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第20話 転生大魔法使いは決断した


(なんでアシュレイが!?)


 一瞬のことであり、また距離もあったため、他に彼に気づけた者はそんなにいないようだった。

 ただ気づいた者は、半信半疑の様子でガタガタと震えながら目を見開いている。


「い、今、誰か、竜に」

「え? まさかそんな……いたの?」

「わかんない。でもいたような、気が」


 その会話に気を取られていたラヴィニアは、我に返ってエメリーヌを振り返る。

 彼女は瞠目したまま、空を見上げて固まっていた。

 両手で口元を押さえて、今にも倒れそうなくらい顔から血の気を引かせている。


(エメリーヌも気づいたんだわ……!)


 そりゃあクラスメイトが竜に捕まっているところを目撃して冷静でいられるわけがない。特にアシュレイは良くも悪くも日頃から関わっていた相手だ。

 ついに膝からくずおれたエメリーヌを、間一髪のところで支えた。


「ラ、ラヴィニアっ……今、ロヴェーレ様、がっ」

「うん、うん、私も見た」

「せ、先生に、先生に報告してくるわ」


 そう言うエメリーヌと共に、まだ身体に力の入らない彼女の腰を抱きながら教師の許へ向かう。

 しかし教師はすでに気づいていたらしく、切迫した様子で対応に当たっていた。

 話しかけられる雰囲気ではなかったのと、教師が気づいているなら大丈夫だろうということで、エメリーヌと一緒にクラスメイトたちの許へ戻る。

 ラヴィニアは顔つきを険しくした。


(まだ呑み込まれてないってことは、アシュレイが必死に抵抗してるんだわ)


 その姿を想像して、瞼をきつく閉じる。

 すぐにでもアシュレイの救出に行きたい。自分ならきっと助け出せる。

 けれど同時に、ここを離れる不安もある。

 ラヴィニアはエメリーヌの護衛だ。そのために学園にいる。

 エメリーヌはあの食えない伯爵の娘とは思えないほどに優しくて、ラヴィニアが超絶不器用でも、落ちこぼれでも、見放さずに一緒にいてくれた、今では今世で初めてできた友人だと思っている。 

 仕事だからというのを抜きにしても、彼女を守りたいと思う。


(でもそれで、アシュレイを見捨てるの?)


 アシュレイは最初は存在を否定してくる嫌な奴だと思ったけれど、なんだかんだ面倒見がよくて努力家なのを知った。

 彼にだって感謝している。死んでほしくはない。


(わたしは、どうすれば……っ)


 さすがのラヴィニアも、自分を二人に分裂させることはできない。


「ラヴィニア、わたし、行ってくるわ」

「え? エメリーヌ? 行くってどこに……」

「ロヴェーレ様のところよ。このまま黙って見てるなんて無理だものっ」


 エメリーヌの瞳が濡れている。少しだけ赤く充血しているけれど、彼女はまだ涙を零していない。必死に泣くまいと踏ん張っている。

 初めての竜に恐怖して震えていたのに、今のエメリーヌは勇気を奮い立たせている。

 敵わないとわかっていながらも、クラスメイトの危機を見過ごしたくないと動こうとしている。

 ――ああ、どうして。


(なのにどうして、わたしは悩んでいるの?)


 エメリーヌにとってアシュレイはただのクラスメイトだ。ライバルではあるけれど、そこまで思い入れのある存在ではないだろう。

 そんな彼のことも、エメリーヌは迷うことなく助けようとしている。

 こんな人間に会ったのはいつぶりだろう。己の危険よりも他者を思う、心優しい人に会ったのは。

 ラヴィニアのこれまでは、自分が強くなるためなら人のもの(ゼド)を平気で奪おうとし、その地位に就くために平気で他者を踏みにじり、出し抜き、自分のことしか考えない者ばかりが周囲に多くいた。

 そうでなかったのは前世の両親とゼドくらいだ。

 今世だって、自分たちの強欲でつくった借金でラヴィニアを売った両親や、自分たちの野望のために多くの子どもを犠牲にした大人を見て育った。

 眼帯の下の左目が疼く。

 ラヴィニアには、クローディアには、ゼドさえいてくれればよかった。

 ゼド以外は命をかけて助ける気も起きなかった。

 損得勘定でしか人助けなんてできなかった。

 けれど、エメリーヌは違う。

 ラヴィニアは奥歯を噛みしめた。自分が恥ずかしくて仕方ない。


「だめよ、エメリーヌ」

「でもっ」


 ラヴィニアは意識して笑顔をつくった。


「大丈夫。ここにいる先生はみんなすごい人たちなんでしょ? きっと助けてくれるよ。アシュレイのこと気づいてたもん。プロの中に素人が交じったら、迷惑になるだけだわ」

「それは……そう、よね」


 エメリーヌには申し訳ないけれど、彼女をここから出すわけにもいかないのだ。

 ラヴィニアの説得に意気消沈してしまったエメリーヌの頭を、ぽんぽんと撫でる。


「エメリーヌ、ちょっとここで待ってて」

「ラヴィニア? 待っててって、あなたこそどこに行くつもりよ」

「ちょっとトイレ」


 はあっ? というエメリーヌらしくない声が響いた。

 近くにいたクラスメイトたちが何事かと視線を向けてきたが、一瞬だった。


「トイレって、こんなときに……!」

「生理現象だもの、仕方ないでしょ。大丈夫、ちゃんと先生に言ってから行くから。だからエメリーヌは、クラスメイト(みんな)をしっかり見ててね」


 返事を待たずにラヴィニアが背中を向けると、エメリーヌに袖を引っ張られる。

 振り返ると、


「ちゃんと、すぐに、戻ってくるのよ」


 エメリーヌが真剣な眼差しで見つめてきた。


「……うん、すぐね。約束!」


 ラヴィニアは走った。

 教師に見つからないよう、生徒たちの合間を縫う。

 どうか間に合ってと、内心で祈りながら。






 「……まったく。相変わらずこちらを心配させてくれるな、おまえは」


 やれやれと、ラヴィニアが練習場を出て行く姿を見つけたセルジュが呟く。

 不安で身を寄せ合う生徒たちの中を、悠然と歩き出した。


「セルジュ。どこに行くんだい」


 そこをハイノが見咎めた。

 彼の後ろには護衛でもないのにいつも護衛のように静かに付き従うロベルトもいる。きゃんきゃんうるさいルイゾンはいないようだ。


「気にするな。そうだな……ちょっとトイレに行ってくる」

「え?」


 くつくつと喉を鳴らしながら、セルジュは一人練習場を出ていったのだった。



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