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第26話 転生大魔法使いは初めての感情に翻弄される


 そのとき、セルジュが大きくため息をついた。


「確かにローブで姿を隠していたのは、ラヴィニアだ。だがそれは練習場に避難してこないアシュレイを心配して抜け出したからに他ならない」

「どういうこと?」

「見つかれば連れ戻されると思ったらしい」

「ふうん。そうなのかい、ローヴァイン嬢?」

「え、あ、はい。そう、そうです」


 なんだかよくわからないが、セルジュが誤魔化そうとしてくれている?

 もしくは、彼自身が本当にそう思っているのか。

 後者であってくれたほうがラヴィニアにとっては幸いなのだが。


「ミレイル先生が感知したのは正体不明の魔力だけで、姿は捉えられなかったんだろう?」

「そう言っていたね」

「二人が同一人物とする確かな証拠は何もない。願望で答えを焦るなよ、ハイノ」


 ドキドキしながらハイノの反応を窺う。彼はうーんと唸りながら、やがてあっけらかんと笑った。


「それもそうだね。色々と都合よく繋がりそうだったから、らしくもなく解決を焦ってしまったよ。ごめんね、ローヴァイン嬢。変な疑い方をして」

「い、いえ……誤解が解けたなら、何よりです、はい」


 だから、とハイノは続けて。


「今度は言い逃れできないような決定的な証拠を、ちゃんと見つけることにするよ」


 と、眩しいくらいの笑顔で言い放った。

 あ、これ全然諦めてない、と遠い目をしてしまったのは言うまでもない。あきらかに彼はまだラヴィニアを疑っている。


「ハイノ」

「なんで止めるんだい、セルジュ。僕がどれだけ『魔法』に憧れているか君は知っているだろう? 僕は君が羨ましいくらいだよ。あーあ、僕のことも誰か使い魔召喚してくれないかな?」


 ずっと置物のように無口無表情だったロベルトが、このとき初めてぎょっとして表情を変えた。


「極大魔法が使い魔だけじゃなく、召喚主にも使えたらいいのにねぇ」

「これ以上馬鹿な話を続けるなら俺は帰る」

「ええ? 雑談くらい付き合ってくれてもいいじゃない」

「斜め前を見ろ。ルイゾンは退屈で居眠りしてるぞ」

「わぁ。ルイゾンはあとでお仕置きだね」


 視線を移したら本当に眠っていたルイゾンに、アシュレイと共にドン引きする。あの緊迫した空気の中でよく眠れたものだ。

 ハイノがその柔らかな微笑みに似合わない強さでルイゾンに張り手をかますと、ふがっと彼が起きた。こっちもこっちでドン引きだ。

 セルジュが宣言どおり椅子から腰を上げ、ラヴィニアの腕を掴んで立たせる。


「ハイノ、好奇心もほどほどにしておけよ。でないと身を滅ぼすことになる」

「怖いね。肝に銘じるよ」


 意味深長な視線を交わし合う二人だったが、先にセルジュが視線を外し、ラヴィニアの腕を引いて生徒会室を後にしたのだった。




   *




 生徒会室を出たラヴィニアは、セルジュに腕を引かれるまま足を動かす。

 広い構内のどこに向かっているのだろうと思いながらも、彼に訊くことはできなかった。

 なぜならチラリと窺った彼の横顔は、思ったよりも険しかったからだ。

 ようやくお目当ての場所に辿り着いたのか、彼が時計塔に繋がる木製扉を開けて中に入った。

 かなり高いところまで螺旋階段が続いていて、頂上は外に出られるようになっている。そこには学園島に時を知らせる鐘があり、ラヴィニアは翼竜を撃退する際、そこから隠れて魔法を使った。

 今は放課後で、学園内には部活動をやっている生徒や友人との談笑を楽しむ生徒たちの賑やかな声が聞こえていたが、時計塔の中は静謐な空気に包まれていた。


「ねえ、セルジュ。こんなところに来てどうしたの?」


 ラヴィニアの声が内部に反響する。

 セルジュは腰を屈めたと思ったら、急にラヴィニアの身体を横抱きにした。


「俺の首に腕を回せ。しっかり捕まっていろ」

「え、なに、なに!?」


 叫んでいる間にセルジュの身体がふわりと浮き、一気に中央の吹き抜けを飛ぶ。

 彼に抱えられて飛ぶのは二回目だ。ラヴィニアは言われたとおり彼の首に腕を回し、上からかかる風圧をやり過ごすために目を瞑った。

 彼が止まったのが感覚でわかり目を開けたとき、ちょうどセルジュが頂上へ繋がる扉を開けたようで強い風に髪がたなびく。喧騒が耳に戻ってきた。

 時計塔は四方を見渡せるようになっているので、グラウンドも、校門も、魔術練習場も中庭も、学園全体を眺められる。

 ちょうど校門方向の地平線に日が落ちていくところで、夕映えの空が広がっていた。


「すごい……久しぶりにこんな綺麗な夕日を見たわ」

「気に入ったならいつでも連れてきてやる。あの螺旋階段を上るのは一苦労だろう?」


 ドキッと心臓が跳ねたのは、翼竜を撃退するときに実際に苦労して螺旋階段を上ったからだ。

 あのときはグラウンドが見渡せて、隠れることもできそうな、ちょうどいい他の場所を咄嗟に見つけられなかった。だからグラウンドに向かっている途中に見つけたここを選んだのだが、螺旋階段を見たときは軽く絶望したものである。

 まるでそのときのラヴィニアを見透かしたようなセルジュの言葉に、内心で「まさかバレてる……?」と焦ったけれど、どうやら思い過ごしだったらしい。

 彼はそれ以上追及せず、夕日を背にラヴィニアを振り返ってきた。


「おまえが望むなら、俺はどこにだって飛んでやる。いつだって駆けつける。――その代わり、約束してくれないか。今回みたいに、勝手に一人で危険に近づかないと」


 思いの外真剣な青藍の瞳が、動揺するラヴィニアを映している。


「俺が行かなかったら、おまえはあのまま正気を失ったロヴェーレに襲われていた。おまえが簡単に負けるとは思わないが、それとこれとは別なんだ」

「それとこれ?」

「おまえの強さと、俺の不安は別だってことだ」

「……不安」


 それは「どうして」と訊ねてもいいものなのだろうか。

 どうして会って間もないラヴィニアのことを、彼がそこまで心配してくれるのだろう。


(わたしが、召喚主だから?)


 考え込んでいたら、セルジュが一歩近寄ってきた。

 親指でラヴィニアの唇に触れる。そのせいで彼にキスされたときのことを思い出してしまい、ラヴィニアは驚きと羞恥心で一瞬のうちに顔を赤くした。


「あんな形でとはいえ、おまえの唇を奪ったこと、俺は謝らないからな」

「う、あの」

「おまえが危険に首を突っ込むたび、俺はおまえを守るためにキスをする」

「や、だからっ」

「それが嫌なら大人しくしていろ、ラヴィニア。ハイノは厄介だ。あいつは興味を持つととことん追及できる財力と知力、そして人材も持ってる」

「~~っから、近いわ!」


 セルジュの胸板を押す。彼はびくともしなかったけれど、唇からは手が離れた。

 それにほっと息を吐く。

 そろりと窺ったセルジュは、なぜか眉根を寄せるようにして嬉しそうに笑っていた。

 彼はそんな笑い方もするのだと、胸がきゅっと甘く痺れる。


「まさかおまえにそういう反応をしてもらえるとはな。『待つ』と決めた甲斐があった」


 セルジュの手がまた伸びてくるけれど、彼はラヴィニアの頬に触れないギリギリのところで手を止めた。

 でも、おかしい。触れられていないはずなのに、彼の温度が肌に伝わってくるような感覚がある。

 触れるか触れないかのその距離は、しっかりと触れられるよりなんだか恥ずかしくて、もどかしくて、そして少しだけ――切ない。


「人間が羨ましい」

「セ、ルジュ?」

「出会って間もなくても、おまえをそんな顔にさせられる。人間は面倒だが、それよりも、羨ましくて仕方ない」


 そう言った彼の表情が少しだけ悲しげに見えたのは、夕日から漂う哀愁のせいなのか。

 ただ、勝手に落ち込んでいる彼にラヴィニアは反感を覚えた。ラヴィニアをこうさせたのは他でもない彼だというのに。まるで人間相手になら誰にでも同じ反応をすると思われているようで、なんだか釈然としない。


「……ねえ、さっきから何を言ってるのか、わたし、あんまりわかってないかもしれないけど。でも、わたしの顔が赤いならそれは、セルジュのせいだよ? わたし、こんなふうに動揺したの人生で初めてで、だから、誰にでもこうなるって思われるのは、ちょっとなんか、嫌だわ」


 前世を合わせても、こんな気持ちは初めてなのだ。

 こんなふうに胸が高鳴ることなんて今までなかった。

 自分でもどうしてこうなっているのかはわからない。

 強引で、謎が多くて、けれどいつもラヴィニアを助けてくれる、不思議な人。

 どこかゼドに似ている、懐かしさを感じる人。


「だから、そんな寂しそうな顔、しないで」


 この人が寂しそうだと、悲しそうだと、なぜかラヴィニアの心も悲しくなる。

 笑ってほしい。幸せでいてほしい。彼の言うように出会って間もないのにそう願うのは、自分にとって彼がどんな存在だからだろう。

 片手で顔を覆いながらため息をついたセルジュが、それからラヴィニアの頭をくしゃりと撫でてきた。


「本当におまえは、いつだって一番厄介だよ」

「え!? わたしが!? 厄介!?」

「ああ。俺が今どれだけの本能を押さえ込んでると思ってる。頼むから他に目を移すなよ」

「わっ、ちょっ、なんでもいいけど、さすがに撫ですぎじゃないかしら!? というか、なんでここに来たのっ?」

「ん? だっておまえ、高くて見晴らしがいいところが好きだろう? ハイノのせいで生徒会室じゃ息が詰まっただろうからな。気分転換にと思ったんだが、ならなかったか?」

「…………なったわ!」


 振り返って考えてみたら確かに高いところは好きだし、景色のいいところも好きだし、なによりそれはゼドが見せてくれる特別な景色だったから余計に好きだったのだが、セルジュの言うとおりいい気分転換になった。

 ラヴィニアの反応がおもしろかったのか、彼が吹き出すように笑う。

 いつもの冷静沈着な姿とは違う顔に、ラヴィニアの鼓動はどんどん大きくなっていく。


「なら、今度はもっと高いところに連れていってやるよ」


 無邪気な笑顔に、ラヴィニアの顔は夕日よりも赤く染まったのだった。




【第一幕・完】

これにて第一幕は完結です!

続きはコンテストの結果発表後からゆっくりと更新予定ですので、

最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

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