第9話 ゲームとの乖離は受け入れ難く
オトギは目の前に広がる惨状に、思わず額を押さえていた。
シプリン……もとい今は"バーサーカー"と呼ぶべき、その存在は、二本の双剣を振るって魔物をどんどんと斬り伏せていく。つい先程まで追い込まれていたはずの戦況が、今まさに、ひっくり返る寸前であった。
たった一人の戦力追加で、ここまで巻き返すとは……チラリと横目で赤髪の彼女を見れば、クールそうなイメージだった彼女ですら、その異質な光景には唖然とするしかないようだった。
圧倒的なスピードで状況は有利になっていく。それでも尚、オトギを悩ませるのは、シプリンの戦闘スタイルについてだ。
本来であれば、彼女は「サポーター」と呼ばれる役割であった。戦場の後方から味方の強化、支援をメインとするものであり、ゲーム内で使用していたスキルを考えてみても、他者の回復に、クリティカル率向上……と、自ら積極的に殴りにいくような暴虐的性能は持ち合わせていない……はずだった。
ところがどうだ?
オトギの目の前にいるのは、雄叫びを上げながら血しぶきを浴びることを厭わない狂戦士。防御をかなぐり捨て、己の身を気にせず敵を切り刻んでいくその姿は、どう見ても「支援キャラ」などとは程遠い。なんなら武器だって、ゲームの時とはまるで違う。
「いや……えぇ? ……いやいやいや……」
現実とゲーム知識の落差に、言葉が上手く纏まらない。
そもそも、この後のストーリーを考えると、非常におかしい話なのだ。
元の彼女は、この後訪れる事になる里「インペリアル」の若き里長、つまりリーダーにあたる立場にいる。
年に見合わないその実態は、元里長の父を病でなくし、娘という理由だけで担ぎ上げられてしまった、汚い大人たちの擦り付けによるものだが、彼女はそれを理解しながらも、懸命にリーダーとしての責任を果たしてきた。
だがそんな彼女は力がない。
物理的にも権威的にも、非常に弱い存在であり、そのくせ強がりを貫こうとする。結果、幾つもの陰謀や糾弾に身を晒され、心を壊した。
そして『皇帝』の悪神に付け込まれ暴走してしまう、なんて悲劇的な役回りだったはずだ。
その後は主人公一行に倒され、改心を果たす。
ガチャから出る彼女は改心後の姿であり、皇帝の力を自分のモノにした、という体であった。
スキルや立ち振る舞いも、人の上に立つ者のイメージであるし、ゲーム内ではご丁寧に『泥の皇帝』なんて立派な肩書きまで与えられている。そこには惨めながらも立ち向かってきた、彼女の気高さや威厳といったものがあったというのに。
それを踏まえて、視線を戦場に戻すものの、やはり目の前で殺戮を尽くす彼女は、ただのバーサーカーだ。
オトギは目を覆いたくなった。
斬り飛ばされた魔物の首が宙を舞い、地に落ちるよりも速く、彼女は雄叫びを上げて突っ込んでいく。もはや人を支援しようとする気配など皆無。むしろ、さっさと妾に支援をしろ、と言わんばかりの暴虐の化身と化している。
「何がどうなってんだ……」
必死に理解をしようとするものの、ゲーム知識との乖離は一向に埋まりそうになかった。こんな驚きの展開が理解できるはずもない、まるで二次創作……とそこまで言いかけ、薄々感じていたが……確信に変わったことがあった。
この世界……オトギの知る『フォーチュン・アルカディア』の世界とは別の世界ではないだろうか?
まるっきり別の世界という訳ではなく、少なくとも土台は『フォーチュン・アルカディア』で間違いない。例外もあるが、登場人物、武器の見た目、主人公に課せられた使命――そこに一切の違いはない。だが、彼の中に積み重ねてきたゲーム知識とは、どうにも噛み合わないのもまた事実。
異世界は何でもアリだから、と言われてしまえば、それまでである。だが一つ、思いついてしまった最悪の可能性。
「フォーチュン・アルカディアの二次創作を"元"とした世界説……」
自分で言ってて訳が分からなくなるが、つまりはこうだ。
どこの誰かも分からないオタクが作り上げた二次創作作品――その妄想を基盤として、この世界が形成されている。
この説であれば、キャラクターが似ているのにストーリーが違う、という歪な展開にも理屈は通る。通る、けども――
「いや、なんでだよぉっっ!?!?」
オトギの張り上げた声が、魔物達の悲鳴と混じりあう。
怒るのも至極当然だ。本家という素晴らしいコンテンツがありながら、誰が好んで二次創作の世界に行きたいと思うのだろうか。
百歩譲って許したとして、よりによって赤の他人の、しかも愛のない二次創作に飛ばされるなど、オトギからしたらたまったもんではない。
主要キャラのユディを削除してオリキャラの投入、シプリンの過剰なまでの性格変更、チュートリアルイベントの難易度爆アゲ。どこをどう見てもやり過ぎだ。
オトギが三大嫌うプレイヤーの一角、「過剰なキャラ崩壊の二次創作を上げるやつ」の悪意が、最悪なことに神とマッチングしてしまった。
「モウイヤダ……ァァ……」
頭を抱えるなんて生ぬるく、全てのプログラムを停止しますか? なんて現実逃避の択が全身に訴えてくる。そんな彼を現実に引き戻したのは、目の前に飛んできた球体……頭?
「うぉわっ!?!」
血飛沫を撒き散らす魔物の頭部が1つ、2つ、3つ……生暖かい体液が頬を掠め、その場から反射的に飛び退いた。
「人に戦わせて立ってるだけとは、随分といい度胸しているのぉ?」
ドスの聞いた声と共に、シプリンが横を駆け抜ける。
小さき身体から放たれる双剣の斬撃が、残像を残しながら、魔物を紙切れのように両断していく。
振り返りざま、血まみれの顔をこちらに向け、狂気じみた黄色の眼光で睨まれた。
その迫力にオトギは思わず背筋を伸ばす。
上から目線で、その女王口調は確かにシプリン本人。セリフもどことなく言いそうなだけに、やはり彼女が前線にいるというのは蕁麻疹が出るほど違和感がある。
それはそれとして彼女の言うことは正論だ。女性二人に戦わせているというのに、自分はボーッとしているだけなんて、果たして主人公がする事なんだろうか……?
「……あぁぁっっ!!! クソっ!! とりあえずさっさと終わらせるぞ!!」
手で頬を思いっきり叩き、剣を握り直すと、シプリンに続き、オトギも魔物の群れへと身を投じていくのだった。
Tips【オトギが嫌うプレイヤー】
残り二つは「初心者にマウントをとるやつ」
「ストーリー更新日初日にSNSでネタバレするやつ」




