしを姉だと思っていたみたいね。
まぁいいわ。
「も……。申し訳ございません。では、改めて奥方様と……」
奥方様……。改めてそう言われると、旦那様と結婚したんだと実感が湧くわね。
「ええ。よろしくね」
「ところで……。奥方様は転移魔術が使えるんですね……」
おっと……。ダンは意外と物知りなのね。まぁ、人数はそこまで多くはなくても、今までこの集団をまとめていた人だ。人をまとめる力も必要だけど、ここで今まで暮らしていけたということは、それなりの知識も持っていて当然かもね。
ここは、下手に隠すよりも正直に話して、信頼を得た方がいいわね。
旦那様には一人でも多くの味方と理解者が必要なのよ。それに、この人たちは大丈夫だって、そう思うの。直感だけど。
「ええ。使えるわ」
「それなのにどうして……」
「あら? ダンは……。いえ、何でもないわ。ダンの疑問は当然ね。転移魔術なんてかなり昔に廃れてしまったものね。そんな貴重な魔術が使える人間をどうして北部送りにしたのか……。当然、わたしが転移魔術を使えることを知っている人なんていないから問題ないわ」
「え?」
「大丈夫。貴方たちが言わない限り、知られることはないから安心してね?」
「えぇ……。つまりそれって……」
「ふふ。ダンは頭の回転が速くて助かるわ。その調子で、これからもみんなをまとめてね? そう言う訳で、わたしたちの運命はこれから一蓮托生! 死なば諸共ってことでよろしくね」
わたしがそう宣言すると、ダンは頭を抱えてしまった。
ダンはきっとそれなりの血筋の生まれなのだろう。家督争い、あるいは何らかの理由で出奔した元貴族の可能性があるわね。
ふふ。いい人材をゲットできたかもしれないわ。
こうして、優秀な家臣になるだろうダンを抱き込むことに成功したわたしは、人手を得たことで北部発展のための次の段階に進むことが出来るようになったのよね。




