第二幕:青い光と灯台
第二幕:青い光と灯台
その夜、ホラは桟橋に立っていた。
潮は満ち、港全体がしっとりと濡れたように光っている。
遠くでは灯台の光が一定の間隔で瞬いていた――はずだった。
突如、港の外れの廃屋から、青白い光がにじむように漏れ出した。
窓の割れ目から洩れた光は水面に落ち、やがて筋となって伸びていく。
港から廃屋まで一直線に、まるで水の上に描かれた細い道。
その瞬間、灯台の光が消えた。
辺り一帯が、ひと呼吸ぶんの無音に沈む。
潮騒も、風も、世界から音が消えてしまった。
「……まただ」
ホラは背筋に冷たいものを感じた。
祖父が失踪した夜に残した言葉――「井戸の蛙が背を向けた」――。
あの蛙の直立した姿勢が、脳裏に焼き付いて離れない。
無音の闇の中、低く太い音が響いた。
ぶぉおおおお……
空気が震える。港全体が共鳴する。
それは、どこからともなく響くホラ貝の音だった。
ホラの胸に、祖父の姿がよぎる。灯台を守っていた背中。あの夜の嵐。
ゴゴゴゴ……と港の水面が揺れ、やがて左右に割れた。
両岸に押しのけられた海が壁となり、真ん中に光る通路が現れる。
その奥には、淡い青光に照らされた「もうひとつの港」の影がちらりと見えた。
影を失った人々のシルエットが、通路の向こうで手を振っている。
「……行けるのか、俺」
恐怖で足がすくむ。だが次の瞬間、ホラの頭の中にあの旋律が流れ出した。
「ハ〜ズレ、ハズレ、味噌汁〜 ズレてるけど旨い〜」
夢で会った金ピカのチョンマゲ――ハズレ味噌汁マスターの姿が脳裏にちらつく。
馬鹿げた歌なのに、不思議と勇気が湧いた。
まるで彼が背中を押しているように。
ホラは震える足を前に出す。
港の水が作った光の通路へ、一歩、また一歩と踏み込んでいった。
(続く)