表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(魔力吸いの大森林)

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(1)魔力吸いの大森林

作者: 刻田みのり

 ここはどの辺なんだろうな……。


 俺は空を見上げてそんなふうに思う。


 深い森にぽっかりと空いたように木々の間から青い空が覗けていた。このあたりの針葉樹は幹も枝も細い。この木を上って高い位置からまわりを探るには不向きに見えた。


 かといって飛翔の能力に頼って飛ぼうとしてもどういう訳かうまく飛ぶことができない。


 それどころか周囲の魔力を探るための探知さえも使えなくなっていた。


 俺の身体から放出した魔力の大部分が正しく作用されずどこかに消えてしまっているようだった。全く作用しないのではなく、僅かにだが作用しているというのが何とも奇妙でもどかしい話である。


 空から落ちたショックで一時的にこの状態になってしまったのだろうか?


 気づかぬうちに頭を打っていたとか、あるいは精神的な理由とか。


 こんなことならどこかでポゥの背から降りて自力で飛んでいれば良かった。


 そんな後悔が頭をよぎる。


 いやだって、あいつめっちゃ猛スピードで飛ぶんだよ。あれは駄目だ。


 最低でもロープで身体を縛って固定していなければあの風圧には堪えられない。よしんば堪えたとしても息ができなければ間違いなく脱落する。あいつは絶対に乗り物にしてはいけなかったんだ。


 つーかイアナ嬢は無事か?


 ポゥの飛ぶ速さは尋常ではなかった。さすがは聖鳥というか、あれは速いなんてものじゃない。ほんの一瞬で王都が見えなくなったし、景色が文字通り流れていった。おそらくあのまま乗っていれば夕刻までにはノーゼアに到着していただろう。


 俺たちが王都を出立したのは午後をよほど過ぎてからだった。それなのにその日の夕方にはノーゼアに着いたかもしれないという飛行速度。


 いやもうそれどんだけ速いんだよ。


 まあ速いのはいい。100歩どころか10000歩くらい譲ってそれは容認しよう。


 ただ、せめて人間が乗っても大丈夫な安全性は確保されるべきなんじゃね?


 マジ死ぬわッ!


 おまけにどこでだかもうわからんがいきなりポゥが襲撃されたし。


 あれは地上からの攻撃だと思う。


 翼に風穴開けられてたし。誰の仕業か知らんけどよくもやってくれたなって感じだ。危うく死ぬところだったよ。


 ポゥがどこに墜落したのか、イアナ嬢は無事なのか、今の俺には知る術がない。俺は二人とははぐれちまったからな。


 俺は森に落ちたが枝がクッションになってくれたから助かった。


 身体のあちこちに細かな傷はあるがそんなの微々たるダメージだ。


 あの高さから落ちて生きていられることに比べたらどうってことない。


 さて、俺は生きているがイアナ嬢たちはどうなんだろう。


 普段ならイアナ嬢くらい魔力があれば俺の探知にも引っかかりそうなのだが探知ができない今は探りようもない。


 ふむ。


 俺はもう一度まわりを見た。


 目に付く木々のほとんどはギスギスギという針葉樹の一種だ。木材としても利用されるが、その花粉が神経系の毒や薬として認知されているのでそれらが採取クエストになっている時もある。適切な下準備がないとその花粉の毒でえらい目に遭うので正直俺は進んで受けようとは思わないがな。


 木々を観察し、さらに空の隙間から見える太陽を参考に方角を推測する。


 いざという時のサバイバル知識は冒険者登録後に受けられる新人冒険者研修で学べるのだが、俺の場合ライドナウ公爵家の筆頭執事であるダニエル・ハミルトンにきっちり仕込まれているため既に知っている知識となっていた。


 俺は彼の養子でしかないがそれでも父親からの直接指導である。


 なかなかにハードだったのだがそのお陰で知識と経験が役に立っているのだからあのつらさも無駄ではなかったということか。


 俺は手近のギスギスギの根元を調べ、群生していたマイマイタケの位置を確認する。


 マイマイタケはキノコの一種で一株が大柄な男の親指くらいの大きさだ。ギスギスギをはじめとする針葉樹の根元を好み特に南側に群生することが多い。


 ノーゼアにいればこんな知識を用いなくても自分の現在位置くらいわかる。だが、ここはノーゼアではない。少なくとも俺にとっては未知の土地だ。


 森には獣道のようなものこそあれどまともな道はない。


 俺はひとまず北に向かって歩いた。ノーゼアは王都から北の位置にあるからな。とにかく北を目指して歩こう。


「やれやれだな」


 冒険者になって二年。


 ここまで酷い遭難は初めてだった。


 *


 森を歩いていて気づいたことがある。


 鳥や獣の気配を感じない。


 いや、鳥や獣だけではない。魔物の気配もしない。


 魔力を探知できないので今の俺がどの程度正確に周辺の気配を察知できるかは不明だがそれでもこれまでの経験でカバーできる程度の探知能力はあるはずだった。


 当然そんな精度の探知ではイアナ嬢たちを探せないだろうが、まあ何も無いよりはましである。


 行く手を遮る枝を払い、突然の隆起を乗り越える。途中の湧き水で喉を潤し、収納からレーズン入りクッキーを取り出して少し食べた。何となく気が滅入ってきたのでウマイボー(ハチミツ味)を囓る。


 そういや俺、ファミマの祝福のお陰で致死性以外の状態異常にならないんだよな。


 ふと、そんなことを思い出してまた湧き水を飲んだ。


 ちょっと水に含まれる毒とか目に見えないゴミや何かの卵とかそういったいろんなことがどうでも良くなってくる。最悪そこらの草や木の皮を食べても生きていけるんじゃないかと思うと幾分気が楽になってきた。


 とはいえ、このままこの森で迷い続けたくはない。


 俺はノーゼアに帰りたい。


 お嬢様に会いたい。


 こんなところで死ねない。


 たとえ死ぬとしてもお嬢様のために死にたい。


 俺の命は彼女のためにあるのだ。


 日が沈み、森の中が真っ暗になったところで俺は結界を張った。


 なかなかうまく魔力を展開できずいつもよりずっと苦労したが何とか結界は張れた。物凄く時間がかかったし魔力消費がハンパではなかったがともあれ結界を展開できたので良しとする。


 ある程度の魔物や獣でなければ傷一つつけられない強度の結界だ。魔力が安定しないのでずっと張ってはいられないがまあ朝までは持つだろう。その先は何とでもなる。


 俺は適当な場所で横になった。


 夜通し動き回っても消耗するだけだ。状態異常にならないにしても精神的に疲弊はする。


 だから俺は眠った。


 *


 目の前で赤々と炎が燃えていた。


 あちこちから悲鳴と怒号が聞こえてくる。その中にはよく知った声も混じっていたがいつの間にか聞こえなくなった。


 燃えているのは木造の建物だ。それも一軒屋二軒ではない。視界に映る全ての建物が燃えていた。


 どこかで何かが引火したらしい。激しい爆発音が轟いた。


 これだけの騒ぎになれば誰かしらの人の姿があるはずだ。しかし、声はすれど人影はなかった。それが何故か俺には当然のことのように思える。


 ああ、あの夢か。


 久しく見ていなかった夢。可能であれば見たくはなかった夢だ。


 咆哮が耳をつんざく。


 一際大きな建物が内側から壊れるように爆発し、中から真っ赤なシルエットが浮かんだ。それはどの建物よりもでかくて炎に包まれているというのに全く熱がる様子を見せない。むしろ炎の中にこそ自分の居場所があるのだと言わんばかりにさらなる炎を身に纏っていく。


 俺の中で「それ」が囁く。あの時にはまだうまく聞き流すことができなかった声だ。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 その声に呼応するように炎の巨人がこちらを向いた。


 赤く燃え盛る烈火の炎が巨人と化している。俺はそいつの名を知っていた。


 フレイムジャイアント。


 なぜ、こいつがここにいる?


 いや、それよりここはどこだ?


 やはり俺はあの場所にいるのか?


 そんなはずがない。


 俺は、あの時、あいつに助けられたんだ。


 ラキア。


 あいつが俺を助け、あの場所から連出してくれたんだ。


 あの人たちは皆助からなかったけど、俺は助かったんだ。


 俺に両親はいない。


 いつ生まれたのか誰から生まれてきたのかを知らない。


 親のいない俺の面倒を見てくれたのは村の若い夫婦だった。彼らには自分たちの子供はおらず俺や俺のように身寄りのない子供たちを我が子のように育ててくれた。


 その行為の裏に何があったとしても、幼かった俺にとってあの人たちが親代わりであったということには変わらない。


 でも、あの人たちは死んだ。


 俺の目の前でフレイムジャイアントの炎に焼かれて死んだ。兄弟同然だった他の子供たちも死んだ。


 俺だけを遺して。


 俺を守るために。


 そして、奴にとっては俺を怒らせるために。


 そう……。


 あの事件で俺はこの身に怒りの精霊を宿らせたんだ。



 **



「……」


 何かの強い振動で俺は目を醒ました。


 バリバリと音を立ててどこかの大木が倒れる。激しい揺れは俺のいる位置にもしっかりと届いた。


 というか、悲鳴?


 どこからか聞こえてきたのは怒鳴り声にも似た悲鳴。


 俺は声のした方を向いた。


 再びどこかで大木が倒れ、地面が揺れる。


 今度はさっきとは異なる声がした。たぶん子供の声だ。


 打撃音と金属のぶつかり合うような音が重なる。焦ったような子供の声が何かはわからない吠え声に掻き消された。


 轟音が耳をつんざく。


 俺にもわかる位置でギスギスギの幹が折れた。めきめきと音を鳴らして大木がまわりの木々を巻き込んで倒れていく。


 幾重にも音が響いて枝やら葉っぱやらが飛び散った。地面の揺れはもう俺を驚かすだけ驚かしてくれたので今さらもうどうという程でもない。慣れた。


 てか、そんなの気にしていられない。


 俺はそいつらを見つけた。


 五、六歳くらいの子供が二人、巨大な猿に襲われている。戦いながら少しずつこちらへと近づいてきていた。巨大な猿は俺の知らないモンスターだ。


 子供たちは二人とも浅黒い肌をしていた。


 髪の色はどちらも灰色で短髪、一人は皮の鎧を着ておりもう一人は布のシャツと半ズボンといった格好だった。二人とも腰にお揃いのベルトを巻いていて幾つかの小袋がぶら下がっている。


 皮鎧の子供は身長と同じくらいの槍を持っており、もう一人は黒い筒のような物を片手に握っていた。


 巨大な猿の方はというとこちらは正確にはただの猿ではない。


 ギスギスギの幹を二倍の太さにしても足りない太さの腕を四本生やしておりそのいずれも凶悪なサイズの爪を光らせていた。


 漆黒の毛皮は遠目にも硬そうで実際皮鎧の子供が槍を突き刺そうとしてもびくともしない感じだった。


 皮鎧の子供が諦めることなく刺突を繰り出していく。


 鬱陶しそうに巨大な猿が槍を払いのけた。


 皮鎧の子供がバランスを崩したが槍は手放さない。どうにか態勢を整えて再度巨大な猿に挑んでいった。おお、頑張るな。


 苛立たしげに巨大な猿が吠え、四本の腕を振るって皮鎧の子供を捕まえようとする。子供は槍でそれらを躱してまた攻勢に出た。巨大な猿が器用に四本の腕を使い分け、受けと攻めをこなしていく。


 その攻防の間にもう一人の子供が黒い筒を構えた。先端が巨大な猿へと向けられている。


 乾いた音がし、黒い筒が先から煙を吐き出した。


 いや、煙だけではない。


 俺の目で視認できない速さで何かを撃ち出したようだった。その何かが巨大な猿の胸を穿ち、巨体を仰け反らせる。


 巨大な猿が絶叫した。


「……」


 やったか?


 俺がそう思った瞬間、巨大な猿が皮鎧の子供を殴り飛ばした。もう一人の子供が悲鳴を上げる。


 吹っ飛ばされた子供がギスギスギの幹に背中側からぶつかり崩れ倒れる。


 やばい。


 もう一人の子供が黒い筒を構えたまま硬直したのを見ながら俺は走っていた。


 加勢の必要を考えなかった自分に少し反省しつつ、左腕のマジンガの腕輪(L)に魔力を長そうとする。


「……」


 駄目だ。


 思うように魔力がチャージできなかった。これではマジックパンチを発射できない。


 それならサウザンドナックルを……て、こっちもか。


 収納から射出されるはずの銀玉が一個も出て来なかった。魔力によるコントロールが全く働いていないようだ。


 舌打ちし、俺はダーティワークを発動する。


 俺の身体の中を巡る魔力はどこかへ散ることもなく黒い光のグローブを発現させた。


 身体強化された脚力を活かして数歩で巨大な猿へと肉迫する。


 巨大な猿が俺に反応するより早く拳をぶち込んだ。


「ウダァッ!」


 生卵をぺしゃりと潰すよりも簡単に巨大な猿の頭を殴り潰す。嫌な音を立てながら潰れた頭は頭蓋骨をも砕いて脳味噌と体液を飛び散らせた。


 頭を破壊された巨大な猿の身体が倒れ、傍の木々をなぎ倒すが無視。


 てか、やるんじゃなかった。


 自分でやっておいてアレだがめっちゃ気持ち悪い。


 これマジックパンチなら返り血とか浴びずに済んだのに、とかちょっと後悔したがとりあえずそれは後回し。


 それよりもやるべきことがある。


 俺は皮鎧の子供の下に行き身を屈めた。


「……」


 ワォ。


 この子、女の子だ。


 男の子だとばかり思っていたからこの子が女の子だと知ってとても驚いた。


 かなり綺麗な顔だ。成長したらさぞかし美人さんになるに違いない。


 見た目から推測するに年齢はやはり五歳か六歳といったところか。それであんな戦いができるのだから末恐ろしいな。


 彼女の首には赤いチョーカーが巻かれていて20と白抜きの数字が刺繍されていた。変なデザインだな。


「おい、大丈夫か」


 返事はない。


 だが出血の類は見当たらないし胸も小さく揺れていた。少なくともまだ生きてはいるようだ。


 放置していい状態でもなさそうだが。


 俺はスプラッシュを使おうとして躊躇する。マジックパンチ動揺スプラッシュはマジンガの腕輪(L)に魔力を流して発動する能力だ。さっきのように上手くいかない可能性は大きかった。


 かといって、今の状態の彼女にウマイボーを食べさせて体力回復をさせることができるだろうか。たぶん飲み込めないような気がする。


 うん、無理にウマイボーを口に突っ込んだら駄目だろうなぁ。


 イアナ嬢もいないし回復ポーションの類もない。すまん。


 自分の能力(スプラッシュ)とかウマイボーとかイアナ嬢の回復魔法をアテにし過ぎだな。反省反省。


「ニジュウ、起きろ」


 俺が反省していると横からぬっともう一人の子供が顔を出した。やっぱり女の子だった。


 こちらも美人さん候補だ。というか顔そっくり。双子かな?


 あ、左右の瞳の色が違う。右が緑で左が金色。


 あと、この子はチョーカーが黒いんだね。刺繍の数字は19か。


 それにしても。


「……」


 ええっと。


 何だかこの子警戒心が薄くないか?


 加勢したとはいえ、俺が味方とは限らないだろうに。


 俺が奇妙に思っていると彼女はニジュウと呼んだ皮鎧の子供を揺すり始めた。おいおい。


 俺は彼女を止めた。


「あまり動かさない方がいいぞ。頭を打っているかもしれない」

「ニジュウ、頑丈。マムが杖でフルスイングしても平気だった」

「……」


 マムが誰だかわからんがとりあえず彼女がニジュウのことを頑丈だと思っているのは理解できた。


 だからといって今のニジュウを揺り起こそうとして良いということにはならないが。


 さて。


 どうしたものかと思案していると徐に彼女が腰のベルトに吊した小袋から何かを取り出した。


 ひよこ豆くらいの大きさの魔石だった。色は濃い水色。


 彼女は魔石を黒い筒のような武器にセットした。握りの部分が外れるようになっていてそこから魔石をはめ込んだのだ。


 握り部分と筒の接合部の下側に指を引っかけるのに丁度良い部品があり、彼女はそこに指をかけた。


 筒の先端をニジュウに向ける。


「お、おい何を」

「ニジュウ、起こす」


 彼女は躊躇なく指で部品を引いた。


 乾いた音が響き筒の先から煙が漂う。


 ニジュウの胸の中心に濃い水色の光が宿っていた。


 ニジュウの小さな身体を包むように濃い水色の光が広がっていく。光がニジュウの全身を包み終えるとゆっくりと彼女に染み込んでいき、消えた。


 て。


 このエフェクトは……。


水系回復魔法(アクアヒーリング)


 俺は思わず呟いていた。


 今目にしたものが何であるかわかってしまったからだ。


 つーか、これ魔法だよな?


 こいつ、黒い筒の武器と魔石で魔法を再現した?


 てことは、これって武器じゃなくて魔道具?


 俺が驚いているとニジュウが目を醒ました。


 掠れるような声で呻き、何やら不満そうに深いため息をつきながらこちらを睨む。


「ジューク、せっかくマムの目を盗んで思う存分おやつを食べていたのに、邪魔するな」

「ニジュウ、起きたか」

「ジューク、お前酷い奴。あんな夢そうそう見れない」

「酷くない」


 ジュークと呼ばれた彼女が黒い筒の武器だか魔道具だかを腰の袋に仕舞った。全部がすっぽり入るデザインではなく握りの部分をすぐに掴めるようになっている。これならいざという時に即座に対応できるだろう。


「ニジュウ、ストレンジコングに殴られた。ニジュウ、木にぶつかっておねんねした。ニジュウ、なかなか目覚めない。だからジューク起こした。ニジュウ、喜べ」

「……いやそこは喜べじゃなくて感謝しろだろ」


 俺、つっこんじゃったよ。


 てか、こいつら変な名前。


 ジュークとかニジュウとか、番号じゃあるまいし。



 **



 ニジュウも左右の瞳の色が違っていた。


 こちらは右が青色で左が銀色。顔が双子みたいにそっくりなのに瞳の色は違うんだな。


 なお、ジュークの瞳の色は右が緑色で左が金色だ。


 それとどうやらニジュウとジュークは双子ではないらしい。


「ジュークたち、生まれた日が一日ずれてる」

「ニジュウ、ニジュウイチとニジュウニと一緒に生まれた。ジュークたち、一日早い。あとカプセルも別」

「カプセル?」

「そう、カプセル。ジュークたちギロック、そこから生まれた」


 ギロックというのはジュークたちの種族名のようだ。


 俺たちは森を歩きながらジュークたちの家へと向かっていた。どうやらあのまま北へと進んでも森を抜けられないらしい。


 てか、カプセルから生まれたってどういうことだ?


 俺が尋ねるとジュークもニジュウも肩をすくめるだけだった。おい、ちゃんと答えろ。


「ニジュウ、お前のことも知りたい」

「ジュークも」


 揃って俺を見つめてきた。


 身長差があるから二人が俺を見上げる形になっている。首が疲れそうだな。


「ん? そういやまだ名乗っていなかったな。俺はジェイだ」

「ジェイ?」

「ジェイコブとかジェイムズを省略してジェイ?」


 ニジュウ、ジューク。


 いや、俺の名前は省略されている訳ではないぞ。


 少なくとも今は、な。


「ジェイコブでもジェイムズでもない、ただのジェイだ。省略もされていない」

「兄弟にアイとかケイは?」

「どこのカプセルから生まれた?」

「……」


 ニジュウとジュークの質問が理解できない。


 というか理解したくない。


 あれか、俺はABC順の兄弟がいる十番目ってことか?


 カプセルから生まれるってのもこいつらの常識なのか。非常識な常識だな。


 あ、軽く頭が痛くなってきた。


 おかしいなぁ、ファミマの祝福のお陰で致死以外の状態異常とは無縁の身体のはずなんだけどなぁ。


 ジュークが歩きながら俺に近寄ってくる。


 つーか、近すぎ。


 歩き辛いぞ。


「なぁジューク、もうちょっと離れて歩かないか?」

「やだ」

「歩き辛いんだが。お前だって俺とぶつかるのは嫌だろ?」

「ぶつかるのは嫌、でもジュークこのままがいい」

「……」


 わぁ、よくわからんが面倒くせぇ。


 とか思っていたら反対側からニジュウも寄ってきた。


「おい」

「ジェイ、何だか傍にいると安心する。ニジュウ、この感じ好き」

「ジュークも好き」

「……」


 いや安心するとか言われても。


 つーか俺妙にお子様に懐かれてないか?


 シャルロット姫も何だか俺に懐いていたっぽいし。


 俺、別にロリコンでもないからさして嬉しくもないんだけどなぁ。


 あと、ニジュウの槍がちょいちょい俺に当たって痛いのだが。迷惑ですよ?


 *


 歩きながら俺は自分が王都から北の辺境地ノーゼアに向かっていたこと、森で仲間とはぐれてしまったことを話した。


 ポゥに乗ってきたこととか空から落ちたことは黙っておいた。聖鳥を乗り物代わりにした挙げ句落っこちただなんてあまりに馬鹿らしくて話せることじゃない。それに話したところで信じてもらえるかどうか……俺なら信じないぞ。


 ジュークとニジュウになぜ巨大な猿に襲われていたのか尋ねた。


「あいつ、突然現れた」


 ニジュウ。


「ジュークたち、食料探してた。獣も鳥もなかなか見つからない。でも食べられる植物とキノコはある」


 ジューク。


「ニジュウ、マツマツタケ好き」

「ジュークも。でも、マツマツタケ大体取り尽くした。残念」

「サンサーイよく見つかる。煮ると甘い」

「ニジュウ、すぐ煮たがる。ジューク、煮るより炒めるのが好き」


 ニジュウがジュークを睨んだ。


「ジューク、炒め物すぐ辛いの入れたがる。ニジュウ、辛いの苦手」

「知ってる」

「ジューク、やっぱり酷い奴」


 ニジュウの口角がどんどん下がっていく。


 話が脇道に逸れてしまったので俺は軌道修正した。


「食料を探していたら巨大な猿に襲われたんだろ? ああいう奴とはよく遭遇するのか?」

「ストレンジコングとは、まだそんなに殺り合ってない」


 ジュークが答えるとニジュウがうなずいた。


「あいつより、アースドレイクの方が多い。アースドレイク、美味しくない」

「尻尾の肉炒める。辛いのたっぷり。ちょっと美味しい」

「ジューク、味覚が壊れてる。要修理」

「ジューク生き物、機械じゃない」


 ジュークとニジュウが睨み合った。


 食べ物の好みでぶつかり合うのは誰にでもあることだ。やむなし。


 ただ、お子様のギロックたちがこれをやっていると何だか微笑ましいものがあった。何と言うか、じゃれ合い?


 ま、俺はそれよりモンスターのことを聞きたいんだけどね。


「ストレンジコングとアースドレイクの他には? 俺は森を歩いていてお前たちが戦っていたストレンジコング以外に何も見ていないんだ」

「ああ」

「それは」


 いがみ合いを止めた二人が残念なものを見るような目をしてくる。


 ん?


 何だ?


 疑問に思っているとあの天の声がいきなりきた。



『お知らせします』


『魔力吸いの大森林エリア・白い沼にて「五つ頭の大蛇タージャス」が次代の聖女イアナ・グランデによってソロ討伐されました』

『なお、この情報は一部秘匿されます』



「……」

「おおっ、でかい蛇が殺られた」

「ソロ討伐凄い」


 俺、ニジュウ、ジューク。


 ギロックたちが大はしゃぎである。


 てか、イアナ嬢。


 お前、俺がいない所で何やってるんだよ。


 あれか、また「背後から斬首」か?


 いやそれにしても相手は五つ頭。つまり首も五つあるはず。イアナ嬢の技量でそれをこなせるのか? すげぇ疑問だ。


 あーでもあいつのオールレンジ攻撃って進化しているんだよな。クイックアンドデッドだっけ?


 つーかあいつのいる場所だとオールレンジ攻撃ができるのか。いいなぁ。


 ま、必ずしもオールレンジ攻撃で戦った訳ではないだろうがな。あいつなら他にも攻撃手段はあるだろうし。あくまでもオールレンジ攻撃云々は俺の推測です。


「……」


 て。


 ちょい待て。


 俺はジュークに質問した。


「なあ、この森って何て名称だ?」

「ここか?」


 ジュークが「何を基本的なことを訊いてくるんだ?」といったふうに首を傾げた。


「ここ、魔力吸いの大森林」

「あっ」


 ニジュウが先に答えてしまい、ジュークが声を上げる。


 悔しそうに歯ぎしりした。


 ニジュウが得意気だ。フフンと鼻を高くしている。調子こいてるのがいかにもお子様で可愛いな。


 じゃなくて。


 魔力吸いの大森林だと?


 俺は頭がくらくらしてきた。


 魔力吸いの大森林。


 それはアルガーダ王国中北部にある広大な森林地帯である。ちなみに王家直轄領。


 王都からは北側に位置しておりオルトン領ノーゼアと王都を直線で結ぶとほぼ確実にそこを通過することになる。真っ直ぐ行ければそれはもうかかる日数も減らせるだろうな。


 ただ、この大森林はちょっと、いやかなりの問題があったりする。


 全域ではないが森に踏み入った者は魔法を使えなくなってしまうのだ。


 さながら森に魔力を吸われてしまったかのように魔法が発動しなくなることから、この森を「魔力吸いの大森林」と呼ぶようになった……とのことだ。以前親父に話を聞いただけなので詳しくは知らん。


 てか、わざわざそんなやばい森に行きたいとも思わないからな。用がある訳でもないし。


 うーん、そっかぁ。


 そのやばい森に入っちゃったかぁ。


 いや、落っこちたと言うべき?


 うん、どっちでもいいや。


「……」


 俺は立ち止まった。


 ジュークとニジュウも足を止め、俺を見上げる。おっ、ダブルで疑問符か。


 目だけで「どうした?」と訊いてくるのを無視して俺はダーティワークを発現させた。


 両拳が黒い光のグローブに包まれる。そう言えば何となく黒い光が弱い気がするな。


 ともあれ、ダーティワークは発動した。身体強化の効果もちゃんとある。


 能力だから発動したと言われたらそれまでかもだが……いや、能力だからではないな。


 能力であればOKと言うならマジックパンチやサウザンドナックルも使えるはずだ。


 ……体外に出た魔力がどこかへと消えている?


 その感覚はあった。


 探知をした時に同じ感覚を抱いたのだ。


 だから、マジックパンチやサウザンドナックルは発動できず飛翔も使い物にならなくなっていたのか?


 消える魔力も全てではなく少しは残るから結界を張ることができた、と。


「……」


 また一つ疑問が生まれた。


 ここって魔法が使えなくなるんだよな。


 それなのに、どうして俺は結界魔法を使えたんだ?



 **



 魔力吸いの大森林の中でも俺が魔法を発動できた理由。


 その答えは出なかったがいつまでも立ち止まってはいられない。


 俺はダーティワークを解除して再び歩き出した。


 *


 しばらく森を歩いていると拓けた場所に出た。


 粗末な造りではあるが木造の家が数軒見える。しかし人の気配は感じられなかった。まあ探知もまともに働かないのでどの程度気配察知がうまく機能しているかは自信が無いが。


「ジュークたち、あの奥野家に住んでる」

「あれ、一番まともだった」


 ギロックたちが奥手の家を指差す。何だか誇らしげだ。


 二人はそれぞれ俺の手を握るとその歩調を速めた。


「ジェイもお客さん」

「歓迎、歓迎」


 ジューク、ニジュウ。


 ここは恐らく木こりたちの集落だったのではないかと俺は推測した。


 まわりの木々は木材にもなるギスギスギが主だしその他にも伐採できそうな木は沢山合った。森の特性上魔法は使えなくなるがそれに頼らずに生活しようとすれば不便ではあっても生活することはできるだろう。


「他に住人はいるのか?」


 俺は二人のどちらにでもなく尋ねた。間近にある家は壁に大穴が空いているし、別の家は屋根が半分抜けている。ここらの家の大半が何らかの損壊を抱えているようだった。俺ならできればご遠慮したい物件ばかりだ。


 ちょっとニジュウのテンションが下がった。


「住んでいるのニジュウたちだけ」

「そうか」


 頭を撫でて慰めてやりたいところだが今の俺は両手が塞がっている。すまんな。


「……」


 あれ?


 そう言えばこいつら兄弟か姉妹がいるんじゃなかったのか?


 ニジュウにはニジュウイチとニジュウニが、ジュークにもいたよな?


 あとは……そうそう、マムもいたよな。


 そいつらはどうした?


「お前らの身内はどうしたんだ? 一緒に住んでないのか?」

「ああ」


 ジュークが呻いた。


「ジューハチ、マムが作った万能銃のテストで爆発した」

「あー、そうそう」


 ニジュウが何故か元気を取り戻した。


「あれ、凄かった。人間爆弾。どっかーん、て」

「あれでマム、万能銃に広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)撃てるようにするの諦めた」

「……」


 ええっと。


 なーんか不穏な発現が聞こえたような気がするのだが。


 空耳ですよね?


 俺はジュークに聞き直した。


「なあ……今、広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)って聞こえたんだが」

「うん、言った」


 ジュークが大きくうなずき。


「マム、万能銃は諦めたけど手榴弾にした」

「……」


 マムさん(誰だか知らんけど)。


 あなた、何て者作ってるんですか。


 つーかそれ実戦投入したらえらいことになるぞ。


 何せ、その手榴弾とやらを使えば広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)を撃てるんだからな。


 あーでもあれか、使用者制限とかあるのか?


「な、なあその手榴弾というのは誰でも使えるのか?」

「使える」


 ニジュウ。


「手榴弾持つ、安全ピン抜く、素早く投げる。それだけ。誰でもできる」


 やけにリズミカルにジュークが説明する。


 ちょい自分でもどこまでわかったのか怪しいが何となくは使い方がわかった。ただ、それが合っているのかは本当に自信がない。


 実物で試したいよ。


 俺はおずおずと尋ねた。


「そ、その手榴弾とやらは持ってたりするのか?」

「持ってない」


 ジュークが首を振った。


「ニジュウたちの武器、今あるのだけ」


 ニジュウが槍を持ち上げた。


 反対側ではジュークが黒い筒をとんとんと指で叩いている。なるほどやはりあれは武器か。


「ニジュウの武器、ドラゴンランスのドラちゃん」

「あっ、ニジュウ狡い、ジュークも」


 ニジュウが槍を片手で掲げてポーズを決めるとジュークが黒い筒を腰の小袋から引き抜いた。


 天に向かって格好つけながら構える。


「ジュークの武器、万能銃のバンちゃん」

「……」


 ドラゴンランスと万能銃?


 ま、まあドラゴンランスはわかる。見たまんま槍だな。


 で、問題は万能銃だ。


 これが、マムとやらが広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)を撃てるようにしようとして失敗した奴か。でもってジューハチが犠牲になった、と。


 何だかそんな高ランクの魔法を試すような物には見えないんだがなぁ。だってこれ変な形をした黒い筒だぞ。


 水系回復魔法(アクアヒーリング)を再現できたのには驚かされたけど。


「……」


 ま、いいや。


 どうせ俺のじゃないし。


 俺は早々に考えるのを放棄した。


 なお、これは面倒くさくなったからではありません。


 ……て。


 あれ、ギロックたちが俺をじいっと見つめて居るぞ。何で?


「ジェイ、凄くない?」

「ジュークたちの武器、普通?」

「……」


 どうやらこいつらは自分たちの武器を褒めて欲しいらしい。


 わぁ、めんどい。


 *


 ジュークたちギロックたちは元々別の土地にいたのだそうだ。


 そこでマムの実験を手伝ったり実験に巻き込まれたり実験から逃げたりしながら暮らしていたらしい。どうもマムから加害者臭がプンプンするぞ。


 ある日、マムの命令で薬草の採取をしていたジュークとニジュウが家に帰ると姉妹たちとマムが半壊になった家野中で動かなくなっていた。どうやら実験の事故のせいで全員死んでしまったようだ。


 日頃から外の世界への憧れを抱いていたジュークたちはこれを機に家を捨てて旅に出た。


 で、今ここ。


「……」


 えーと。


 こいつらこんなちっちゃいのに苦労したんだな。


 身内も皆亡くなって姉妹二人きりだなんてさぞかし不安だっただろう。


 俺はジュークたちと繋いでいた手を強く握った。このままこんなところに置き去りにするなんて俺には無理だ。


 ノーゼアに連れて帰ろう。


 大丈夫、ノーゼアにはウィル教の教会の孤児院もあるし、そこならこいつらと同じ年頃の子供たちも沢山居る。贅沢はできないがこんな捨てられた集落みたいな所で生きていくよりはずっとましだ。


 何よりお嬢様もいるしな。あの人なら必ずギロックたちの境遇に同情して力になってくれるはずだ。


「なあ」


 俺はギロックたちに声をかけた。


「俺と一緒にノーゼアに……」

「あっ」

「ダニーさんだ」


 ニジュウとジュークが声を上げ、俺から手を離して駆け出していく。


 目的の家の扉から一匹の黒猫が出て来ていた。


 やや大柄な体躯は成猫を思わせる。つーかこれで仔猫だったらいろんな意味で問題だ。特に猫好きの人たちは血涙を流して文句を垂れるだろう。


「ダニーさんっ」

「ただいまあっ」


 ニジュウとジュークが黒猫の傍でしゃがみ込む。頭を撫でたり背中を撫でたり、とにかく撫でまくっているな。


 ま、子供と小動物の触れ合いなんて平和的でいいじゃないか。ちょっとジュークたちのいきさつを聞いてアレな感じになっていたから心も和むというものだ。


 なんて俺がほっこりしていると。


「えっ、ダニーさん?」

「ジェイ、危ないッ!」


 ニジュウとジュークの声が重なる。


 俺がはっとした時にはもう黒い影が間近に迫っていた。


「ニャーッ!」

「……っ」


 俺は反射的にダーティワークを発動させて拳で黒猫の一撃を受け止めた。


 くっ、猫の癖に何て重いパンチなんだ。


 これ、ただの猫パンチじゃないぞ。


「ダニーさん、違う違う」

「ジェイ、悪い人じゃない」


 ニジュウとジュークが大声で呼びかけるが黒猫に退く様子はない。


 むしろ俺を完全に標的と決めたらしくくるりと一回転して俺から離れるとまたダッシュをかけて俺へと迫った。


 タン、と足音を一つ響かせてジャンプすると黒猫の体が一回り大きくなったような気がした。そのまま俺に猫パンチのラッシュを浴びせてくる。


「ウニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャ……ウニャァ!」

「くっ」


 何てこった。


 相手は猫だっていうのに防ぐので精一杯だ。


 まるでどこかの元Sランク冒険者を相手にしているみたいじゃないか。


 とにかく拳の速さも威力も一級品だ。拳撃の正確さも達人レベル。俺はこんな攻撃をしてくる奴を一人しか知らない。


「……」


 いやいやいやいや。


 落ち着け俺、こいつは猫だぞ。


 こんな奴のどこに親父の要素がある。


 ……俺、マジで疲れているのかな?


 これ、やっぱりノーゼアに帰ったら少し休んだ方がいいのかもしれない。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ