第1話 サービス終了 人生も終了
「は……?」
時は夕暮れを少し過ぎ、遠くの空で日が落ちていく。電灯の光が街にしっかりと馴染むような、そんな時間帯であった。ギチギチに詰められた電車内、いわゆる満員電車と言われる過酷な状況下で、サラリーマン達との争いに何とか勝ち取った座席に座りこみ、身を揺らしながら素っ頓狂な声を上げるスーツの男。
周りからは、なんだコイツ……と怪訝そうな視線を向けられていたが、本人はそれを気にする事は出来なかった。
「うそ……だ……」
顔は青ざめ、みるみるうちに生気を失っていく。呼吸は浅く、だんだんと激しくなっていき、その姿は見るからに異常を訴えかけていた。
原因はたった一つ、痙攣する右手に握られた黒い板……そのスマートフォンには、細々とした光ながらも、彼にとって命の二の次程度には重要な情報が載せられていたのだ。
「サービス……終了……?」
その文字は見間違えなんかでは決してなく、画面にはっきり、くっきりと表示されている。プレイヤー達に感謝を述べる業務的な文面と、具体的な終了日が載ったお知らせは、ものの見事に彼の脳をバグらせ、処理不能にまで陥らせる。
座ることが出来てほんとに良かった事だろう。頭がパンクした彼は、このままゆっくりと意識を失っていき、自らの目的駅を何駅も通り過ぎることになったのだから。
『フォーチュン・アルカディア』
日本のとある会社が作ったスマートフォン向けアプリゲーム。ジャンルは戦略的異世界RPGと称されるものであり、古き良きターン制のコマンドバトルと、3Dモデルを使った広大なマップの探索要素。スマホゲームではお馴染みの育成に、厳選要素など、様々を兼ね備えた大人気ゲームである。
特にその中でも、オムニバス形式で繰り広げられるメインストーリーの評価がダントツで高く、その人気は海外までに及ぶ。そんなプレイヤー達から、長年の間愛されてきた、言わば老舗的ゲームであった。
しかし、いくら愛されていようとも、終わりというのはいつか訪れる。
『フォーチュン・アルカディア 約10年の歴史に幕引きか』
画面に映るその情報はやはり見間違えでも、幻覚なんかでもない。
SNSやゲーマー向けニュースサイト、どこにいっても記事がデカデカと取り上げられており、否が応でもその事実が目に入ってくる。
情報を見てからかなりの時間は過ぎた。それでも尚、彼――現絵 御伽の目から、涙が未だに流れ続けている。
彼の人生は良くも悪くも平凡であった。
可もなく不可もない頭を抱え、勉強が嫌いと言って高校卒業と同時に社畜の道を歩み出した。楽しくもない、やりがいもない仕事に心を潰され、かといって熱中するような趣味もなく、人生ってクソだな、と諦めかけていたその時出会ったのが、他でもない『フォーチュン・アルカディア』である。
その後、オトギの人生は一変した。
友人からの勧めで始めたスマホゲーム。どうせいつものようにすぐ飽きるだろうと踏んでいたが、ストーリーの良さ、ゲーム性の良さに思っていたよりも数倍……いや数百倍のめり込むこととなり、彼の人生を彩る事となった。
具体的に言えば、生活費以外の給料や貯金を費やしたり、今まで生きてきて1度買わなかったグッズに手を出したり、進めてきた友人はとうにやめてしまったが、ネットという壁を挟んだ先に"同士"と呼べる存在を作ったりなど、その影響は計り知れずと言ったところだ。
とにかく彼は『フォーチュン・アルカディア』に救われた人生と言っても過言ではない。
しかし、そんな彼の人生の7割弱を占める大部分が、今終わりを迎えようとしている。
「どうして……」
時刻は完全に夜、もうすっかり日をまたいでいた。
電車内で眠るように意識を失っていたところ、至極真面目そうな駅員に叩き起こされ、トボトボと乗り過ごした分の駅を歩く羽目になっている。
どうして、なんて悲壮感溢れる言葉を口に出してみたものの、その理由は火を見るより明らかであり、前々から覚悟をしてきたつもりだった。
理由は単純明快、次の更新が最後になる、と公式から直々に明言されていたからだ。
約10年間、駆け抜けてきたストーリーには心躍らされるばかりだった。多少の謎、考察の余地を残したものの、綺麗に片付き、現在はエピローグ待ち。
しかし公式からその発表がされた日、その時、その瞬間から、彼は終わりをずっと恐れていた。
費やしたお金に後悔は全くない……けれども、覚悟をしていたつもりの心にはポッカリと穴が空き、何かをする気力すら湧きはしない。
「はぁ……」
チカチカと光る信号を待ちながら、もう何度目か分からないため息を吐く。この感情を一言で不満と言うのは違う気もするが、なんと表わしたらいいか彼の語彙には存在しない。きっと他のプレイヤー、心を共にした同士達も、同じような心持ちだろう。
「いっそのこと……」
あの世界に転生できたら……なんて、子供みたいなことを考えてしまい、自分の浅はかさに嫌になる。
決まってしまった以上、ただの1プレイヤーにはそれを覆しようもなく、出来ることといえば、最後のストーリーを待ち、そして終了するその日まで、コンテンツをしゃぶり尽くすことだけだ。
明日は休みだし、阿鼻叫喚の界隈で慰め合いでもしよう……なんて考えていた矢先。
「――は?」
青になった信号を渡っていたはずなのに、彼の身体は綺麗に宙へと舞っていたのだった。
Tips【現絵 御伽①】
実は、課金のしすぎで親から本気の説教を受けたことがある。




