第24話 転生大魔法使いはカチンときた
翼竜の襲撃事件から数週間が経ち、すっかり学園は日常を取り戻していた。
ただそれは、ラヴィニアとアシュレイ以外、という条件がつくけれど。
ラヴィニアは今、アシュレイと共に生徒会室に呼び出しを受けていた。
呼び出された理由は『先日の翼竜の襲撃事件について』だ。翼竜の餌食になっていたアシュレイならわからなくもないが、なぜラヴィニアまで呼ばれたのかが今に至るまで全く予想できず、ラヴィニアは本気で眼帯を外そうかと思った。
眼帯の下の左目は、人体実験によって埋め込まれた特別製だ。かつての大魔法使いたちの力を再現させようとした研究によって、ラヴィニアの左目は視界に入れた相手の少し先の未来が視える。
といっても、本当に少しだ。本物の予言の魔法使いとは比べものにもならないくらい弱い力である。
しかも目を開けていると常時発動状態になってしまうため、生活に支障があるので普段は眼帯で視えないようにしているくらいだ。
生徒会室に入った瞬間に生徒会長あたりを視て、いざとなったら逃げようかなどと考えていたら、心の準備もできないままにアシュレイが扉を開けてしまった。
彼に続いて中へ入ると、部屋はまるで二つの空間を一つにしたように左右で雰囲気の異なる内装になっていた。
右側は談話室のように暖炉があり、くつろげそうなソファがあり、憩いの場という感じである。
対して左側は見るからに事務仕事をする場所という感じで、長机と椅子が並んだ島があり、壁には無機質な棚、その上には歴代の生徒会長だろう人物たちの肖像画が掛かっていた。
島の上座席には、見覚えのある生徒が座っている。ハイノだ。
そしてそのハイノの後ろに控えるようにして佇んでいる褐色の肌の男は、初めてみる生徒だった。
ただ、向かって右側でだらしなく座る三つ編みのルイゾンと、その対面の左側で腕を組んで座るセルジュは、ハイノ同様顔見知りである。
というか、セルジュにいたってはここ数日ラヴィニアが避けていた人物だ。
(だって、だって……! あれファーストキスだったのに……っ)
文句を言おうにも、あのときのラヴィニアは正体を隠していたから怒ることもできない。
かといって何食わぬ顔で会うこともできなかったので、学年が違うのになぜか遭遇率の高い彼をずっと避けていたというわけである。
「やあ、来てくれてありがとう、二人とも。どこでも好きなところに座って」
ハイノが優しげな微笑みで促す。
顔を見合わせたラヴィニアとアシュレイは、とりあえず下座に並んで座った。
「じゃあさっそくだけれどね、ロヴェーレには訊きたいことがあるんだ。自分がなぜ翼竜に狙われたのか、心当たりはあるかい?」
「…………」
アシュレイが決まり悪い表情で俯く。
あの事件からアシュレイの元気がないように見えたのは、やはり気のせいではなかったらしい。どうやら彼には自分が狙われた心当たりがあるようだ。
「怖がらずに正直に話してほしいんだ。あのときの君の様子はセルジュから聞いていてね。我々も目星はついている。ただ、君の口から真実を聞きたいだけなんだよ」
ハイノが穏やかに説得を続けていたとき、ルイゾンが机に肘をつきながら割り込んだ。
「回りくどいんだよ、ハイノ。別にこいつには『こういうことだよな』って訊いて『はい』って言わせりゃいいだろ」
「ルイゾン、静かに」
「魔力増強剤なんてもんに頼ろうとしたからバチが当たったんだよ。翼竜に喰われなかっただけありがたいと思えってんだ」
「ルイゾン」
「しかもおまえ、セルジュに助けてもらったんだって? 自分の尻拭いもできない卑怯者が――」
「やめて!」
ガタリと、座っていた椅子を倒す勢いでラヴィニアは立ち上がった。
斜め前にいるルイゾンをキッと睨む。
「さっきからなんなんですか、あなた! アシュレイのこと何も知らないくせに好き勝手言って!」
「事実だろうがよ。懐に魔力増強剤なんて忍ばせてたんだ。だからそいつは翼竜に狙われた。ズルして授業でいい成績取るために持ち歩いて、そのせいで死にそうになったくせに助けてもらった甘ちゃんじゃねぇか」
「違うわ! アシュレイは毎日勉強頑張ってるもの! 努力してる! そんな人を卑怯なんて言わないで!」
「そうやで!」
すると、ラヴィニアを援護するようにアシュレイの肩に彼の使い魔が現れた。
「マスターはかっこええんやで! どんなに落ち込んでもめっちゃスタディしてんねんで! 眠れないときは魔術記号をブツブツ呟いてんで! あっしのマスターはベリベリハードワーカーですん!」
「そうよそうよ! 悪口聞かせるために呼び出したなら、そっちのほうが性格悪いわよ!」
アシュレイの使い魔と一緒にベー!と舌を出す。
こめかみに青筋を浮かべたルイゾンが腰を上げようとしたとき、それまで沈黙していたセルジュがルイゾンを鋭い目で制した。
「ルイゾン、ラヴィニアに手を出すつもりなら俺が相手になるが?」
「ああ゛?」
「主人を守るのが使い魔だ。そこの使い魔と俺の怒りには正当性がある」
「はっ、正当性? 人間のくせに使い魔にされた奴は言うことが違うな」
火種がセルジュにまで飛び火して、ラヴィニアはもう我慢ならないと間近で文句をぶつけようとしたとき、
「――ルイゾン、いい加減にしようか? 僕が注意をするのはこれで三度目だよ」
氷山もかくやという冷たく恐ろしい声がこの場に響いた。
ラヴィニアもゾッとした声は、いつも温厚そうなハイノが発した声だったらしい。普段の彼も微笑みを絶やさないけれど、普段とは全く異なった意味を持っていそうな冷酷な微笑がルイゾンに向けられている。
そんな彼に動揺していないのは、褐色肌の男とセルジュだけだ。
「黙らないならロベルトに物理的に黙らせてもらうけれど、どうする?」
「…………チッ」
どうやら褐色肌の男はロベルトというようだ。ルイゾンは舌打ちすると、大人しく口を閉じた。
そのとき流れた沈黙を破ったのは、当事者のアシュレイだった。
「……違うんだ。すまない。っ、私は、君たちに、そんなふうに庇ってもらえるような人間じゃないんだっ」
机の下で、彼がぎゅっと拳を握る。
「ちゃんと全部、お話します」