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20話 既知にまとわりつく影

 これじゃ、と目の前にあるものを前にして、シプリンはその場に立ち止まった。里を出てからものの数分程度に位置するこの場所は、一見すると普通の森の中。ただ一点を除けば、という条件付きである。

 彼女が指を指した先――そこには、木々や地面がぐにゃりとねじ曲がり、浮き上がった巨大な裂け目があった。


「これって……」


 ユディが言葉を失うのも無理はない。その穴は、オトギや彼が使役するガチャ産シプリンが使用していた、異空間に繋がる青い入口と酷く似ているのである。


「妾達はこれを“フォロノス”と呼んでおってな、この中はよく分からん所に繋がっておる。見たこともない魔物も多く、更にはこっちに飛び出してくることもあって、危険極まりないんじゃ。何よりも――」


 彼女が手を広げ、奥の方へと視線を誘導すると……そこにはフォロノスと呼ばれた同じ裂け目が無数に広げられているのだった。


「これが自然に増えているのか、それとも誰かが増やしておるのかは分からぬが、日に日に数を増やしていっておる。無論減らす方法がない訳じゃないが、1度戦える者総出で殲滅を行なってみたものの、結果はこの通りじゃ……」


 肩を竦めるシプリンの声音には、どうにもならない現状に対する苛立ち、そして苦しみが現れている。


「……確かに厄介ですね」


 ユディは唖然としながらも、慰めの言葉を探すように視線を泳がせたが、結局のところ口から出たのは、現状を悲観するしかない言葉であった。


 オトギもまた黙って頷く。この展開は既知であったが、実際に目の前に突きつけられる現実の重みは別物だ。映像越しに見ていた時とは比べ物にならない迫力で、こんなものを主人公達は前にしていたのか、と更に尊敬の念が増してしまった。


「……まさかこれを全て対応しろというのか?」


 そして、本来はユディのセリフである疑問を、またもやオトギは肩代わりする。


「ふん、父上は知らんが、妾はそこまで期待しておらん。お主らには暫くここで数を減らしてもらう間、妾達は元凶を探すのじゃ。よってお主らが気にする事はない。それよりも中に入るぞ」


 シプリンが先頭に立ち、裂け目のひとつへと歩み寄った。

 フォロノスは淡く揺らぎ、そこから吹き出す風は冷たいのに、生ぬるい汗を誘うような嫌な感触を伴っている。ユディは唾を飲み込み、足を止めた。


「こ、これに入るんですね……」


「案ずるな、妾が先に入る。お主らは続けて来い」


 そう言い残し、彼女は躊躇なく一歩を踏み出した。次の瞬間、その小柄な体は青白い光に呑まれ、姿を消した。


「だ、大丈夫ですよね? 未来は問題ないですよね?」


「言っただろう、全て見える訳ではない。安全かどうかなど俺は知らない。だが彼女は入っていった、ならばついて行くしかあるまい」


 期待していた返答と違ったのか、ユディはただ小さく頷くだけであった。その悲壮感漂う姿が視界に映り、多少の申し訳なさを感じたものの、オトギは立ち止まることなく光へと踏み込んでいく。


 青白い膜が肌を撫で、視界がわずかに滲んだ。重さが外れるような感覚が一瞬走り、すぐに足裏へ硬い感触が返ってくる。


 そこに広がっていたのは、先程までの森ではない。薄く色の抜けた空、凹凸激しく、幾つもそびえ立つ壁のような崖。そして栄養が失われ、枯れた木々が転々とする大地。空気は乾いているのか湿っているのか判然とせず、耳の奥には風の音だけが途切れず続いている。


 記憶と変わらぬ光景に、オトギはわずかな安堵を覚えた。

 他の時代でも散々見てきた、この世界。魔物を生み出すという性質のせいで、どの時代でも最終的に元凶として立ちはだかる厄介な存在。

 その正体については、彼の知識にもなく、厳密に言えば物語の中でも明かされていない。

 残りのエピローグで語られることはあるのだろうか、と一瞬考えたものの、現実には戻れず、改変された世界の中にいる彼は、二度とその真意を知ることが出来ないだろう。

 あわよくば改変者が原作の設定をそのまま持ってきてくれることを願うばかりである。


「遅いぞ、何をしておる」


 既に進んでいたシプリンが振り返り、鋭い声を掛けてきた。

 その更に奥には、地面から浮かぶ黒い塊が鎮座している。ひび割れた宝石のような見た目、周りの空間を蝕むように、赤暗い光が辺りを照らしている。

 そしてその周囲を彷徨くのは、影を纏い、獣を象った魔物達。


「あれは……さっきのと似ていますね……」


「裂け目を生み出す核。そしてそれを守る番犬と言ったところじゃな」


 シプリンは腰に手を当て、武器を引き抜いた。ゲームとは違い、きっちりと手入れされた双剣。刃が空気を裂き、重苦しい雰囲気をわずかに切り裂く。瞳には迷いのない光が宿り、今にも飛び出そうとする気配を漂わせていた。

 ユディも遅れまいと背に負っていた斧槍を引き抜き、両手でしっかりと柄を握り込んだ。息を整えながら体勢を低く落とし、いつでも踏み込めるように身構えている。


 一方で、オトギの視線は僅かに揺れていた。

 先程の戦闘とは違い、目の前でコアを守るのは完全に見覚えのあるフォルム。展開は何一つ間違っていない。

しかし、その身体を覆うドス黒い影は、本来こいつらに取り憑くこともなく、拝むのはもっと先(・・・・・・・・)になるはずだった。


 ――違う、やはりこいつらは少し違う。


 臨戦態勢を取る二人の隣で、オトギだけがほんのわずかに首を傾げていた。

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