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第19話 転生大魔法使いは今世で初めて竜を見た


 昨日、ギルドで得た情報から東の国境に勇んで行ったラヴィニアは、しかし結局ゼドどころか竜一匹にも出会えることなくタイムリミットを迎えた。

 騙されたと気づいたのは、東の国境沿いを南へ下りていき、ついに何事もなく南の関所に着いてしまったときだ。

 大人って酷いのね……と肩を落としながら帰寮したラヴィニアを、なぜか門の前でセルジュが待ち構えていた。

 

『諦めるのか?』


 ふっと意地悪く笑った彼は、その日ラヴィニアにあったことを全て見透かしたような問いを投げてきた。

 ゼドを探すのが思ったより厄介なことになっている現実を知ってしまったが、それだけで諦めるはずがない。ゼドを長年独りぼっちにしてしまったのだ。だからこそ、自分が迎えに行かなくてはという強い思いがある。

 ラヴィニアは睨むようにセルジュを見据えると、


『絶対、諦めないわ』


 そう宣言した。

 セルジュが嬉しそうに目を細める。


『それでいい。一度決めたことを曲げないのが、俺のご主人様のいいところだ』


 頭をぐりぐりと撫でられて、唇に不満を乗せた。


『その〝ご主人様〟っていうの、やめて。いや、わたしが悪いのは重々わかってるんだけども……』

『なぜだ? 俺はラヴィニアの使い魔になれて嬉しいのに』

『う、嬉しいの?』

『ああ、とても』


 二人きりのときは敬語も名字呼びも要らないと言われたとおり、ラヴィニアは一番楽な話し方で話す。

 けれどさすがに遠慮なく『人』を『使い魔』扱いできるほど神経は図太くない。

 なのに、セルジュは本当に気にしていないようで、うっそりと微笑んだ。


『これのおかげで、おまえがどこにいるのかだいたいわかる。おまえが俺の名を呼べば飛んでいくこともできる』

『あの、ちょっとわからないんだけど、どうしてセルジュはその、そこまでわたしにこだわるの?』

『それは――』





 ピピピピピッ、と置き時計のアラーム音が耳をつんざく。

 遅れて身体を包み込んでくれていた温もりが剥ぎ取られ、冷たい空気が肌の上をなぞっていった。


「いい加減に起きなさいな、ラヴィニア!」


 エメリーヌの怒声も相まって一気に覚醒する。


「さ、寒い。無理、お布団かえして……」

「あなたが起き上がったら返してあげるわよ」


 なんて無慈悲な。

 すでに初冬を迎えたせいか、最近はすっかり朝晩の冷え込みが辛い。

 エメリーヌによって無理やり起こされ寝ぼけながら歯を磨くラヴィニアは、つい先ほどまで見ていたきのうの続きを思い出した。


『それは――主人のことが気になるのは、使い魔として当然だろう?』

『……確かに?』


 と、あの瞬間は騙されてしまったが。


(よくよく思い出せば、使い魔召喚の前からそうだったわよね? はぐらかされたわ!)


 口の中をゆすいで、今度は制服に着替える。

 朝食のあとは始業時間まであまり時間がないため、ほとんどの生徒が制服に着替えてから寮の食堂へとやって来る。


「ラヴィニア! あなたまたアイロンかけてないの!?」


 制服に着替えていたら、すでに身だしなみを整えて待ってくれているエメリーヌが信じられないという声を上げた。


「アイロンね、アイロン……ここが火事になっていいならかけられるけど……」

「なんでアイロンかけるのに火事になるのよ!」


 それはラヴィニアが超絶不器用だからである。

 人は生まれ変わっても本質は変わらないのか、悲しいことに今世でもラヴィニアは超絶不器用だ。

 これでも洗濯中にまだ制服を破いていないのが奇跡なのだが、エメリーヌに言っても信じてくれないだろう。

 ああゼドならきっとこの奇跡を褒めてくれるのに……と昔を懐かしんだとき、先ほどのアラーム音よりけたたましい音が寮内に響いた。

 ウウー!と学園全体に鳴り響いている。これは魔物が出現したときなど緊急時の警報音だ。

 エメリーヌと顔を見合わせると、廊下から寮長の声が聞こえてくる。


「全員今すぐ練習場に避難だ! 急げ! これは訓練じゃない!」


 急いで廊下に出ると、他の生徒たちも慌ただしく部屋から出てくる。

 皆一様に何が起きているのかと不安そうに様子を窺い合うが、とにかくまずは避難が先だと動き出す。

 イギアは森や山に囲われており、魔物によって他国の侵略から逃れている。

 しかし、代わりに魔物の襲来が多い。魔物は魔力の強い人間ほど好んで喰らう傾向にあるからだ。

 そのため、魔物は他国よりもイギア内に出現することが多かった。

 クローディア学園の生徒たちは、入学時、そんな魔物の襲撃があった場合の避難経路を必ず確認させられている。

 普段は大陸魔術協会やギルドが魔物を退治してくれるが、その包囲網をかいくぐって街までやってきてしまう魔物もいる。

 それが学園に来ない保証はどこにもなく、過去にも何度か魔物の襲撃を受けているらしい。

 でもまさか、入学して数か月で襲撃に遭うとは一期生の誰も思っていなかっただろう。

 各寮の寮長の指示で、登校前の生徒たちは速やかに魔術練習場へと移動を開始した。

 あそこには七賢者の結界が張ってある。そのため避難場所としては最適なのだと、やはり入学時に教えられている。


「ねえ、大丈夫だよね?」

「大丈夫よ。先生たちがなんとかしてくれるわ」


 エメリーヌと避難する途中、近くにいた女子生徒たちの会話が聞こえてくる。

 練習場に近づけば近づくほど逃げてくる生徒たちで混雑し、誰もが不安と恐怖にざわめいていた。

 いつもは気丈なエメリーヌも、これまで魔物を身近に感じたことがなかったのか、口数が少なくなっている。


(わたしはエメリーヌのそばを離れないようにしないと)


 こういうときのための護衛なのだから。

 エメリーヌの父がラヴィニアを護衛につけたのも、悪い虫がつかないか心配だったのも本当なのだろうけれど、一番はこの魔物の襲撃が心配だったからだろうと入学してから悟ったものだ。

 なにせ、過去の魔物の襲撃では、生徒が死亡した事例もあるという。

 練習場には声を張り上げて生徒たちを避難誘導する教師たちが何人かいた。

 ラヴィニアが「あの人強そう」と思った教師の姿は見当たらないことから、おそらく彼らが学園の守護に当たっているのだろう。


「各クラス長はクラスメイトが全員いるか確認し、私の許へ報告に来るように!」


 教師のその合図で、クラス長になっていたエメリーヌが己を叱咤し、努めて顔から不安の色を消した。

 真面目な彼女のことだ。自分はクラス長だからしっかりしないと、とでも思ったのかもしれない。

 その芯の強さに感心していたラヴィニアは、自分のクラスのところに身を寄せながら、ふとアシュレイがいないことに気づいた。

 エメリーヌもクラスメイトの数を数えていて気づいたようだ。

 彼女は急ぎ教師へ報告に行った。その教師が眉根を寄せ、また別の教師に何かしらを言伝しているのが遠目に見える。

 


 そのとき、地鳴りのような轟音が空気を震わせた。



 違う。地鳴りじゃない。これは咆哮だ。

 とても懐かしい、けれど記憶にあるものとはまた別の、竜の雄叫び。


「み、見てあれ! 上っ!」


 誰かが叫んだ。天高く突き上げられたその指は、空に浮かぶ一つの影を差している。

 練習場の結界は魔力を防ぐものだ。つまり視界は開けていて、集まった生徒たちの目にはしっかりとその姿が映った。

 大きな頭部と翼、それに対して小さな胴体を持つ、長い尾を揺らめかせる翼竜。

 歯がないため人間などの獲物は丸呑みすると有名な、空の脅威。

 一瞬だけ練習場の上空に姿を見せた翼竜は、すぐにまた姿を消した。

 けれど、その一瞬でラヴィニアは見てしまった。



 ――その爪に、アシュレイが捕らえられているのを。



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