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第8話 転生大魔法使いは話についていけない


 首が絞まる勢いで抱きしめられて、何がなんだかわからない。

 抜け出そうにもエメリーヌを抱えているので満足に身動きが取れず、そのエメリーヌは衝撃で気絶してしまっている。


「あ、あの、誰か知らないけど、いったん放してもらっても? エメリーヌが……」

「……『知らない』?」


 耳元で低く呟かれて、ぞくりと背筋が震えた。

 それは恐怖からではなく、彼の声が良すぎたせいだ。

 後ろから顎を持ち上げるようにして上を向かされ、再び青藍の瞳と見つめ合う。


「俺がわからないのか」

「? もしかして、初めましてじゃない、とか?」


 端整な顔がぎゅっと歪んだ。

 そこには困惑や不満、絶望のような色が滲んでおり、ひときわ濃いのが悲しみの色だった。

 眉間に寄ったしわになぜか胸が締めつけられて、初対面なのにそんな顔をしてほしくないような気持ちにさせられる。

 無意識に彼の眉間に手を伸ばそうとしたとき。


「セルジュ! 急に走りだしてどう……って、なんだいこれ?」

「うっわ、ついにやったなセルジュ。新入生いびりか?」

「セルジュがそんなことするわけないでしょ」


 金髪の少年が観客席中央の出入り口から現れ、茶色の髪を三つ編みにした少年がそのあとに続いた。

 どうやら助けてくれた青藍の瞳の彼は、セルジュという名前らしい。

 やはり聞き覚えはなくて、いまだに抱きしめられたままなのが謎である。


「いや、それよりちょっと待って……ミレイル先生の結界が壊れているじゃないか。まさか君がやったのかい、セルジュ?」


 金髪の少年の言葉に、ラヴィニアはドキッと心臓を跳ねさせた。

 気まずげに視線を横に流すが、上向かされているせいでセルジュと呼ばれた彼にはその一部始終を見られただろう。

 が、彼は特にラヴィニアを問い詰めることはせず、顎も解放してくれた。

 ただし、抱きしめる腕はそのままだったけれど。


「ぎゃーッ!! なにこれぇえええ! あたしの結界がぁああ!」


 すると、長い栗色の髪をボサボサにした女性まで登場する。彼女はちょうど金髪の少年たちとは反対の出入り口から来たが、そこは確か職員棟に繋がる出入り口だったなと頭の中で思う。

 ラヴィニアの時空魔法は座標が重要のため、特に生活圏内については最初にしっかりと把握する癖がついている。

 そのため、職員棟なんてまだ入ったこともないけれど、学園内の公表されている位置関係ならラヴィニアも把握済みだ。


「どこのどいつじゃあ! あたしの仕事増やした大馬鹿者はぁ!?」


 すみませんわたしです!と、正体を隠したいのに思わず答えてしまいそうになったとき、セルジュに口を塞がれた。

 まるでラヴィニアの言動を予測したような動きに、目をぱちぱちと瞬く。

 といっても、まさか本当に予測したなんてことはないだろう。彼とは今会ったばかりだし、たとえ本当に予測していたとしても、だったらなぜラヴィニアを助けるようなことをするのかが説明できない。


「ミレイル先生」

「なんだセルジュ・ナイトレイ。まさかおまえか!?」

「いえ、先生がまたメンテナンスをサボったからでは?」

「なっ……お、おまえ、なぜそれを……」

「あなたのサボり癖は有名です。ご自分の非を生徒のせいにするのはいかがなものかと」

「うがーっ! あたしの結界だよ!? メンテナンスなんかしなくても壊れないんだよ普通は!」

「現に壊れていますが?」

「うがーっ!」

「ちなみに、明日の一限に三期生の複合魔術を使用した模擬訓練の授業があります」

「それまでに直せってか!? せっかく明日は寝坊できると思ったのにぃいいい!」


 ただでさえボサボサの頭だったのに、自分で掻きむしったことでさらに酷い有様になっているミレイルの髪は、もはや静電気に四方八方から虐められたようだ。

 

「今のうちに逃げるぞ。その女、放すなよ」

「……え」


 そう言うや否や、セルジュが()()()

 軽やかに。まるで背中に翼でも生えているかのように。

 これは魔術なのだろうか。でも、詠唱は聞こえなかった。


(それに、なにかしら。この安心感)


 誰かに抱えられて浮遊するなんて、相手への信頼感がなければ普通に恐怖である。なぜなら落とされたら死ぬ可能性があるからだ。

 けれど、セルジュの魔力に包み込まれることには不安も恐怖も感じない。

 彼が今度は呪文を詠唱すると、練習場の端で気絶していたアシュレイと座り込んでいたディーノを浮かせて、金髪の少年たちの許で着地する。

 無惨にも壊れた己の結界を見上げて嘆くミレイルを置いて、一行は練習場を後にした。



   *



 無言で先頭を切るセルジュについていくと、ラヴィニアたちは教室棟の東にある談話室に辿り着いた。

 彼についてきたのは、動けないアシュレイとディーノが彼の魔術によって運ばれていたからだ。エメリーヌはラヴィニアが背負おうとしたら、金髪の少年が代わりに横抱きにして運んでくれた。

 談話室には暖炉があり、火は点いていない。

 その暖炉を囲うように二人掛けのソファやアームチェアなどが設置されていて、誰でも休める憩いの場として提供されている。

 とりあえず爆風の影響を直に受けて意識のないエメリーヌとアシュレイは、カウチソファを繋げた簡易ベッドに寝かせて、その他の者で暖炉を囲った。

 ちなみに、治癒を得意とする白魔術を使えるらしいディーノ曰く、エメリーヌもアシュレイも大きな怪我はしていないそうで、目が覚めるのを待てばいいということだった。


「さて、逃げるようにここへ来てしまったけれど、ちゃんと状況を説明してくれるんだろうね、セルジュ?」


 金髪の少年が口火を切る。

 しかし当のセルジュは、アームチェアに座るラヴィニアの手をとり、傍らで片膝をついたままラヴィニアを凝視している。

 友人の声が聞こえていないのか、それとも単に無視をしているだけなのか、彼は質問に答えることなくラヴィニアを見つめたまま呟いた。


「クローディア……」


 その名前に肩が跳ねる。

 自分の名前ではなく学園の名前を呼んだだけだろうと思うのに、こうも面と向かって言われると自分の名前を呼ばれたような気がして少しだけ焦ってしまう。


(でも、そんなはずないわよね……?)


 クローディアは前世の名だ。ラヴィニアがクローディアであったことを知る者はいない。

 彼はなおもじっとラヴィニアを見つめてくるが、何も反応せずにいると、やがてため息をいて顔を俯けた。


「セルジュ、いったいどうしたんだい。そちらの女性レディは知り合いか? さっきから何をして――」


 金髪の少年が話している途中で、彼が何かを決意したような表情で再び顔を上げてきた。

 ラヴィニアの手を握る彼の手に、さらに力が込められる。


「俺は、セルジュ・ナイトレイだ。あなたは?」

「ええっと、ラヴィニア・ローヴァインよ」

「ラヴィニア? 本当に?」


 彼が目を見開く。なぜそんな反応をされるのかわからなくて不安が募る。

 前世で偽名を使うときに名乗っていたこの名前は、どこにでもいる名前だからいいと思って使っていたけれど、五百年後には珍しい名前になってしまったのだろうか。


「そうか、ラヴィニアか……」

「あの、ナイトレイさん」

「セルジュでいい」

「「え!?」」


 そこで驚愕の反応を示したのは、彼の友人と思しき金髪と三つ編みの少年だった。

 ラヴィニアがそちらへ視線を映すと、金髪の少年が申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「驚かせてすまないね。セルジュが女性に名前を呼ぶのを許すところを初めて見たものだから……――そういえば自己紹介がまだだった。僕はハイノ。ハイノ・ユストゥス・フォン・ヘンツェ。東のインガルテ出身なんだ。よろしく」

「ひ、東の」


 インガルテ帝国といえば、今世のラヴィニアの出身国であり、人体実験を行う闇組織から逃げ出してきた国である。名前を聞くだけでちょっと緊張してしまうのは仕方ないだろう。


「こいつ優しそうな顔してるけど、騙されんなよ。なんせ第二皇子だからな。変なことしたら首が飛ぶぞ、一期生」

「飛ばないよ。無駄に怖がらせないでくれるかい、ルイゾン」

「ちなみに俺はルイゾン・ラ・エドモンだ。侯爵家の生まれだけど三男だから、いろいろ自由にやらせてもらってる。で、あんたは強いか?」

「……へ?」

「強いなら俺と勝負しない? 俺に勝ったら嫁にもらってやる」

「え!?」


 なんだそれはどういうことだ、と人生初のプロポーズもどきにパニックになっていると、傍らで膝をついていたセルジュが立ち上がり、ルイゾンを威嚇するように睨みながらラヴィニアの背後に回ってきた。

 彼の手は相変わらず片方はラヴィニアの手を握り、もう片方はラヴィニアの肩に置かれた。


「残念だが、彼女の強さに関係なく、ラヴィニアをおまえに渡すことはない」


 その宣言に、ハイノとルイゾンが揃って息を呑む。


「ラヴィニアに手を出した時点で俺がおまえを焼き殺す。ハイノ、おまえでも同じだ」



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