第14話 興味無いやつに限って神引きするよね
もはや見慣れた青い世界……じゃない。
壁にかけられた本棚に、何度か見た浮かんだ鎖、そして一番印象に残るのが、とてつもなく大きく、何の素材で作られているのか見当もつかない箱。それが四つもある。
最初に来た時の何もない状態が懐かしく思えるほど、その場には物が溢れかえっていた。
それらが何なのか分からない。けれどもユディを待たせているため、調べるのはまた後にしようと、オトギは地面に座り込むと――
「1、2、3…………」
「何をしとるんじゃお主は……」
記憶の欠片がいくつあるのかを数え始める。
今どれだけ持っているのか、その把握すら人力なのは、やはり現実は手厳しいということだろう。こんな細かな石を数える苦行、仕事であれば死んでも御免だが、ガチャを引くためなら話は別だ。
しばし数え続け、途中には嫌々なシプリンの協力も得て、数え終わったトータルは――
「約450個、たった3連かぁ……」
ここまで苦労したというのになんとも渋い結果だった。
よくある広告の○○連無料とかまでは言わないが、せめて初心者ミッションか、ログボくらい寄越せ、と叫びたくなる。しかし、それを聞き入れてくれる運営はどこにもいない。
それでも、ガチャ装置はきちんと用意されている。無駄に立派な浮かんだ鎖の横には、ご丁寧に欠片の投入口まで設けられている。特に複雑な操作も必要なく、ただ預ければいいという、コインゲームを思い出すような作りだ。
だが、オトギの手はその投入口の前でピタリと止まってしまった。
――ほんとに今、引いていいのか?
聴こえてきた己の声に、再度脳裏をかすめたのは、これまで幾度となく繰り返してきた爆死の歴史。
「10連ならまだしも、3回で神引きなんてあるわけない」
「ここで外したら次引けるのはいつだ?」
「いや、でも別に10連も当たらないぞ」
理性と欲が、ぐるぐると頭を駆け巡る。
あのガチャを引く瞬間の高揚感は、理屈では抗えないほど強烈だ。だがそれと同時に、スッカラカンになった虚無感もまた、何度も経験してきたはずだった。
拳を握りしめるたび、欠片がカチカチと音を鳴らす。それはまるで「さあ、決めろ」と迫ってくるようで――オトギは小さく唾を飲み込んだ。
決めろ……決めろ……決めろ――
「――まどろっこしいのは嫌いじゃ」
ドンッ!
横からシプリンの手で叩かれると、オトギは持っていた欠片を全て手放してしまった。
「ぎゃぁぁぁぁああああぁぁああああ!!?!!」
痛みを感じる間もなく、手からこぼれた細かな石が、まるで磁石に吸い寄せられる鉄粉のようにスルスルと投入口へと流れ込んでいく。
カチカチと不規則にぶつかり合う音が耳に残り、最後のひとかけらまできっちりと飲み込まれていった。
やがて、装置の奥でゴウン、と重厚な音が響き渡る。
青い空間全体が脈打つように揺れ、光の筋が鎖を伝って走り出す。
気づけば再び、鎖が大量に浮かんでいた。
「ほれ、さっさとやるがよい」
シプリンが涼しい顔で促す中、オトギは膝から崩れ落ち、ただ浮かぶ鎖を眺めているのだった。
「早くせんか、いつまで悩んどるんじゃ!!」
気づけばもう二回も鎖を切ってしまっていた。残るはあと一回、最後の一振りで奇跡を起こさねばならない状況に、オトギは顔を青ざめさせながらも必死に吟味する。
二回分の結果はというと――プレイ初期でも使わないようなゴミ同然のアクセサリーと、まだギリギリ使えなくもない火力上昇のネックレス。物欲センサーはバリバリ起動中。
震える手は剣を握りしめ、口は勝手に乾いていく。これで外れたら終わりだ。残るのは虚無、後には絶望しかない。覚悟を決め、がっちりと剣を握りしめる。
いよいよ、後がない三連目――。
オトギは深呼吸をし、何度も鎖を見比べ、まるで人生を左右する決断のように慎重に選び抜く。たった数秒のことなのに、心臓は耳をつんざくほどに打ち続け、額からはじっとりと汗が滴り落ちる。
「これだ……これしかねぇ……」
ついに決めた。そうして選んだ鎖の前に立ち、覚悟を決め、剣をゆっくりと、確実に振り下ろす。
「来いっ…………来ぉいっ……!」
某ギャンブル漫画の主人公よろしく、ざわ……ざわ……と幻聴が耳にまとわりついてくる。それらを振り払い、ただ懸命に彼は祈り続けた。
中央へとモヤが集まっていく。だがその色は変わらず、虹色はおろか、黄色にすらなりはしない。
「……あ、終わったな」
膝から力が抜けていく。そうだ、たった三連で引けるわけがない。引けないからこそ、これまで散々課金してきたのだ。このクソッタレ、後先くらい考えろ、と彼は心の中で自らを蔑んだ。
……何はともあれ終わりだ、解散解散――と、その時、ふと気がついた。
集まるモヤが、妙に多い。いや、多すぎる。
「ん……? いや待て、これ……多い? 絶対多いよな!?」
確定演出最地味で賞、最優秀賞。ゲーム画面であれば気が付かない人も多いこの演出、“ちょっとモヤが多い”。なんでこんなの追加したんだと、オトギは言いたくなった。
だが今はそれすらどうでもいい。
今度は逆に心臓が跳ね上がっていく。絶望から一気に希望へ、暗闇に光を見つけたかのように、脳内のBGMが勝手に切り替わる。
「なんだ、何が来るんだ?! アタッカー以外、アタッカー以外で頼むっ!!」
切実に、ただそれだけを願い続ける。理想はアイツ。いや多くは望まない。シプリンのように性能が変わっている可能性だってある。もはや誰でもいい、回復出来れば尚最高、そうじゃなくてもいい……頼む!!
期待で喉奥が焼けつき、呼吸すらうまくできない。中央の光が膨らみ続け、視界を覆い尽くしていく――
「あっ、戻ってきたんですね」
休むユディの目の前に、青い空間が再び開いた。その奥からシプリンと呼ばれていた黒いモヤと、彼が何事もなく帰ってくる。
モヤの言葉は彼女には分からない、ゴモゴモと言ってるだけで、正確に聞き取る事は出来ない。しかし雰囲気だけなら何となくだが察することも出来る。
空間に入っていく前、モヤは「モゴモゴオ"オ"オ"」と怒る感じで吠えていたが、心做しか今は気分が良さそうにも見えた。そして対照的に、彼はだんまりを貫いている。
「あの……どうかしましたか……?」
「……いや、なんでもない。すまなかった、進もうか」
その言葉の節々から感じるどんよりとした重みに、間違いなく彼が落ち込んでいるのは分かるのだが、その理由は彼女には分からない。
――何があったのだろう……?
「美味じゃったのぉ」
シプリンは口の中に残る最高な感触を思い出し、満足気に余韻に浸っていた。一方オトギは肩をガクりと落とし、急速に老けかえった顔をしている。
ドウシテ……? ナンデ……?
確定だったはずなのに、新キャラでも、星5アクセサリーでもない。モヤの先に浮かんでいたのは、鮮やかな色を放つ石。見た瞬間分かった、そして自分の運が如何に歪んでいるのかも理解させられた。3連を引いたはずなのに、手元に残ったのは実物は2つだけ。
「まさかダブるなんて……」
項垂れながら生気を失っていく彼の横で、
「また食べたいのぉ」
と呑気に、ちょっとだけ強くなったシプリンは呟くのだった。
Tips【凸素材】
フォーチュン・アルカディアの最大凸数は5凸。1体引くのに80連必要、すり抜けありなので最大160連。
つまり母体と5凸当てるのに最大で――これ以上はやめておこう。




