第3話 転生大魔法使いはホームシックになった
魔術都市イギア。
そこはかつてラムズという大都市があった場所。
ラヴィニアは約五百年の時を経て、再びその地に降り立った。
(す、すごい)
ラヴィニアが『クローディア』だった頃は、複数の民族がそれぞれに生計を立て、よく互いの土地をめぐって争っていたものだ。
その中で一番強かった民族が、このイギアを中心にどんどん自分たちの領土を広げていった。
そんなふうにして、今のように明確な〝国〟という組織なんてなかった時代だったけれど、それでもどの民族にも共通認識となる存在はいた。
それが〝大魔法使い〟だ。
魔法使いは特別だった。彼らは精霊の声を聴き、精霊と対話し、不思議な奇跡を起こす。
その中でも特に力のある者が『大魔法使い』の称号を与えられ、時代によって人数は変わったものの、大魔法使いの証として宝石のついた杖が贈られていたのはいつの時も変わらない。
大魔法使いを選定していたのは、その属性の精霊王である。
たとえば火属性なら火の精霊王が、水なら水の精霊王が――クローディアは、時空の精霊王に愛され、彼からダイヤモンドの輝く杖を渡された。
クローディアの時代には、そうして五人の大魔法使いがいた。
全員が性格にはひと癖もふた癖もある者たちばかりだったため、通常時は顔を合わせれば喧嘩になっていたが、非常時はとても頼りになる存在だった。
(ねえみんな、見てる? ごめんねシモン、あなたの言っていたことは本当だったわ)
クローディアは愛する両親を民族間紛争に巻き込まれて亡くしていたため、あの頃は〝人〟が苦手だった。
そんなクローディアに、風属性の魔法と予言魔法が得意だったシモンが言ったのだ。人に絶望するにはまだ早いですよ、と。
その言葉があったから、魔物の大群が押し寄せてきたとき、クローディアは〝人〟を守った。引きこもっていた山から出て、他人を守るために自らの意思で力をふるったのだ。
(〝人〟ってすごいのね。ラムズがこんな華やかな街に生まれ変わってる。ねえ、みんな……見てる?)
当時はあんなに顔を合わせるのが億劫だった同期たちが、途端に恋しくなる。
ラヴィニアの前にはたくさんの人が行き交っている。
所狭しと建ち並ぶ建物。賑やかな声が聞こえてくる露店。子どもも大人も、楽しそうに笑っている。
――なのにどうして、こんなもの寂しい気持ちになるのだろう。
悲しい要素なんて一つもない。とても長閑で、平和な光景だ。
なのになぜ、自分だけ世界に独り取り残されたような気分になっているのだろう。
(覚えてる、この土地の気配。昔より少ないけど、精霊もちゃんといる。懐かしい。懐かしいのに……戻ってこられて嬉しいはずなのに、寂しいのは、なんでなのかしら)
ラヴィニアはよろめくように一歩踏み出した。
明日からは伯爵との契約を履行することになるけれど、今日は自由にしていいという言葉をもらっている。
魔術学園の寮も明日からでないと入れないため、今日は伯爵が取ってくれた宿屋に泊まる予定で、本当ならこのあとそこへ行ってゆっくりするはずだった。
かつての相棒を探すにしても、彼は竜だから街中にはいるはずがない。そのため、学園の休日を利用してまずは竜の目撃情報から探ろうと計画していたのだ。
しかし、自分で考えた捜索計画なんて、実際にかつてのラムズを前にしたら頭から吹っ飛んでしまった。
懐かしいのに違う。
街は幸せで溢れているのに、ラヴィニアはちっとも嬉しくない。
(ゼド……ゼド。どこにいるの、ゼド)
踏み出した足はだんだんと焦りを滲ませ、ついには人を掻き分けながら走っていた。
(ゼド、ねえ、いるわよね? 竜は長命だって言ってたわよね? 五百年なんて、あっという間、だよね?)
――五百年。
その重さを、今、急に実感する。
前世の記憶が蘇った直後は、こんな気持ちにはならなかったのに。
今さら五百年という時の流れの重みが、胸にじわじわとのしかかってきた。
「っ、ゼド、ゼド! 返事をして、ゼド! 約束を守りに来たのよ。ねえ、隠れてないで出てきてよ……っ」
知っているのに知らない街は、あっという間に知らないだけの街になった。
自分がどこにいるのかわからない。
自分がどこに存在しているのかわからない。
石畳の上にぼたぼたと涙が落ちていく。
道端で泣き叫ぶ少女を、通行人は何事かと遠目に見ながらも素通りしていく。
昔は異民族との争いが多かった分、同じ民族の者同士はたとえ他人であっても困っている者を見かけたら誰かが手を差し伸べたものだ。
――ああ本当に、もう、ないんだ。
ラムズはもうない。
かつての仲間もない。
殺しても死ななそうな同期も、五百年後にはさすがにいない。
そして、永い時を生きるという竜も、その気配さえ感じさせてくれない。
「ゼドの馬鹿ぁ!」
ありったけの思いを込めて、ラヴィニアは叫んだ。
同時刻、魔術学園内にて。
「――――」
何かに呼ばれたような気がして、黒髪青藍の瞳を持つ少年が振り返った。