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第8話 Re 兎にも角にもチュートリアル

 足手まとい――彼女の心には、そんな辛辣な一言が浮かんでいた。

 それも仕方がないことだ。こちらを見て何か叫んだかと思えば、手を貸そうと上から目線で言い放ち、挙げ句の果てには地面にぶっ倒れて気絶してしまった。これが足手まといでなくて何だというのか。


「……ちょっと厄介ですね」


 短く吐き捨てるように呟く。

 魔物の猛攻は留まることを知らず、鋭利な牙を剥き、爪を振るい、一瞬の隙すら見逃さずに狙ってくる。彼女はその怒涛の攻撃全てを、必死に弾き飛ばしていた。

 狙われるのは彼女だけではない。地面に転がる男の身体にも、容赦なく襲いかかる攻撃を防がなければならなかった。


 倒れた人間を庇いながら戦うなど、無茶もいいところだ。担ぎ上げて逃げることも頭をよぎったが、この状況で背を見せれば、即座に切り裂かれるのは目に見えている。状況はまさに絶体絶命。それでも彼女の中に「見捨てる」という選択肢はなかった。


 ――彼女には記憶がない。


 目を覚ましたとき、自分がどこにいるのかすら分からなかった。ここまでの経緯も、自分が何者であるかも、すべてが霧に覆われている。ただ、冷たい土の感触と、木漏れ日が揺れる森の光景だけがあった。途方に暮れながらも歩き始めた矢先、運悪く魔物たちに囲まれてしまったのだ。


 絶望しかけたその瞬間、ひとつの記憶が蘇る。

 ――自分には戦う手段がある。


 握りしめていた槍のような武器を振るい、浮かんだ単語を口にした瞬間、紫の光が形を作っていく。輪となった光は勢いよく飛び、魔物の身体を鋭く切り裂いた。斬撃の魔法と言ったところか。それを使える理由は分からないものの、魔法を繰り返すことでどうにか命を繋ぎとめてきた。そんな時、目の前で倒れている男が現れたのだった。


 本気を出せば、囮として彼を利用し、逃げ延びることは難しくないだろう。だが、何も知らない自分にとって、彼が持つであろう情報は捨てがたい。易々と見殺しにするのは得策ではない――そう判断した。


 しかし、その判断は裏目に出つつある。魔物たちの勢いは衰えるどころか増していく一方、肩で息をするたびに疲労は蓄積し、槍を振るう腕も鈍くなっていく。


「……っっしまった」


 疲れを見せた瞬間、油断していた方向から魔物の攻撃が迫る。

 ダメだ避けきれない――そう悟った瞬間だった。


 背後で、地面に伏していた男の体がピクリと震えた。

 次いで、淡い光が彼の身体から噴き出し、辺りの魔物を巻き込みながら広がっていく。光は揺らめきながら全身を包み込んだ。


「……っ!?」


 思わず目を見開いた。

 眩い光が収まった時、そこには先ほどまで気を失っていたはずの彼が立っていた。顔を歪め、苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、傷一つない身体で。しかも、その隣には黒い靄が凝り固まったような、人型の何かが繋がっている。


 恐怖を感じさせるその光景に、彼女の呼吸は一瞬だけ止まった。










「そりゃそんな顔にもなるわな……」


 目をまん丸にしている赤髪の少女を見ながら、オトギは、ぽつりと呟いた。

 その横で腕を組む少女――シプリンは、そんな疑問など、どうでもいいとばかりに拳をポキポキと鳴らし、獲物を前にした獣のような鋭い目つきで魔物たちを睨み据えている。


 赤髪の彼女からすればツッコミどころしかないだろう。意識を失って倒れていた男が突如として立ち上がり、その隣に見知らぬ少女を連れてきている。しかもやたらと殺る気を放っているときたのだから。


「にしても……」


 オトギの身体には傷一つ増えていなかった。どのくらいの時間気を失っていたのかは分からない。果たしてイベント最中の彼が攻撃を受ける状態にあったのかも不明。しかし彼女の疲労ぶりを見れば、守ってもらっていたことは明白だった。


 ――悪い奴ではないのか……流石に。


 ユディの成り代わりらしき存在、もちろん現時点での怪しさは拭えない。だが少なくとも、自分を庇って戦ってくれていた。それだけは揺るぎのない事実だ。


「助かった。感謝する」


 オトギは素直に礼を口にする。

 赤髪の少女はわずかに驚いたように眉を動かし、口を開きかけて……結局、何も言わずに魔物の群れへと視線を戻した。


 まあ、返事がなくても構わない。今はそれどころではない。


「さて……ここからは俺たちの番だ」


 握りしめた剣に力が篭もり、身体中に流れる血液が熱を持つ。まるでさっきまでの自分が嘘だったかのように軽やかだ。


 横に目を向ければ、シプリンもまた拳を握り直し、まだかまだかと臨戦態勢を整えている。これで完全に準備は整った。


「逆転の時だ――行くぞっ!」


 その掛け声と同時に、唸り声を上げ、魔物の群れが一斉に襲いかかってくる。

 赤髪の少女が槍を構え直すよりも早く、オトギとシプリンは地を蹴った。


「シプリン!! まずはバフを――」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあ""ぁ"ぁぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」


「えっ」


 シプリンはなりふり構わず、魔物の方へと身ごと突っ込んでいく。恐怖という感情を置いてきた突撃行動、その勇気だけは評価に値するが、お前は、お前の役割は――


「サポーターなんですけどぉぉ!?!!」



 Tips【シプリン①】

 実は過激なファンがかなり多い。

 

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