第25話 転生大魔法使いは正体がバレた!?
「ヘンツェ先輩の最初の質問ですけど、心当たりはあります。翼竜が私を狙ったのは、さっきエドモン先輩が仰っていたように『魔力増強剤』のせいだと思います」
アシュレイが懺悔するように眉根を寄せた。
竜を含む魔物は、魔力を好む。だから魔物は魔力持ちの集まるイギアを頻繁に襲うが、今回もこれと同じ現象が起きたのだろうとアシュレイは続ける。
「魔力増強剤は魔力を凝縮したようなものです。だから私が狙われたのだと、あとになって気づきました」
「それは誰かからもらったものかな? それとも自分で調達したもの?」
ハイノが質問を重ねる。
やや躊躇ったあと、アシュレイは口を開いた。
「弟からもらったものです。入学祝いみたいなもので、餞別にと」
「それを君はずっと持っていた」
「そうです。言い訳に聞こえるかもしれませんが、使うつもりなんてありませんでした。ただ、お守りにと思って持っていたのです」
「でも君は翼竜のときに使ったね。なぜだい?」
「……私が先生たちの邪魔になっていることはわかっていたので、なんとかその状況を打開できないかと考えました」
だから、とアシュレイは掠れる声で。
「あんな状態になるなんて、知らなかったんです……っ」
あんな状態というのは、正体を隠したラヴィニアを襲ったときのことだろう。
あのときの彼は魔力を欲していた。必死に理性を総動員して自我を保っていたようだけれど、もしあのときアシュレイが本能に抵抗しなければ、今ここに彼はいなかっただろう。
「そう……やっぱり君は知らなかったんだね。それを聞けて安心したよ」
「え?」
ハイノが優しく目を細める。そこにはルイゾンを咎めたときのような冷たさはない。
「君が飲んだあれは、最近問題になっている魔薬でね。君のように『魔力増強剤だ』と信じ込まされて被害に遭う人が後を絶たないんだ。つまり君は被害者。誰も傷つけていないし、嘘も吐いてなさそうだし、お咎めなしでいけるよ」
「そ、それは、ありがたいですけど……でも、本当にいいんですか?」
「大丈夫。セルジュに感謝するんだね。彼は念のためと言って、先生たちには内緒で僕に話を持ってきたんだ。君が故意に飲んだなら先生に突き出していたところだけれど、そうでないなら、ここでこの話は終わらせられる」
「ナイトレイ先輩が……」
「勘違いするな。俺はラヴィニアのために黙っただけだ。それと、おまえの使い魔に免じてな」
みんなの注目を浴びたアシュレイの使い魔が、机の上を移動してセルジュの前で止まった。
「兄ちゃん、やっぱり懐かしい匂いがするんですん」
「奇遇だな。俺もおまえの――いや、おまえとよく似た匂いを覚えている、サラマンダー」
「サ、サラマンダーっ?」
このとき素っ頓狂な声を上げたのは、主人であるはずのアシュレイだった。
セルジュが短く息を吐く。
「やはり気づいてなかったな。こいつのこの姿は仮の姿だ。実際はもう少し大きい」
「なに言ってますん! あっしは『もっと』ビッグになれますで!」
「いや……えっ? サラマンダーって、だって、四大妖精の……」
呆然と呟くアシュレイに、ラヴィニアは笑顔で告げた。
「そうよ。火を司る四大妖精のひとり、サラマンダー。だから言ったでしょ、アシュレイは凄いのよ!」
「気づいてたのか? ローヴァイン」
「え? うん。マヒュネリア先生も気づいてたよ」
素直に頷いたら、アシュレイが愕然として固まった。
本当は勘違いしてそうなアシュレイに話そうとしたことはあったけれど、彼自身に遮られてしまって叶わなかったのだ。
あれ以来伝えるタイミングを完全に逃し、今に至る。
「そんな……」
「マスター、マスター。あっし凄いっす? ベリベリキュートですん?」
「いや、キュートでは……ないけど……」
「え!?」
「サラマンダーって、こんな変な話し方なのか……?」
「あっしのボスは気に入ってくれてたんですんー! マスターは嫌いですん……?」
ボスってなんだ……とアシュレイが力なく口にすると、質問されたと思ったサラマンダーが答えた。
「ボスはボスですん。火竜ですやん!」
「火竜!?」
がくっと、アシュレイが白目を剥いて背もたれになだれる。
サラマンダーが焦りながらアシュレイの頬をぺちぺちと叩いているが、まあ、自分の召喚した使い魔が竜のひとりと繋がっているとわかればそうなるのも仕方がない。
ふたりのやりとりを微笑ましく見守っていたハイノが、ちなみに、と今晩の献立を訊くような気安さで訊ねた。
「あの魔力増強剤を飲んだ者は全員がそのうち正気を失ったんだけれど、君はどうやって取り戻したんだい?」
ラヴィニアにとっては何気ない質問だと思った。
けれど、ここで初めてセルジュが瞠目しているのを見て、心臓が嫌な音を立てた。
「え? だからそれは、ナイトレイ先輩が蒼い炎で助けてくれたからですが……?」
それは聞いてなかったのか、という声が聞こえてきそうなアシュレイの声音だった。
「正確には、ナイトレイ先輩と、ローブで顔を隠した誰かですけど。……そういえば誰だったんだ、あの女性?」
突然雲行きが変わって、ラヴィニアは手にじんわりと汗を掻く。
どこに視線を留めておけばいいのかわからなくて、ひたすら机上を見ていた。
「ハイノ」
「なんだいセルジュ」
「増強剤を飲んだ奴が全員そうなっていたとは、聞いてないが」
「言ってないからね」
セルジュが眉根を寄せた。
これだからこいつは油断ならないんだ、と言外に非難する眼差しを、ハイノはただただ微笑みで躱している。
「僕の知る限り、蒼い炎を出す魔術なんて聞いたことがない。だとすればそれは魔術ではないね? なら、なんだろう」
「その究明は今回の任務には含まれていない」
「そうだね。だからこれは僕の個人的な興味だ。知っているかい、ローヴァイン嬢。使い魔とその主人には、対の契約印が身体のどこかに刻まれているだろう? それを重ねると、極大魔法が使えるんだよ」
極大魔法、と口内で繰り返す。
前世ではゼドがクローディアの使い魔だという認識が周囲に広がっていたけれど、それは今世で言う『使い魔』とは定義が異なる。
クローディアはゼドを召喚なんてしていないし、よって契約印なんてものは互いの間には存在しなかった。
だからラヴィニアは、実はあまり契約印について詳しくはない。
「僕ら人間と違って妖精や魔物、精霊は魔術ではなく『魔法』を使う。もともと魔法は彼らのものだから、それ自体は何もおかしなことじゃない。けれど、人間と契約することでしか彼らにも使えない魔法というものがあってね。ふたり分の魔力が重なったそれの威力は、普通の魔術や魔法よりも段違いに大きくなる。だから僕らは、契約印を重ねて発動するその魔法を『極大魔法』と呼んでいるんだ。あ、僕らっていうのは、もちろん僕個人じゃなくて人類が、って意味なんだけれどね」
ハイノが何を言いたいのか、何を訊きたいのか、薄々気づき始めて、ラヴィニアは今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られた。
「さて」
びくりと、肩を震わせる。
「セルジュの使った蒼い炎が『魔法』なら、それは極大魔法しかない。となると、セルジュがそれを使うには主人である君の契約印が必要になってくる」
――ああ、だからか。
あのとき突然キスされた理由を、ラヴィニアはようやく知った。
同時に閃いたある可能性に、バッと勢いよく顔を上げてセルジュを見やる。
「ローブの正体は、ローヴァイン嬢、君ではないのかな? なぜ学園の生徒であり、姿を隠す必要のない君がわざわざそんな格好をしたのか、僕は気になって興奮して寝不足気味でね。ぜひとも答えをもらいたいんだけれど。あのとき翼竜の対応に当たっていたミレイル先生の話だと、魔法陣のようなもので翼竜を撃退した正体不明の魔力を感知したらしい。まあ、あの人は面倒がって正体を突き止めるどころかその存在を揉み消したけれど。でもその正体不明の魔力の持ち主がローブの人物だったら、そしてそれが君だったら、とても辻褄が合うとは思わないかい?」
とても思います……とはまさか言えるはずもなく。
ファーリスの中で一番温厚そうで優しそうな先輩だと思っていたけれど、その認識はどうやら改める必要がありそうだ。
ファーリスの中で一番油断ならないのが、ハイノで間違いない。
そしてそれは、セルジュにも言える。
彼が極大魔法を使うためにあのときのラヴィニアにキスをしたというのなら、彼はとっくにローブ姿のラヴィニアの正体に気づいていたことになるからだ。
つまり今、ラヴィニアは、この二人に自分が『魔法』で翼竜を撃退した可能性を疑われているということで。
(ど、どうしよう!?)