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第12話 二次創作最大のタブー(人によりけり)

「んんっ……あーあー……怪我は大丈夫か?」


 オトギは出番のなかった低い声にチューニングを済ませると、未だ座り込む赤髪の彼女に手を差し伸べた。当の彼女は少し怪訝そうな顔を向けたが、差し出された手に応じて立ち上がる。


「ありがとうございます……大した怪我ではないので気にしないでください……」


 本当に大丈夫なんだろうか。見たところ、普通の切り傷なんかよりは、遥かに大きく裂かれている。けれども本人はあまり痛がってる様子もなく、血もとうに止まったのか、その肌は乾いており、当人の言う通り大した怪我ではないのかもしれない。


 念の為確認しようにも、ゲーム世界の住人であるシプリンは「寝る」とだけ一言残し、青い空間へと戻って行ってしまっていた。


 まぁゲームだったら確かにバンバン死にかけるしな、と、これから訪れるであろう、主人公に降りかかる厄災に身震いしつつ、この世界の常識がどの程度か分からないため、これ以上口に出すのは控えることにした。


 そうして気にすることなく、彼は軽く息を吐き、目線を彼女に向けたまま言葉を続ける。


「聞きたいことがある」


「……はい? ……なんでしょうか?」


 オトギは一瞬、言葉を選ぶように間を取った。確認したいことは山のようにあるが、まずは聞くべきは最も基本的なことから。


「君の名前を教えてくれ」


 初対面であるならば、まず1番に聞くのはやはり名前だろう。なんて呼べばいいか、というのはコミュニケーションをとる上で最も大切だ。学生時代には微塵も気にかけていなかかった事だったが、社会に出た際に嫌という程理解させられた記憶がある。


 彼女はゲームのキャラではない。どっかの誰かが産み出した妄想の産物であり、当然名前を知っているはずもない。

 原作のキャラクターはラテン語かなにかで統一されていた気がするが、二次創作の彼女にその法則は適用されず。見た目こそ、主要キャラに劣らず美しい彼女だが、妄想主のセンス次第で酷い名前だということも全然ありうる訳だ。


 ――しかし、どんな名前でも覚悟は出来てる。さぁ来い!

 

 赤髪の少女は少しうつむき、髪が頬にかかる。

 風が通り抜け、静まり返った森の中に、しばしの間だけ沈黙が満ちた。彼女は軽く唇を開いては閉じ、まるで言葉を選ぶように小さな間を置いた。


 やけに勿体ぶるなと思った後、彼女はためらいがちに口を開いた。


「えっと……ユディ……だと思います。今思い出したので曖昧ですが……」


 静かな声色に、オトギの背筋がビクリと震えた。


 ――は?


 耳を疑った。彼女からありえない名前。今なんと言った? まさか「ユディ」なんて名乗ったか?


 いやいやいやいや!!! そんな訳ないだろ!!!! 流石にそれはライン越えだぞ!? と、叫び出したい欲を抑えて、引き攣った笑顔で平静を装う。


「……あー、その……曖昧ってことは、ユディ“っぽい”名前、ってことだよな? ユディーネとか、ユディシアとか、ユディアスとか」


 信じたくないあまり、必死に幾つものそれっぽい候補を出してみるものの、当の彼女はきょとんとした表情で首を傾げている。


「いえ……ユディ、だと思います。そう呼ばれていた……気がしたので」


 オトギはその場でガクンと膝を折った。

 よりによって“それ”かよ!?  と心の中で盛大に机を叩く。ただでさえマイナス100点だったこの世界が、急にマイナス5億点レベルまで心象が急降下。

 原作キャラ削除という暴挙に加え、あまつさえ消したキャラの名前をそのままパクる!? なんていう蛮行だ……創作者の風上にも置けやしない……。


「良かったなぁ……俺が現実に戻れなくて……戻ったら探し出して普通に殺してたぞ……」


 大層物騒な発言をボソボソと呟くオトギに、自認ユディが心配そうに問いかける。


「……あの、気分でも悪いのですか?」


「いや、大丈夫……いや、大丈夫じゃねぇけど大丈夫ってことで……」


 何の非もない彼女にぶつけても仕方なく、とりあえずその場は誤魔化すしかないオトギであった。










 仕方なく、本っ当に仕方なく、呼ぶ度に吐血しそうな思いを抱えながらも、便宜上はユディと呼ぶことに折れたオトギは、彼女の話を振り返っていた。


 彼女は自分に関することも、この場所がどこなのかも、その全てが思い出せないという。

 それ自体は別に驚くことはなかった。何故ならそれは、原作ユディの設定と全く同じだからだ。話を聞いて尚更、創作者を殺したくなったのは置いておくとして、この先の展開から考えるに、彼女の存在はきっとメインストーリーに欠かせない。


 故に彼女は絶対に連れていかないといけないのだが……ゲームと違うのは、その控えめな性格。ゲームではユディの方から半ば無理やり加入してくるのに対し、今の彼女は下を向いたままだ。


 やっぱりこっちから誘わなければいけないのか……。


 オトギは一度目を閉じ、静かに息を吐いた。

 第1関門……ユディを仲間に引き入れろ、というあらぬミッションがオトギの脳裏に浮かぶ。


 現実の彼には女性をサラッと誘うなんて功績を果たしたことはもちろんない。ましてやクール主人公を演じながら、口説き文句を考え、更には言葉に出すなんて言うのは、彼にとって功績通り越して偉業である。

 心臓はドラムロールのように暴れ、頭の中では「どう言えば自然か」のシミュレーションが高速で繰り返されていた。


 ――いや諦めるな……今の俺は主人公……ここでダサい誘い方なんかしたら、これまでの積み上げが全部パーになる……!


 もう幾度のノリツッコミのせいで、積み上げた物はとうに崩壊している気もするが、そんなこと関係なしに、オトギは幾つも用意した言葉の中から1つを選びだし、意を決して言葉を吐いた。


「……お前がどうするかは自由だが」


 低い声で切り出していく。あたかも歴戦の勇者が仲間を選ぶかのような含みを持たせて。実際はただのオタクが声を裏返らせないよう、喉に負担をかけ続けているだけなのだが、それが伝わるはずもない。

 そしてそんなシリアスなオトギの様子に、彼女は小さく肩を震わせ、息を呑んでいた。


「俺もお前と同じでほとんどの記憶がない。つい先程近くで目覚めたばかりだ」


「えっ……?」


 記憶どころかある程度の未来も分かっているわけだが、それを気にせず、オトギは続ける。


「……しかし、ただ1つ、俺はやり遂げなければならない目的がある。それを話すことは出来ないが……似たような境遇であれば、君と何らかの繋がりがあるのかもしれない。どうだ?行動を共にしないか」


 ――き、決まったぁぁああああ!!!


 いやはや、なんということでしょう。

 自分でも驚くほど自然に口から出ていった。原作には存在しない、主人公自らが勧誘するというクールな台詞が。それでいてキャラ崩壊も多分しておらず、及第点どころか100点の解答だ。


 オトギの遠回しな勧誘の言葉に、ユディは目を見開いた。驚きが一瞬だけ表情に浮かび、やがて緊張が解けたように柔らかく微笑む。

 それはただの笑顔ではなく、長い不安の中でようやく差し込んだ光のような、控えめな安堵の色を含んだ、そんな笑みだった。


「……そ、それじゃあお言葉に甘えて……よろしくお願いします」


 その待望の一言を引き出した瞬間、

 いよぉっし!!! と内心で派手にガッツポーズを決めながらも、表情は一切濁さず。


 初ミッションクリア……過去が明かされるサブクエスト並にハラハラさせられた。長々と生きてきて自分に演技の才能があるなんて、初めて知った。もっとも、できるのは主人公だけっていう、現実だと使い道は皆無だが、今は役に立ったし良しとする。


 さぁ、そうと決まれば進むとしよう。時間は有限、こんな序盤で時間はかけていられない。


 ついてこい――とオトギがカッコよく発しようとした瞬間、先に口を開いたのはユディの方だった。


「……ところで、ご自分の名前は覚えているのでしょうか……?あなたの名前も知りたいです」


 ピシャリとオトギに稲妻が走った。

 そう、それは当然の疑問。人に名前を答えさせておいて、自らは名乗らないなんてのは、社会では許されない。

 冷や汗が背中を伝い、先程のシュミレーションどころではない速度で、オトギの頭の中はグルグル回る。


 ――名前ってなんだっけ……?!??


 勘違いしないで欲しいのは、本当に自分の名前を忘れたわけではない。

 公式から設定されている公式ネーム……というのが存在する。リリースから約2年は発表されておらず、ようやく明かされた時は界隈に激震が走ったものだ。


 しかしそれが今思い出せない。

 ほんのド忘れ、普段なら絶対覚えているはずなのに、1文字目すら出てこない。


 ――自分の名前は嫌だ……自分の名前は嫌だぁ……


 結果、微塵も思い出せず。

 止むを得ず、特にこれといった他の名前も思いつかず、渋々ながら本名である"オトギ"と名乗ると、「素敵な名前ですね」と屈託のない笑顔で返されてしまい、


「あ……りがとう……グギギギギィ……」


 彼はその場で口内炎ができるほど唇を噛み潰したのだった。

 



 Tips【主人公①】

 公式ネームは「神羅(しんら)

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