第5話 死とは闇の中である
真っ暗闇な世界。ただ安直に、それ以外で表しようもなく、オトギは気づけばそこにいた。
散々目を凝らしても何も見えない道を、歩いているのか、それとも泳いでいるのか。変な感覚で、足がどうなっているのかすら分からないまま、とりあえず前へ前へと進んでいく。
ここを抜けたらチュートリアルの戦闘か……と、期待に胸を膨らませる反面、彼は緊張からか、少しばかり震え始める。あれほど意気込んで啖呵をきったというのに情けないことだが、この後の展開が近づくにつれて、心臓がバクバクと波打ち始めていた。この後――とある女の子と出会い、群がる魔物を二人でぶちのめしていく訳なのだが……。
「落ち着け……いや落ち着け俺」
女の子の名はユディ。
緑色のショートボブ、幼さを感じさせる見た目ながらも、しっかり者な側面を持ち、これから主人公について回る相棒役。元気ハツラツで可愛らしいキャラクターである。
ソシャゲにありがちと言ったところか、無口でクールな主人公にあてがうにはもってこいな存在で、故に人気が非常に高く、例に漏れず、オトギも好きなキャラの1人である……それどころか。
「2次元の推しが目の前にいて、かつ正気を保てって……考えてみるとなんつー拷問なんだこれは……」
そう、ただの好きではない。推しの1人、
更に付け加えるのなら、推しカプである。
いやだって、好きにならない方が無理じゃんね? とオトギは常々思っていた。物語最初から仲間になって、ほぼずっと一緒に居続け、力を貸し合う協力関係。クール主人公×元気っ子というテンプレながらも良さがあり、これもう嫁だろ……と言わんばかりの匂わせだって、公式で何回も見た。
過去には「あざとすぎw」だの「ロリコン乙」だの、ぬかすアンチとレスバしてボコボコにしたこともあるくらいには好き、と、はっきり言って彼は常人とは熱量が違う。
しかしあくまで、"主人公"との絡みが好きであり、何度も言うが、別に己がイチャイチャしたい訳でもない。可能であれば、今からでも主人公じゃなくて、彼らを見守るそのへんの壁に転生したい。が、残念ながら今の主人公は彼自身。
歯がゆい、とても歯がゆい。
あまりにも贅沢な悩みだった。現実のガチ恋プレイヤーに聞かれたら殺されてもおかしくない……既に死んでるけど。
「まぁ仕方ない……仕方ないよな」
ゆっくりと息を吐き、そして吸い込む。そうやって深呼吸を繰り返すが、それでもまだ緊張は収まらず、心臓は飛び跳ね続けていた。
顔を回し、辺りを見るも、やはり暗闇で何も見えないことを再確認。
この道もゲームであった、主人公が独白を挟むシーンとはいえ、誰かが見ている訳でもないなら今はいいか……と彼は頭を掻き、緊張をほぐす為、ロールプレイを一時解除。宙に両手を構え、目を虚ろにし、ポチポチと……エア携帯を弄り始める。
あぁ落ち着く……なんて彼は整いながら言うが、傍から見れば異常者……いや傍から見なくとも完全に異常者だ。これは仕事が忙しく、心が死んでいた時に彼が身につけてしまった忌々しいメンタル改善技である。これのおかげでどんな苦境に立たされても、その全てを受けいれ耐えてきた……周りの評価を犠牲にする、という代償付きで。
とにかくそんな感じで、現実であれば職質待ったナシの、人には見せられない惨めな姿で前へと進んでいくと――
浮かびあがった白い光を放つ穴、これこそ探し求めていた出口だろう。だが人が通るにはあまりにも狭く、それでいてかなり小さい。おそらく通れるのは一般的なネズミ程度が限界だろう……が。
「覚悟を決めるか」
その穴に何の躊躇いもなく剣をぶっ刺し、ガチャガチャとこじ開けると、途端に光が漏れだしていく。バラバラと音を立てながら暗闇は崩れ去っていき、眩き光が薄れていくと共に、ほんのりとした自然の香りが鼻へと入り込んだ。
何も見えない状況から一転して、彼が立っていたのは、プロローグ前に主人公が命を落としたであろう場所、連なった木々に囲まれた、森のど真ん中である。
「なるほどね……方向を示すってこういうことか」
彼の頭の中にうっすらと浮かびあがるのは、精巧な地図と、その中でマッピングされた箇所。
元が3Dモデルを使ったオープンワールドチックなゲームであるが故、確かにマップは大いに必要である。
「それが頭の中で無意識に浮かんでくるのは、ちょっと気持ち悪いけどな……」
せめて手元の地図でくれよ、と言いかけ、まぁ仕方ないかと割り切った。
気にしだすと余計に気分が悪くなるので、彼は他の事――物語のことを思い出す。
物語第1章――『皇帝』の時代。
神より分かたれ、成長し、悪神として君臨する者達との長きに渡る戦いが幕を開ける。
そして第1の悪神『皇帝』と戦うことになるこの場所は、全てが未発達な、古き時代であった。
魔法は存在こそしているものの、まだほとんど認知されておらず、人間に目を向けても、まだまだ成長段階と言ったところ。日本の歴史で例えるのなら、弥生時代ぐらいには初期の初期。
後々に行く事になる時代や別時間軸のことを考えれば、相対的に文化も、戦闘能力も、何もかもの水準が低い。
まぁ第1章なんて、他のソシャゲもそんなもんだよな、なんて笑いながら考えていると、木々の奥から二つの激しい音が響き渡った。
「くっ…………穿て、リ・ヴィーラッッ!!!」
1つは固い物同士、おそらく武器と何かがぶつかり合った鈍重な音。
そしてもう1つ、オトギにとって若干トラウマの技名を叫ぶ女の声。間違いない、これはユディだ。
「っと、早く助けに行かないと」
彼は無我夢中に走り出した。
己が戦えるのかとか、そもそも元のゲームはターン制の硬派なコマンドバトルだというのに、どうやって現実に反映しているのか、などの気になる疑問はたくさんあったが、こんな所でフラグを折ってる暇はない。
なによりも……確かに緊張はあれど、それと同じくらいには、2次元の推しを生で見れるのは楽しみでもあった。
さぁこの目で拝んでやるぜ、可愛い可愛いユディをな――
「おい!! 大丈夫……か……?」
慌てた彼の目に映り込んだのは、四足歩行で獣の風貌をした魔物達と相対する女の姿。
事前に思い返していた、木々と見間違えるような翠緑の髪の毛……ではなく、そこに居たのは真反対。燃え滾るような真っ赤な長い髪を揺らし、幼さなどは微塵も感じさせない大人びた美しき女性の姿。
「……あなたは」
「えっ、いやどなたっ!!?!?」
Tips【ユディ①】
実は攻撃力がトップ10に入るほど脳筋。




