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19話 主人公は平気で嘘をつく

「いいか、妾のことはシプリン様と呼ぶんじゃ! 礼を働けば、その舌を引き抜いてやるからのぉ」


 開口一番から放たれた高慢な宣言に、ユディは思わず顔を引きつらせた。案内役として任されたのが、この少女だという現実を突き付けられた瞬間、不安の波が胸の底からじわじわと押し寄せてくる。声色も態度も威圧的で、まるで家来にでもなったような気分。これからの道中を共に過ごすことを思えば、先行きの暗雲が否応なく濃く見えてくる。


 しかし、里長の決定に逆らえる者など、どこにもいなかった。二人の旅人を完全に信用したわけではない。それでも、兵士たちは最後まで疑わしげな視線を投げかけながらも枷を外し、武器を返すと、各々の持ち場へと戻っていく。村人たちも口々に不満を漏らしながら散っていき、渦を巻いていたざわめきはいつの間にか途切れている。数分前まで怒号と罵声に満ちていた広場は、今では嘘のように静まり返り、そこに残ったのは三人だけであった。


 アドゥルも既に去っていた。去り際に「里のためにもよろしく頼む」と言い残し、逞しい背中を振り返ることなく遠ざけていった。長きにわたり里を治めてきた者の声だけに、その響きはなおさら深く胸へ残る。


「よ、よろしくお願いします……シプリン様?」


「それで良い! そこの黒服も言ってみるがよい!」


「よろしく頼む」


「言わんかっ!!!」


 広場に響き渡ったシプリンのノリツッコミ。そのやり取りを目にしたオトギは、ほんのわずかに胸を撫で下ろす。戦闘外の性格はゲームと全く変わっていない。短い間にも様々な改変を経験してきたが、彼女の忙しなさは健在のようだ。ガチャで引き当てた彼女とも寸分の狂いもない。


 先ほどまで姿を見て、会話すら交わしていたのに、今は初対面扱いになっているというのも不思議でならないが、その矛盾を掘り下げるのは今ではない。オトギはそう判断し、考えを胸の奥へと押し込めた。いずれ検証すべき時は来るのだろうが、今は流れを乱さぬ方が賢明だ。


「全く……不躾な奴じゃ。まぁよい、どうせすぐに妾の偉大さを知ることになるわ」


 誇らしげに言い放つと、シプリンは顎で道を示し、すたすたと村の外へと歩み出していく。人を導く気など微塵もなく、自分こそが物語の主役であると信じ切った足取りである。後ろを気にする素振りすらなく、まるで「ついて来るのが当然」とでも言いたげだ。


 オトギとユディも無言でその後に続いた。空になった広場を抜ける際、戸口の隙間から住民たちの視線が覗いている。敵意というより、怯えと猜疑心が入り混じった視線だった。彼らの目は「よそ者が里の問題を解決できるのか」という期待と不安の入り混じった揺らぎを映している。そんな重い空気を背に受けながら、三人はそのまま村の外へと歩を進めていった。




「説明してください、オトギさん」


 不意にユディが、横にいたオトギへボソリと声をかけた。怖々とした表情には、世間話をしませんか? などという軽さとは程遠い。深刻、とても深刻だと訴える迫力を孕んでいる。今にも縋りついてきそうな目を向けられて、オトギは居心地の悪さを覚えた。


 ユディが聞きたいのは十中八九シプリンのこと……いや、この奇妙な力についてだろうとオトギは察していた。しかし、何を言えばいいのか。嘘をつくか、真実を明かすか。選択肢を頭の中で並べてみても、どれも行き止まりにぶつかるばかりだ。


 助け舟を求めようにも、当のシプリンは先頭を鼻歌交じりに進んでおり、後方のやり取りにはまるで気がついていない。


「……なんだ」


「なんだ、じゃありません。説明してくれると言ったじゃないですか」


 ユディの抗議に、オトギは内心で苦々しい思いを噛みしめる。そういえば、確かに軽く口にしてしまった気もする。だが、その場しのぎの一言に過ぎない。


「……何を勘違いしているか分からないが、別人だぞ」


「そんなはずないでしょう!? イントネーションが全く同じでした! 絶対です!」


 力強く断言され、オトギは心の中で深く頭を抱えた。いや、どこを気にしているんだこいつは、耳が良すぎるにも程があるだろう。そもそも説明しろと言われても、当の本人でさえ理解できていない事を、どう説明すれば納得するというのか。


 これはゲームの設定……却下だ。そんな説明して納得するはずもないし、仮に納得されてしまったらそれはそれで困る。かといって、事実を隠したままではいずれ信用を失うし、どう言えばいい。どう言えば彼女の不信感を買わずに済む、どうすれば――。


 思考の迷路をさまよった末、オトギの口から咄嗟に飛び出したのは、予想だにしない言葉だった。


「……俺は未来が見える」


「えっ?」


 唐突な告白に、ユディは目を丸くした。同時に、オトギ自身も驚愕する。自分でも制御できないほど強烈な嘘を吐いてしまったと、胸の奥を鷲掴みにされるような感覚が走り去る。


「無論、全てという訳ではない。見えない未来も当然あるし、かなり先まで見える訳でもない」


 吐いてしまった以上、もう引き返せない。オトギは必死に頭を回転させ、嘘へどんどんと肉付けしていく。


「俺は未来で仲間になる者を……使役することが出来る……みたいだ。原理は分からないがな」


 口にした瞬間、内心で盛大に頭を抱えた。盛りすぎ、強すぎ、どんだけチート能力だって話だ。

 しかし不思議としっくりくる部分もある。実際、考えてみると、ガチャのシステムに近いんじゃないだろうか?

 そう思うと、まさかガチャの仕組みを、ゲーム世界の住人に向かって説明する日が来るとは思わなかったが。


「君を助けたのも、先程手を出すなと言ったのも、全て未来が見えていたからだ。どうだ、理解したか?」


 行けるか? いや、やはり苦しいか? オトギはユディの反応を窺う。その間は心臓の鼓動が耳にまで響いてくるようだった。


「……凄すぎます。そんな凄いなんて!!」


 ユディは感嘆を隠せず、瞳を大きく輝かせていた。

 どうやら、こんな胡散臭い嘘をあっさり信じ込んでしまったらしい。そこだけは元のユディと一緒なのか……とその純粋さに安堵する一方で、呆れを通り越して言葉を失う。

 向けられる真っ直ぐな視線が居たたまれず、オトギは小さく目を逸らすことしか出来ない。



「何をやっておるんじゃ! はようせんか!!!」


 シプリンが振り返り、眉を吊り上げて怒鳴りこむ。その声で二人はようやく立ち止まっていたことに気づき、慌てて彼女の元へ駆け寄っていくのだった。

 




Tips【ユディ赤②】

記憶を失っている影響もあり、知識レベルは元のユディと同等である。大人な風貌な分、ガッカリ感が増している、

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