第16話 ありがちは拒否したい
ソシャゲにおいて、数字というのは至る所に使われている。
キャラクターのレベル、能力値、スキルの倍率、プレイヤーのランク、それにスタミナなど、上げればキリのない数々であるが、不思議とプレイヤーはそれをサラッと受け入れている。
なんなら、学生時代は数学なんて嫌いだったはずなのに、嬉々として与えるダメージ、受けるダメージ、行動速度。こんなややこしい計算を解き始めるやつだっている。全てオトギの事だ。
そんな彼とて万能ではなく、流石にキャラクター1体1体の倍率や数値そのものを覚えている訳ではない。
何も見ずどのくらいのダメージを与えられるのか、なんてのを推測をするのは到底不可能であり、せめてステータスやバフの倍率を確認しなければ話にならない。
「嘘だろ……」
彼に課されてしまったのは『ステータス確認不可』という呪いだった。厳密に言えば、ただ出来ないというだけで、ガチガチの呪いなんかではなく、この先仮に凄腕の聖職者を仲間にしたとしても、この状態を解除するということは出来ない。
即ち、自分も彼女らも、レベルがいくつなのか、そもそもゲーム通り、レベルという概念が存在するのか、何一つとして確認のしようがないのである。
――いやレベルはあるはず、じゃなきゃこれの理由がつかない
そう言って彼は、青い世界の箱に入れられていた一冊の本を手に持った。どうやらあの箱はアイテムボックスのようで、敵を倒す度に中身が増えていっているのを先程確認した。魔物の素材も増えていき、異臭を放ちそうな勢いだったので、それ以上の確認はやめて蓋をした。
取り出した本……といっても、大した分厚さはなく、学生が授業で使うノート程度しかない。中身はビッシリと文字が書き連ねられており、異世界言語なのか、よく分からない文字列で、彼には到底理解できなかった。だがそれが何に用いるものなのかは、人一倍には分かっている。
「改めて考えると不思議なもんだよな、こんなんでレベルが上げられるなんて」
魔闘記――いわゆる経験値素材である。
キャラクターのレベルを上げるには二つの方法があり、1つは敵との戦闘をする事。しかしこれで入ってくるのは精々スズメの涙程度で時間効率もかなり悪い。メインは経験値本、これが必要個数あれば育成なんか10分もかからず終わる。
他のゲームだと飯、機械、何かのコア、と世界観に沿った奇抜なものも多いが、やはり紙媒体のイメージが強いのは、それほど多くに採用されているということだろう。
現在、彼が持つのは、3級魔闘記。名の通り、最底辺の経験値素材。得られる経験値量も微々たるものであり、初心者ならまだしも、中級者からは意図的でなければ手に入れるのすら難しい。
そんな散々な素材ではあるが、今のオトギにとって命綱と言っても過言ではない。
今は全部で9冊。先程試しにパラッと読んだら、使用することが出来たのか、サラサラと消滅していったのも含めると10冊である。1人に全てを投入すれば、レベルキャップである20レベにおそらく到達するはずではあるものの、それはあくまでレベル1から数えてという場合のみだ。
――1つも無駄にしたくない……。
良いふうに言えばエコ、悪いふうに言えばケチ、といった考えの元、誰に投入すれば、雑魚狩りやこの後の展開を楽できるのか、彼は非常に悩んでいた。
現状での火力やスキル、その他性能も踏まえれば、彼女ら2人のどちらかに特化して注ぎ込むのが合理的。
だがしかし、素性不明でドラ○エのキー○ァが如く離脱イベントを挟む可能性のあるユディと、もう既にレベルキャップに到達してるんじゃね? と思わせる強さのシプリン。彼女らに使うのはリスキーでもある。
じゃあ自分に使う……ゲーム的に考えれば、主人公は弱すぎてパーティから最序盤に剥がされる存在。ターンバトルでなくなっただけマシかもしれないが、自分に経験値全ツッパは明らかに非効率。
このように誰をとってもリスクが付きまとう現状に、人生においても重要な決断を避けてきた優柔不断な彼は、決めきることが出来なかった。
――ま、まぁ……詰まったら考えればいいか。
そうして結果決めることなく、悩んだこと自体かなり無駄な時間だった、と考えないように青い世界に本を戻そうとした時、ぐうたらと寝そべるシプリンと目が合った。
「のう、オトギや。妾はさっきのアレが食べたいぞ」
「ふざけんな、もう二度と手に入らないと思っとけ」
シプリンはずっと気になっていた、あの色鮮やかな謎の石。見た瞬間から胸の奥をざわつかせるような、妙な衝動に駆られた。
気味の悪い光を放ち、どう見ても食べ物ではなかった。だが抑えきれず、つい喰らいついてしまったのだ。
口にした瞬間、広がったのは驚くほど柔らかな舌触り。まるで上質な肉のようで、同時にまろやかなコクが舌を包み込む。一瞬で彼女の身体は熱に満たされ、骨抜きにされてしまった。
それが実は「凸」を進めるための名状しがたいアイテムだとは知る由もない。ただただ、もう一度あの味を欲して、シプリンはオトギへと迫る。
「ふん、妾は分かっておるぞ、そなたの懐にある物を使えば、手に入るとな!」
彼は隠すも時すでに遅し、シプリンの眼光は既にその小さきガチャ石に狙いを定めている。
「誰が渡すか。これはお前が考えるよりも遥かに大切――は?」
言葉を言い切る前に、白い指先がするりと伸び、オトギには捉えられないほどのスピードで、石はシプリンの手に渡っていた。
幾つも零れた石の前で、2人は睨み合う。
「ふざけるな、返せ」
シプリンがチラリと視線を外した瞬間、オトギは反射的にガチャマシーンの投入口の前へ躍り出た。そうしてそのまま、両手と全身を使って塞ぎ込む。
「無駄だ。ここは通さない」
「ふん、そうか……ならば仕方ない。妾はこれを捨てることにしよう」
吐き捨てるや、シプリンは空間を切り裂き、外の入口を発現させると、軽い身のこなしで飛び出ていった。
「はぁっ!? ふざけんなっっ!!」
慌てて彼も後を追う。実際、何かで繋がれた状態は変わっておらず、そう遠くに離れることはできないのだが、オトギはそれを忘れ、勢いよく外へと踊り出た。
湿った空気が肌にまとわりつく。枝葉の隙間から光が漏れ、落ち葉を踏むたびに鈍い音が響く。シプリンの姿を見失わないよう必死に走り抜けると、ひやりとした風が頬を撫で、次の瞬間、視界がぱっと開けた。
オトギは足を止め、息を呑む。
彼の目に入ってきたのは、一糸まとわぬ姿で水浴びをしていたユディだった。
「お、オトギさん……?」
プルプルとした悲鳴が水面を震わせる。ユディは顔を真っ赤にして、勢いよく振り返った。
「ち、違う、今のは――!」
必死に声を張るオトギの言葉を、乾いた音がかき消す。ぴしゃり、と頬を打つ鋭い張り手。
衝撃で身体ごと吹っ飛ばされ、オトギは地面を転がった。背に土の冷たさが広がり、肺から情けないほど大きな息が漏れる。
「最ッ低です!!」
怒声を残し、ユディは水しぶきを散らしながら森の奥へ駆け去っていった。
取り残されたオトギは頬を押さえ、土に寝そべったまま呆然とその背を見送るしかない。
そこへ木々の隙間から、ひょいと顔を出したシプリンが小声で言った。
「……あー……すまんかったの」
気まずげに視線を逸らしながら、彼女は持っていたガチャ石をオトギの手に返す。冷たい感触が掌に散らばり、オトギは天を仰いだのだった。




