第2話 ようこそ世界へ
目を覚ますと、そこには見覚えのない天井がオトギを迎え入れる。身体を起こしながら、目を擦り、辺りを見回すと彼は更にギョッとすることとなった。
そこは薄い青色の世界。床も壁も天井も、全てが青くうっすらと光を放っている。例えるのであれば、水族館の水槽の中に放り込まれたかのような、淡く、綺麗な色ではあるものの、どこか不気味さは拭えない。
決して水の中という訳でもなく、地にはちゃんと足をつき、息を吸ったり吐いたりするには何も問題はなかった。
問題だけでは飽き足らず、その場には何も存在しない。
椅子や机などの生活道具、電気や空調などの機械設備、あろうことか、身にまとっていたはずのスーツすらも、文字通りそこには何も無かった。
どういうことだ……一体何があった? なんで俺はこんな場所にいる? というかなんで全裸……? と、自分に置かれた意味不明な状況に焦りつつも、彼は過去の記憶を懸命に手繰り寄せ、自分に起きた悲劇を思い出していく。
「確か俺は……」
ぼんやりとながら浮かんでくる最後に見た光景、そこには自分の人生史上、最も不幸な瞬間が映っていた。
サービス終了に絶望しながらも、きちんと交通ルールを守っていた彼の姿と、それに追い打ちをかけるが如く襲いかかる大型のトラック。全長は彼の3倍以上に長く、重量はもはや比べ物にすらならない鉄の塊が、勢い止まらず、彼めがけて突っ込んでいった。
その結果、両足が地上を大きく離れ、弧を描きながら空を舞うことになったのである。
「そうだ、それで俺は……」
おそらく……なんて言葉で濁す必要もなく、待っていたのは確実なる死。断定はできないが、少なくとも、あんなもんを全力でぶつけられた以上、ただの人間である彼が無事で済むわけがない。
しかしどういうことか、オトギは慌てて自分の身体をペタペタとまさぐってみたが、傷の一つすら見つけることは出来ず。むしろ生前、社会の荒波に揉まれまくった身体よりも、遥かに元気健康であった。
「…………嘘だろ?」
彼の頭をよぎるのは、生前にちょろっと考えていた"転生"という漢字2文字。
いやまさか、あれはフィクションの出来事であって現実で起こるはずもない……とはいえこの現状、大型トラックに轢かれたはずなのに怪我すらなく、謎の青い空間で目を覚ましました、っていうのは異世界転生と考えれば、強引だが辻褄も合う。
まだ信じきった訳ではないが、万が一、異世界転生であるのなら、本来するべき反応は狂喜乱舞して喜ぶべきところなんだろう……が。
「……どうして今……」
生前に散々吐いたため息が、性懲りもなく口からまた漏れる。確かに願ってしまったうえ、本来なら死んでいたと考えれば悪くはない。しかし、どうせなら大怪我を負っててもいいから元の世界に蘇らせて欲しい、というのは我儘なんだろうか。
これから歩むであろう新たな人生なんかよりも、『フォーチュン・アルカディア』の終わりを見届ける方が、彼にとって遥かに重要な事であった。
「クソッ……イライラしてきたな……」
この後の展開も読めている。
きっと神様か何かが出てきたと思ったら、転生を告げて別世界に飛ばされる。その後は追放モノか、それともチートモノか、悪役モノか、大方そんな感じで進んでいくのだろう。
それはそれで新鮮だし、前の凝り固まった人生よりも楽しいのは確実だ。それでも――
「最後くらい……フレンド達と見届けたかったなぁ……」
無情にも届かぬ願いを呟き、諦めかけた、その時。
空気が震え、青い世界に溶けるような声が響いた。
「ようやく目を覚ましたね、救世主」
どこからともなく耳に入り込んできた中性的な声。男と言われれば男だし、女と言われれば女でも別に違和感はない。
声の出処は完全に不明で、人もいなければ、前述の通り何も無いという状況は変わらずじまい。
異世界転生を裏付けるような、どう考えても不可解な現象。彼が今考えた予想通り、何者か分からない何かが彼とコンタクトを取ろうとしてきている。しかし……予想が当たった事よりも、そんなどうでもいい事よりも、その聞き覚えのある声に彼は自分の耳を疑った。
そんな……そんな都合のいいことがあっていいのだろうか?
でも、この声を忘れることは絶対に出来ない。
「何が起きたか分からないって顔だね」
優しい語り口調で、その声は言葉を紡ぐ。その言葉が、その声が、その口調が、その全てが、彼の頭の中には何百、何千と刻まれている。
「我が名はファトゥム、運命より出でし者」
そう、そして次のセリフは――
「「世界を救う為、手を貸してくれ、救世主よ」」
被せるように呟いたその瞬間、確信する。
この世界は――
「フォーチュン・アルカディアの世界だ…………!!!」
Tips【大型のトラック】
一般的に車両総重量が11トン以上、最大積載量6.5トン以上のトラックの事を指す。オトギがぶつかったのも、ちゃんとコレ。




