第18話 加入は劇的な出会いと共に
オトギはただその男を見据える。
ここまで色んな改変を見てきたが、小さく可愛くて人気なシプリンが、まさかこんな雄々しい男にされてるなんて――と、悪ふざけはやめにして、オトギは目の前の厳つい男に目を向ける。
そこに立つのは完全なる別人だった。
見た目は微塵も彼女の要素を感じさせない、何よりそもそも性別が違う。とはいえ、ガチャで引いてなければ、本当に性転換だと勘違いしてた可能性もあるけれど、流石に気づきそうでもある。
例によってコイツも見たことがなかった。その見た目は、お世辞にもユディと違って人気が出そうなデザインとは到底言えない。
彼が里長というのは間違いないだろう。それは周りの人を見ればよく分かる。尊敬の眼差しを向ける者、オトギらよりも怯えた目線を向ける者。兵士や村人の態度は、彼の莫大な存在感を裏付けていた。
「アドゥル様。こいつらが先程報告した、不審な格好の二人であります!!」
兵士は里長の前で膝をつき、必死に声を張り上げる。彼らを捕らえる事に至った経緯、怪しい服装のこと――要点だけを並べるように淡々と告げていく。
その一言一言に呼応するかのように、周囲の村人たちが「やはり怪しいぞ」「悪魔の使いだ」とざわめきを増していく。押さえつけられたユディは必死に声を張り上げ、何とか否定しようとする。だが、枷に縛られ、身振りも封じられているせいか説得力を欠き、群衆の声にかき消され、誰一人耳を貸そうとはしなかった。
「ガーーッハッハッハ!! たしかに怪しい格好をしておるのぉ!」
報告が終わるや否や、耳を傾けていたアドゥルと呼ばれた男は、腹の底から豪快に声を放った。
その一声は広場全体を震わせ、兵士の言葉など容易くかき消してしまう。ざわめきかけていた群衆の声も一瞬で止み、視線は全て彼ひとりに集まっていた。
「アドゥル様、如何なさいますか!!」
「まぁ待て、早まるでない」
慌てた兵士を大きな手で制しながらなだめると、彼はジッとオトギらを見据え始める。そこからすぐに目を離すと、村人の方へ身体ごと向き直った。
「こやつらが何かしていたのを見た者はいるのか? いないだろう。服が怪しいとだけで元凶と決めつけるのは、賢いと言えんのう」
静まり返った広場に、アドゥルの声だけが響き渡った。説教を食らった子どものように、村人たちは互いに顔を見合わせ、何も言えないままでいる。
その野蛮な見た目からは想像もつかない理知的な発言に、オトギはほっと胸を撫で下ろした。
見た目通りの性格であれば、村人たちの熱気も相まり、今頃、牢に突っ込まれていてもおかしくはなかった。けれども、豪胆な性格とは裏腹に、冷静さもきちんと備えているようだ。元のシプリンしかり、里長にはその位の度量が必要なのかもしれない。
それよりも――どうやらアドゥルは、メインストーリーにおけるシプリンと全く同じ役割を担っているらしい。
オトギは展開の変化を警戒して身構えていたが、今のところ流れに乱れは見られない。それゆえ、なぜわざわざ改変する必要があったのか、改変した結果これがどんな意味を持つのか、まるで見当がつかないでいる。
当のシプリンの姿も依然として現れず、オトギの胸中には「まさかガチャのせいでバグったのか」という疑念だけが残っていた。
「し、しかしアドゥル様……」
「分かっておる。旅の者よ、すまないが、今この里は少々面倒事を抱えておってな、怪しい者を野放しでは民が納得しそうにもない。故に2つの選択を挙げさせていただこう」
アドゥルは人々に聞かせるように、あえてゆっくりと声を響かせる。気まずさから散り散りとなった視線は、その一言で再び彼に集中し、張り詰めた空気が再び漂いはじめた。
「武器を持っているところを見るに、お主らも多少なりは戦えるのじゃろう。それを見込んで一つ。今、里を騒がせる厄介ごとの処理を手伝って欲しい。それがお主らをこの里に置く条件だ」
広場に小さなどよめきが広がる。納得したように頷く者もいれば、不安げに眉をひそめる者もいた。
「そしてもう一つは――黙ってこの里を去ること。悪いが、今よそ者を歓迎する余裕もないのでな。さぁどうする?」
その言葉に、群衆は再びざわついた。だが里長の言葉には誰も逆らえず、結局は小さく頷く声が広場のあちこちで漏れるだけだった。
オトギは静かに息を整える。ここにもまだ変化は出ていない。
ユディからすれば、歓迎されていない以上、ここに長居など死んでもごめんだろう。だが、本家でお節介を発揮して、協力すると答えるのは、元は彼女の役割だ。
ファトゥムもここに向かえと言っていた以上、確実に悪神はこの場にいるはず。その為、何もせず離れる訳にはいかない。
しかしやはり、物語を進める上で、悪神に取り憑かれる予定のシプリンの姿はどこにも見えない。群衆の中では紫髪というのはかなり目立つはずだが、オトギの目には映らなかった。
――まさか本当に……。
もしもガチャで引き当ててしまった事により、ストーリーから消え失せ、代役が立てられてしまったというのなら、それは彼にとって今後のガチャ禁を意味する事になる。
メインストーリーがモブだらけになって喜ぶ奴など誰がいるだろうか。このままストーリーを辿れば、取り憑かれたアドゥルと最終戦闘になってしまう。ただでさえ改変されておかしくなっているというのに、これ以上余計なことをしないでくれ……とオトギはため息を吐いた。
視線を前に戻せば、アドゥルが「答えはまだか」と言わんばかりに目を光らせている。アドゥルだけではない。離れた村人たちも、横にいるユディまでもが、どうしますか? と言った感じでオトギを見つめていた。
これ以上待たせることも出来ず、彼は胸の奥で疑問を飲み込み、言葉を返した。
「……いいだろう。協力しよう」
「えぇっ!?」
その答えに、広場が揺れる。ユディは驚き、アドゥルは豪快に笑い声を響かせ、両腕を組んで満足げに頷く。
「ガーーッハッハッハ! そう来ると思っておったわい。ワシの目に狂いはなかったな。善は急げだ、付き添いを早速呼ぶとしよう! ――おーい、バカ娘ぁぁぁぁぁあっ!!」
アドゥルの大喝が村中を走り抜け、人々は思わず肩を竦める。鼓膜が破れそうなほどの声量に、耳を塞げないオトギとユディは顔を歪めるしかなかった。
しばしの静寂の後、遠くの路地から甲高い声が響く。
「誰がバカ娘じゃ! 父上であろうと許さんぞ!!」
人垣を割って飛び込んできたのは、紫髪のツインテールを翻す少女。胸を張り、顎を高く掲げ、群衆をかき分けながらも広場へ歩み出てくる。
――なるほど……ストーリーに加入する役割が入れ替わった……つーか娘って事は、この男……そういうことか。
「なんじゃ? こやつらは? ……それより父上、一体何のようじゃ、妾は忙しいんじゃぞ」
「武器の手入れに数時間もかけるのはいい加減にやめんか……それより紹介しよう、わしの娘のシプリンじゃ」
その名が告げられた瞬間、ユディは思わず声を漏らす。
「シプリンって……え?」
「後で話す。今は聞くな」
オトギの言葉に、ユディは短く頷いた。彼がそう言うなら、と納得するほかなかった。
一方でアドゥルは群衆を見回し、娘へと向き直る。
「シプリンよ、こやつらには例のアレを解決してもらうつもりである。お前が付き添い、共に行動せよ」
「妾が? ……全く、父上は人使いが荒いのぉ」
大げさに肩を竦めながらも、シプリンは腰に手を当て、オトギとユディをじろりと見据えた。紫の髪が光を受けてさらりと揺れ、二人を値踏みするような視線が突き刺さる。
「だが――父上がついに腰を上げ、こやつらに解決を任せるつもりならば、妾も付き添ってやらぬわけにはいくまい」
そう言って唇を吊り上げ、挑発的な笑みを浮かべる。
「よかろう、妾が同行してやる。ただし――」
今度はさらに一歩踏み出し、二人の目の前で細めた瞳を突きつけた。
「そこの間抜け面の旅人ども、妾の足を引っ張るでないぞ。無様を晒したなら、その場で置いていってやるからのぉ」
吐き捨てるように告げると、少女は群衆を背にして踵を返し、堂々と二人の隣へと並んだ。その姿には、嫌味を口にしてなお揺るがぬ自信と、気高さが滲み出ている。
Tips【アドゥル①】
彼の声は120デシベルまで出せる。これは飛行機のエンジンと同じレベルである。




