【第1部 街の鼠編】第2話 偽造の影
荷馬車の揺れが止まったのは、日が暮れた頃だった。
街の外れ、廃墟のような倉庫街。
俺は布の下から這い出し、周囲を確認する。
誰もいない。
頭痛はまだ残っているが、明日の朝には回復するはずだ。
スキル【目を借りる】の制限──1日3回。
慎重に使わなければ。
街の名は「エリドン」。
王国の中堅都市で、教会の影響力が強い。
神託の書が偽造されたのは、ここだ。
副官の視界から見た「王都からの密書」。
黒幕は王都にいるが、証拠はエリドンに残っているはず。
──まずは、潜伏先を探す。
路地を進む。
空腹と疲労が体を蝕むが、無視する。
前世のハッカー生活で、徹夜は日常茶飯事だった。
ここは異世界。
剣と魔法のルールだが、情報は変わらない。
視界を借りれば、道は開ける。
路地の隅に、ネズミの群れ。
──1回目。
対象:群れのリーダーらしきネズミ。
視界が重なる。
ネズミの視点は低い。
地面の隙間、下水道の網目、
そして──廃墟の地下室への隠し通路。
俺はそこへ向かう。
通路は狭く、埃っぽい。
中は古い倉庫の残骸。
ここを拠点にしよう。
ネズミの視界で、食料のありかを探る──古いパンと果物。
十分だ。
夜が深まる。
外の喧騒が聞こえる。
審問官の声だ。
「悪魔の転生者、黒崎零! 街中を捜索せよ!」
衛兵が家々を叩く音。
賞金首の張り紙が貼られているらしい。
──奴らの動きを把握する。
2回目。
対象:屋根の上を飛ぶカラス。
空からの視点。
街全体が見渡せる。
教会の広場に、審問官のリーダー──ガルド司祭が立っている。
彼の周りには、10人ほどの衛兵。
そして──副官が、教会の裏手へ向かう。
副官の行動が怪しい。
神託の書の偽造現場は、そこか?
俺は地下室から抜け出し、影を縫って教会へ近づく。
教会の裏は、厳重な警備。
直接入るのは無理。
──3回目。
対象:教会の壁に止まる小鳥。
小鳥の視界。
教会の窓から、中が見える。
副官が部屋に入り、机の引き出しを開ける。
そこに──神託の書の原本。
インクの瓶と、偽造用の道具。
そして、密書の封蝋──王家の紋章。
証拠だ。
王都の誰かが、教会を操っている。
神託を偽造して、俺を悪魔に仕立て上げた理由は?
──おそらく、俺のスキル。
【目を借りる】は、監視を突破する脅威。
だが、視界が切れる直前。
副官が窓の外を見て、
「誰だ!」と叫ぶ。
──小鳥の存在に気づいた?
俺は慌てて影に隠れる。
頭痛が激しくなる。
使い切った。
衛兵の足音が近づく。
教会の裏路地に、追手が迫る。
──逃げろ。
ネズミの通路を逆走。
廃墟の地下へ戻る。
息を殺して待つ。
衛兵が通り過ぎる。
「見失ったか……」
奴らの声が遠ざかる。
──今夜はこれで終わり。
だが、証拠の場所はわかった。
次は、原本を盗む。
冤罪を証明するために。
地下室で目を閉じる。
頭痛が俺を眠らせる。
夢の中で、前世の追手が笑う。
「逃げても、無駄だ」
いや。
俺は違う。
ここでは、目を借りられる。
「お前の影、ちょっと借りる。
真実を、暴くために」
──審問官の追跡は、激しさを増す。
零の次の標的は、神託の書。
(第2話 終)




