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第5話 転生大魔法使いは魔術に泣く


 魔術学園クローディアには、専門的に魔術を学べるだけの施設や設備が整っている。

 これは初代学園長である英雄クローディアの意向を受け継いでおり、身分に関係なく実力のある者に平等に魔術を学ぶ機会を与えたい、そしてそのためには充実した環境が必要だ、という彼女の思いが発端らしい。

 生まれて初めて『学校』というものに通い始めたラヴィニアは、最初のオリエンテーションで担任のドゲルグが話した内容を聞いてぽかんと口を開けた。


(え、えぇ……? 待って。今あの人なんて言ったの? 魔術学園()()()()()()? ……クローディア!?)


 それは前世の自分の名だ。

 なぜそれがこの学園の名前になっているのだ。

 そもそも、自分は前世、こんな立派な学園を創った記憶なんてなく、そんな高尚な思想を持った覚えもない。

 あの頃は寿命の長いゼドとどれだけ一緒にいてあげられるか、なんとか彼が寂しい思いをせずにすむようにできないか、そればかり考えていた。

 様々な種族の中でも、竜は長命だ。

 特にゼドは竜種の中でも特別な竜で、その寿命は彼自身も「知らん」と投げやりになる始末である。

 人間のクローディアでは到底最後まで寄り添うことは叶わず、それならと子孫を残そうとしたのに、ゼドが頑なに拒否した。


『クローディアでないなら不要だ。オレがあるじと定めたのは、後にも先にもおまえ一人なのだから』


 なんてかわいいことを言うのだろうと浮かれた。図体は全くかわいいものではなかったが、ゼドのそういうところがクローディアも愛おしくて、なるべく彼の希望を叶えることにした。


 つまり、己の相棒を溺愛していたクローディアが、それ以外のことに注力する脳の空き容量などなかったのである。

 そして今さら学園の名前で驚いているのは、ここまで誰もラヴィニアの前で学園の名前を口に出さなかったからだ。

 伯爵はずっと『魔術学園』と言っていたし、入学式で祝辞を述べた学園長は『我が校』としか言っていない。

 

(やだぁ。自分の名前の学校とか恥ずかしすぎて退学したい……)


 しかし、ラヴィニアを襲った試練はこれだけではなかった。

 髪も髭も長い――ラヴィニアは内心で『髭モジャ』と命名した――ドゲルグが、神経質そうな顔で放った次の言葉には、脳天に雷を落とされたような衝撃を食らう。


「ではこれより、入学案内に記載していたように、みなの現在の実力を図るための試験を行う。午前に筆記、午後に実力の順になるため、昼食後はローブを羽織ってくるように」


 ドゲルグがさっそく筆記試験用の問題用紙を配り始めた。

 今のラヴィニアの心中をひと言でまとめるなら「聞いてないわ!!」だ。

 ラヴィニアは伯爵の親馬鹿のせいで急遽学園に入学することが決まったため、準備期間などないにも等しかった。

 入学試験だってどんな裏技を使ったのか、ラヴィニアは受けたことになっていた。

 貴族の中での伯爵位は、上から数えて三番目に高いとはいえ、中立を謳う魔術都市にまでその影響が及ぶなどただ者ではない。

 契約を交わしたあとの伯爵の言葉を思い出す。


『私がどうこうできるのは〝外側〟だけだ。入学してからは君の実力が必要になる。まあ、静寂石フドゥーウをものともしない君なら問題ないだろうが、頑張りたまえ』


 要するに、入学するまでのことなら裏工作もできるけれど、入学したあとはラヴィニアの実力で頑張るしかないから精進しろ、ということだったのだろう。


(だったらせめて最初に試験があることくらい教えておいてほしかった!)


 うっう、と内心で泣きながら配られた問題用紙に目を落とす。

 この世界には、昔から世界共通語としてブリット語が存在する。魔術都市内はそれが主要言語として使われており、ラヴィニアももちろんブリット語をマスターしている。

 が、問題には未知の言語が使われているのでは?と疑ってしまうほど、何を聞かれているのか全く読み解けなかった。

 ここにきてようやく、ラヴィニアは学園の入学は失敗だったことに気づく。護衛ならなんとかなると思った自分を今すぐ殴りたい。

 というのも、ラヴィニアが前世から馴染み深いのは『魔法』だ。魔術ではない。

 魔法と魔術は魔力がもとになるという点は共通しているが、その発動方法も、理論も、他は次元が違うと言ってもいい。

 ラヴィニアには魔術の知識も技能も、少しだって備わっていなかった。


(なにこれぇ……暗号? 暗号にしか見えないわ。何語?)


 魔術を行使する際の魔術式に描かれる文字は、そのためだけに開発された『リーン文字』が使用される。

 当然、ラヴィニアには読めるはずもない。


(というかそれを学ぶための学校じゃないの!?)


 半ば八つ当たりしながら、とりあえず読める箇所がないか探して必死に問題文を目で追っていった。

 試験終了の鐘が鳴ったとき、すでにラヴィニアは疲労困憊だった。

 英雄譚として語り継がれている魔物の襲来を退けたときより疲れている。


 午後の実力試験も散々だった。

 実技の授業用に防御魔術が付加された丈の長いローブを着用した一期生たちは、クラスに関係なく全員がグラウンドに集められ、そこで試験が始まった。

 クラスごとに整列させられ、1-Aクラスであるラヴィニアはエメリーヌと共に列に並んだのだが、教師の合図で順番に一人ずつ簡単な魔術を発動させることになったとき、終わったと思った。

 試験の内容は、周囲のざわめきから察するに、魔力持ちなら子どもでもできるようなものらしい。

 火を、水を、風を、手のひらの上に出すという、初歩的な魔術。

 どの属性の魔術でもよく、生徒たちは皆、自分の得意な系統の魔術で挑んでいた。

 中にはグラウンドの土から土人形ゴーレムを生み出した強者もいて、拍手喝采を受けていた。

 順番は刻一刻と迫ってきて、ついに隣のエメリーヌの番になる。

 彼女はなんと、手のひらの上に氷像を作り出した。

 その繊細な美しさには担任のドゲルグも感嘆の息を漏らす。


「すでにこの技術とは、素晴らしい。さすが南の名門ラ・ドゥール家の者だ」

「ありがとうございます」


 優雅に応えるエメリーヌをぎょっとした目で見つめる。

 昨日、寮であれほどラヴィニアに怒ってきた彼女とは別人のようだ。


「では次。ラヴィニア・ローヴァイン」

「は、はいっ」


 ローヴァインという名は、伯爵が付けてくれた名字である。

 今の世で名字がない者はほとんどいないらしく、入学するに当たって伯爵の遠戚の養子になったラヴィニアは、ローヴァインの名を名乗るよう言われているのだ。

 ラヴィニアは必死に聞き耳を立てて覚えた、他の生徒たちが口にした呪文を詠唱した。

 ドゲルグの反応からして、エメリーヌのマネはしないほうが無難だと判断した上での呪文詠唱だったが、唱え終わったあとのラヴィニアの手の上は静かなものだった。


「あ、あー……もう一回、もう一回ね!」


 けれど何度やっても同じだった。

 自分の中の魔力はうんともすんとも反応しない。


「ラヴィニア・ローヴァイン」

「はいっ」

「入学試験では平均的な能力だったようだが、今日は調子が悪いのかね?」

「……えへへ」


 伯爵ぅー!と心の中で叫ぶ。


(どうせなら合格ギリギリの成績にしておいてほしかったわ……!)


 ドゲルグの視線はあきらかにラヴィニアの調子の悪さを疑っているものではない。

 とても冷えた眼差しに突き刺されて、なんとも居たたまれなくなる。


「よろしい。次」


 何が「よろしい」のか。怖すぎて真意は問えない。


「あなた、整頓だけじゃなくて魔術もだめだったのね……」

「うっ……」


 エメリーヌからも呆れの眼差しを向けられて、ラヴィニアは泣きたくなった。

 そのとき、列の最後尾のあたりで「おお!」というひときわ強い歓声が上がる。

 なんだなんだとみんなの視線がそちらに集まり、ラヴィニアとエメリーヌも同じように目をやると、小さな火柱を軸に水をらせん状に操る金髪緑眼の少年がいた。


「他系統魔術の同時発動ね」


 エメリーヌが冷静に呟く。


「それってすごいの?」

「あの規模なら初級魔術師でもできる人はいるけれど、もし彼が試験のために力を抑えているだけなら、中級魔術師に筆頭するかもしれないわ」

「へぇ……」

「しかも彼の場合、他系統の中でも同時に扱うのが難しいとされる相剋関係の水と火を同時に発動させているから、それなりの実力者なのは間違いないわね」

「へ、へぇ……」


 初級とか中級とか、相剋とか。ラヴィニアにはさっぱりだ。

 これは本格的にまずいかもしれない、と額から冷や汗を流す。

 試験も終わり、エメリーヌと教室に戻ろうとしたときだった。


「エメリーヌ・ラ・ドゥール嬢。私の魔術は見ていただけたかな?」


 先ほど注目を集めていた少年が、二人の前に立ちはだかった。



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