第6話 兎にも角にもチュートリアル
――いやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待て……ちょっと待てって!?
木々を抜けた先、そこで映った光景に、オトギは動揺を隠しきれずにいる。それはもう、無口でクールな主人公のロールプレイなんかを続行するには不可能なレベルで、思わず自然にツッコミまでもが口から漏れてしまうほどだった。
と、りあえず……落ち着いて状況を整理しよう、と彼は瞬時に平凡な脳をこれ以上ないほどフル回転させる。
まず、そこにいるはずだったユディはどこにもいない。
大前提として、ここで会うのがそもそも違う、なんてことは当然なく、登場回数が少ないモブや、物語中盤に同時並行で進ませられたストーリー上のキャラならまだしも、彼女の初登場を忘れるなんてのは、まともに見てきたプレイヤーなら絶対にありえない話だ。
そして何故かユディの代わりに、ゲーム中でも一切見たことない女性が、腕に怪我を負いながらも武器を担ぎ多数の魔物達に囲まれていた。
この時点でゲームの流れ、チュートリアルの展開を逸脱しているのは間違いないのだが、更に彼の心をかき乱すのは、彼女が持つ武器と、駆け寄る前に聞こえてきた技の名前。
何を隠そう、彼はそのどちらともを知っている。
先端が紅色に煌めく長い斧槍『クイタス』と、敵として君臨した際に数多の無課金プレイヤーを葬った『リ・ヴィーラ』という高火力かつ、MP消費が少ない光属性の攻撃スキル。
それは正真正銘"ユディ"のものであった。
しかし、使っているのは完全に別人だ。1枚絵が何個もあり、目立つシーンを量産している主要キャラが持っているのならまだしも、そこに立つのはモブとしても全っ然記憶に残っていない人物。
そんな彼女の見た目を一言で表すなら、とても美しかった。凛々しい表情は大人びており、儚げな雰囲気を纏っている……それなのに色々とデカイ。
近未来を感じさせるような派手な色使いのレザー衣装は、露出なんかもちょっとばかし激しく、彼の視線も自然とそこに向かってしまうのも無理はないだろう。
少なくとも、こんな美麗なモブがいれば、ファンアートの1つや2つ描かれていても珍しくはないし、1回見たら嫌でも記憶に残る。
「逃げてください……ここは危険です」
そんな一切の情報もない彼女から、冷淡で感情を感じさせない声をかけられ、オトギはハッと我に返った。
何があったかユディはいない。けれども、魔物に襲われるというチュートリアル自体は、今まさにこの場所で繰り広げられている。どういったやらかしで彼女がユディと成り代わってしまったのか、それはかなり重要な事だが……考えるのは後回しだ。
この状況、主人公ならどうするか?
「っ……何を」
「こちらは俺が相手をしよう」
最初のツッコミからキャラを修正するのは少し厳しいんじゃないか、とか不安に思いながらも、ロールプレイを再開し、オトギは堂々と剣を引き抜いた。
「クソッ、しつこいな……」
必死に剣を振り回し、襲いかかる魔物達を次々と薙ぎ払う。ターン制のRPGだから、一体どうなるもんかと思っていたが……どうやらジャンルはアクションゲームへとチェンジしたらしい。
心配していた戦闘も、きちんと主人公の能力が引き継がれており、オトギ元々の運動性能とは比べ物にもならない。
何の説明もなしに始まってしまった故、スキルの使い方などは分からないが、かつて子供の頃に何度も妄想した、対テロリストの動きをもってすれば、非日常を歩んでこなかった彼でも、攻撃を当てたり避けたりするのは造作もなかった。
が、それを遥かに上回るチュートリアルとは思えない敵の数。斬っても斬っても底が尽きず、もはや物量だけでも押し切られてしまうほどだ。その癖、一体一体から血はバンバンと飛び出ており、獣臭さと混じり合うと、若干の気持ち悪さまで感じてくる。
そんな厳しい状態が続いており、謎の彼女を観察する余裕もない。
「おいおい……多すぎるだろ!! こんな序盤でサンドバッグにされてたまるかよ……!!」
苛立ち混じりの叫び声を放った瞬間、背筋に嫌な感覚が走る。顔を上げた視界の先、同じ魔物ばかりが特攻してくる中、群れの奥で何かが蠢いているのが見えた。
それは一際大きな魔物。特攻してくる奴を雑魚と呼ぶなら、あれは間違いなく違う。
全身に黒い影を纏い、背中から剣のように尖った長い触手が、なんと2本も生えている。それらが地面へと突き刺さると、地面の中から次々と魔物が生み出されていっていた。
「ボスすら変わってるって何事なんだよ……!?」
オトギは奥歯を噛み締めた。本来、ボスの登場はもう少し先だ。しかも元々登場予定だったボスとは比較できないほど、凶悪性に拍車をかけている。ゲームでも見たこともない雑魚を無限に湧かせ続ける、言わば王様的なボス……ゲームでもこういう「召喚主を倒さない限りエンドレス湧き」ってパターンは定番中の定番。もちろん「フォーチュン・アルカディア」でも何回か見たけれど、それにしたって登場があまりにも早すぎる。
奴をやらないと止まらない……だが頭では分かっていても、雑魚の圧倒的物量を前に、近づくのすら困難であり、剣を振るう腕はどんどんと重くなっていく。
「危ないっっ!!」
不意に聞こえた彼女の声。オトギは驚いて振り返ると、魔物の1匹が寸前まで迫っていた。なんとか身を翻し、攻撃は避けきったものの、体勢を崩してしまい、地面へ勢いよく頭がぶつかってしまう。
「うっ……ぁ……ぅぎ……」
視界はじわりと霞んでいき、意識がぼんやりと離れていく。なんとか踏ん張ろうともがくものの、その衝撃に抗えず、ゆっくりと、ゆっくりと瞼が落ちていく。
――嘘……だろ、俺、チュートリアルで死ぬのか……?
Tips【現絵 御伽②】
実際は高校生の頃くらいまではテロリストの妄想をしてた。




