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第23話 転生大魔法使いは蒼い炎と再会する


 ラヴィニアは突然のことに思考が停止した。

 広い構内を全力疾走で駆け抜け、ようやく見つけた正体がバレなさそうな場所で、横腹を痛めながら召喚した時空の精霊王に翼竜を引き取ってもらったまではよかったのだ。

 そのあと、アシュレイの様子がおかしいことに遠目ながら気づき、彼が人知れずどこかへ行こうとするので心配になって探しだせば、生命力でもある魔力をダダ漏らしていることに気づいて思わず前に出てしまった。

 彼の使い魔が泣きながら助けを懇願する姿には胸を打たれたが、申し訳ないことに、さすがのラヴィニアも今のアシュレイがどういう状況なのかわからず助けようがなかった。

 アシュレイ自身も、漏れ出る自分の魔力を止めることができないようだ。

 それどころか、ラヴィニアの魔力を欲している様子を見せる。

 その飢えた獣のような目には見覚えがあった。

 南のラトレイ王国で、エメリーヌの父――伯爵を助けたときの野盗と同じ目だった。

 そういえばあのとき、助ける直前、微かに野盗の呟きが聞こえたのを思い出す。


『魔力を、くれぇ』


 人が人の魔力をほしがるなんて聞いたことがなかったため、そのときは別の言葉を聞き間違えたのだと思っていたけれど。


(もしかして、アシュレイもあの野盗と同じ状態に……?)


 なぜそうなっているのかはわからないし、今問題にすべきことでもないだろう。

 とにかく今は、アシュレイから流れ出る魔力を止めなければならない。

 ただ、その方法がラヴィニアにはわからなかった。

 そうして困っていたとき、突然背後からセルジュが現れたのだ。

 全く気配がしなかった。わざと消していたのだろう。

 彼は救いの神のごとく、アシュレイを助ける方法を知っているといい、さらには彼自身が助けてくれるという。

 正体がバレたくないラヴィニアは、努めて平静さを装いながらも、内心で大いに安堵した。セルジュに盛大な拍手を送ったりもした。

 ただ、


「――こんなふうにな」


 そう言った次の瞬間、彼に腰を引かれ顎を持ち上げられ、大きく口をひらかされたと思ったら、食べるような勢いで口を塞がれたのには仰天した。

 いや、仰天なんてものではない。間近で青藍の瞳と目が合う。

 ざらりとした感触が舌の上を滑り、びくりと身体が反応する。

 抵抗しようにも、がっちりと腰を抱かれてしまっているため逃げられない。

 そのとき、舌が仄かに熱を帯びた。

 セルジュがラヴィニアの腰を抱いていないほうの手を、顔を真っ赤にしながらこちらを凝視しているアシュレイへと向ける。


「……燃えろ」


 ボッと、途端にアシュレイの身体が蒼い炎に包まれた。

 これにはさすがのラヴィニアもセルジュの胸板を叩いて抗議する。

 やっと放されたラヴィニアは、キスの余韻によろめきながらもアシュレイを炎の中から救い出そうと魔法を使おうとしたが、セルジュに止められた。


「落ち着いて見てみろ。あれが燃やすのは人じゃない。あいつの体内に巣食っていた、魔力を垂れ流させていた元凶だ」


 セルジュの言うとおり、アシュレイは全く熱がっている様子はない。

 代わりに動揺の瞳で炎に包まれる自身の身体を見つめている。

 それはまるで、悪いものを消し去るような、浄化の炎。


(ゼドと、同じ……)


 ゼドの蒼い炎は、普通の炎とは性質が異なる。

 業火のように敵を灰にすることもあれば、神の慈悲のように優しく包み込んだ相手を治癒することもある。

 唯一無二の力。だからこそ、蒼竜は竜種の中でも特別視されていた。

 だからこそ、ゼドを狙う輩が多かった。

 そのゼドと、同じ炎を扱う男。


 やがて蒼い炎は消え、アシュレイが力尽きたように倒れ込む。

 それをセルジュが抱き上げ、肩に担いだ。


「こいつは俺が教師の許に届けよう。おまえはさっさとこの場を離れたほうがいいんじゃないか?」

「…………」


 蒼い炎のことを訊きたいのに、彼の言うことが正しいこともわかっていた。

 ここで誰かが魔力を使ったことを感知されたらしい。複数の魔力持ちの気配が徐々に近づいてきている。

 ラヴィニアはキスの衝撃などすっかり忘れて、逡巡した。

 けれど結局、ラヴィニアに背を向けて歩き出したセルジュを呼び止めることはしなかった。

 今世こそゼドと平穏に暮らすためには、自分が『魔法使い』であることは誰にも秘密にしていたい。セルジュが気づいたかどうかは怪しいところだが、ひとまず追及はされなかったので良しとしよう。

 いったん諦めたラヴィニアは、魔力の気配がここに集まる前に時空魔法で魔術練習場の近くまで転移する。

 そうして亜空間に繋げているポケットにローブを仕舞うと、エメリーヌの許へ急いだのだった。







 ――時を同じくして、そのときの魔塔では。


「み、みみみ見つけた見つけた見つけたぁあああ!」


 魔塔の主であるジークハルト・アイスラーが、声高に叫んでいた。

 突如として奇声を上げた自分たちの最高責任者を、大陸魔術協会で働く職員たちが「今日はなんだ」という慣れた呆れの眼差しで見やる。

 しかしいつものように他人の視線など気にしないジークハルトは、高揚した笑みで天を仰ぎ、両手を広げ、浸るように目を閉じた。


「ついに見つけた、私の女神ッ!! 愛しいクローディア!!」


 ほんの少し前に感じた魔力を思い出し、ジークハルトは熱い吐息をこぼす。

 あの気配は間違いなくクローディアの魔力だと、ジークハルトは()()()()()


「五百年……ああっ。永い時に邪魔されど、やはり私と貴女は出会う運命だったのですね! こうしちゃいられない。今すぐ会いに行きましょう」

「協会長! なに堂々とサボろうとしてんですか!」

「サボるのではありません! 女神を迎えに行ってくるだけです!」

「真面目な顔して馬鹿なこと言わないでください! 西の国境沿いに派遣中の『憤怒の魔術師』から救援要請が来てるんですって!」

「はい? 翼竜の大群ごとき、なぜ倒せないのです」

「その翼竜を撃退したあとに、せきりゅうが現れたそうです」

「石竜……ああ、奴もクローディアの魔力に反応しましたか。クローディアと蒼竜に挑んでボッコボコにされてましたからねぇ。寿命だけは竜の中で一番長い木偶坊め」

「なにブツブツ言ってんですか。とにかく行ってきてください」

「なぜ私が!? 他の七賢者がいるでしょう!」

「協会長がその七賢者を『訓練ひまつぶし』でボッコボコにしたからですよ!」

「…………」


 そういえばそうでした、と遠い目をする。

 今世こそクローディアの恋人面したあの蒼い竜に邪魔されずに彼女を囲えると思ったのに、肝心の彼女の魂が見つからなくて七賢者という名の弟子たちに八つ当たりしたのを思い出す。

 はあ、とため息をついたジークハルトは、渋々西の国境へ向かったのだった。



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